1.研究目的 世界一の人口大国の中国において食料生産は常に国の最優先課題である。本発表では、食料生産の空間的特徴の分析を通じて、中国地誌の見方・捉え方を考える。
2.中国における食料生産と産地の空間的分布 地形・気温と降水量等の空間的組み合わせによる多様な自然条件は、農業の地域性を強く制約している。食料生産に適した耕地は地域的に偏って分布し、食料産地は、東部平野地域(東北平野・華北平野・長江中下流平野・珠江デルタ地帯)と中西部の盆地(四川盆地、汾渭盆地等)に集中している。 ここでは主な食料作物の産地を取り上げる。水稲産地は主に秦嶺山脈-准河ライン以南に分布している。水稲は主に平野部と盆地に分布しているが、丘陵地や低い山地でも、水の得られる場所では段々畑で水稲が栽培されている。耕作制度によって、華南二期稲作地域と長江稲作地域がある。一方、小麦の主要産地は、秦嶺山脈―淮河ラインより北、万里の長城より南の地域に分布している。春小麦と冬小麦を分ける境界線は東北から南西に走っている。北部では万里の長城は冬小麦の北限に当たる。冬小麦の主産地は華北平野・黄土高原の南東部、四川盆地と長江中下流平野に集中し、秦嶺山脈―淮河ラインを境目に、北方冬小麦産地と南方冬小麦産地の2大産地がある。また、春小麦産地は積算温度の少ない万里の長城の外側の一部の地域に分布している。具体的に東北平野・内蒙古高原・黄土高原西部・河西回廊・タリム盆地周辺などで盛んに栽培されている。また、小規模な春小麦産地は東北平野・内蒙古高原南部・黄土高原西部・川西高原にも点在している。
3.食料生産に関連する諸地域的要素 食料生産に関連する地域的要素として、地形・気温・降水量・土壌・水文・農業慣行などが挙げられる。食料をキーワードに、食料を消費する人口の分布、多様な地域食文化、人口移動に伴う食文化の他地域への拡散、海外の食文化の中国進出等も中国地誌を理解するための切口である。
4.食料生産の学習から中国地誌を捉える 地形と気候に、植生・土壌・水文などを加えて、これらの自然要素は作用しあって、複雑で多様な自然環境を形成している。多様な地理環境を総合的に把握しておくことが中国地誌を理解するための基礎となる。 食料生産の地域性から自然環境や地域の多様性を総合的な視点からみる。農耕文化と牧畜文化の差異に着目したアプローチが可能である。さらに農耕文化にも北の畑作文化と南の稲作文化の違い、牧畜文化にも北部や北西部の乾燥地域の牧畜文化とチベット高原の高冷草地の牧畜文化の地域的差異がある。また、改革開放後、食料生産を担ってきた農村地域は、労働力の流出・農地の転用と耕作放棄が目立ち、都市農村の二重構造による地域差が顕著である。 小麦産地を例に、秦嶺―淮河ライン、万里の長城は重要な地理境界である。春小麦と冬小麦の産地境界線は、気温と降水量において気候区分に重要な意味がある。積算気温の少ない万里の長城より北に春小麦が分布している。また、秦嶺―淮河ラインは北方冬小麦産地と南方冬小麦産地の2大産地に分け、畑作農業と稲作農業の境界線や「南船北馬」の境界線でもある。食料産地の分布を通じて、地形や気候などの地理環境への理解を深め、中国地誌をより総合的に理解することができる。 動態的な視点で歴史のなかの中国地誌を学ぶ。食料生産の役割を果たしてきた農村地域は、都市地域の拡大・成長に伴い、農村の過疎化・高齢化が顕著になってきた。食料産地の移動、食料消費構造の変化、富裕層の健康志向の高まりなどの点から中国地誌を動態的に考察することが重要である。 食料輸出入の分析から、世界のなかの中国地誌を学ぶ視点が必要である。中国で食料安全保障という意味で「基本農田」を守り食料自給を徹底してきたが、国民の消費レベルの向上、消費構造の変化やWTOの加入等から、大豆・トウモロコシ・肉類・魚介類などの輸入量は増えている。こうしたグローバルスケールでの中国地誌の考察は欠かせない。