日本地理学会発表要旨集
2022年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P053
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中国・陝北地方における20世紀中期以降の農牧業・土地利用の変化
*任 凌云
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抄録

はじめに 中国陝北地方は黄土高原の奥地,陝西省の北部に位置し,土壌侵食が深刻な半乾燥温帯地域である。風によって運ばれ堆積した黄土が地表を覆っており,ガリ侵食によって平らな地形を刻む特殊な景観が見られる。この地域は,20世紀半ば以降,政策の影響を受けて異なる土地改変を経験してきた。まず,1950〜70年代の人民公社の時期には,主に人力・畜力による小規模な段畑やチェックダムが造成された。続く70年代末から改革開放政策が始まり,農村政策は大きく転換された。この時期には農家の農産物増産のインセンティブが促され,その影響を受けて土地利用に変化が起こったと推測される。さらに1999年から2000年代にかけては,生態環境を修復するため,「退耕還林」プロジェクトが始まり,多くの斜面耕地は林地に転換され,それと並行して政府の補助金による大規模な段畑やチェックダム造成が進んだ。

 以上のような政策の変化に伴う土地利用変動に関して,佐藤ほか(2008)は陝西省北宋塔村を事例とし,「退耕還林」プロジェクト実施前後1998年から2004年にかけてのミクロな農牧業生産・土地利用の変化を報告したが,1950年代-1990年代にかけての人民公社時代と「改革開放」当初の状況は,ブラックボックスとなっていた。

資料と方法 本研究は中国陝西省延安市の安塞区および延川県内に位置する農村を対象とし,農牧林産物を村レベルで記録した陝西省档案館資料,NARA(アメリカ国立公文書館別館)で取得した1963年のU-2偵察機撮影空中写真,および2018年のグーグルアース高解像度衛星データをあわせて分析することにより,佐藤ほか(2008)の論文でブラックボックスとなっていた1950年代-1990年代の農牧業状況,および2005年以降の発展に着目し,政策の転換に伴う農業・牧畜業のミクロな変化とその地域差を細部まで明らかにする。また1963年と2018年の段畑とチェックダムの判読に基づき,土地利用の改変を分析する。

結果 結果として,以下のような各時期の特徴が明らかになった。人民公社の時期は「大躍進」と「文化大革命」の影響を受け,農業生産が2回のダメージを受けたことがデータから見られた。総合的に見ると,この時代は農牧業生産が低く,全人民所有制の下で,食糧の確保に努めていた時代であった。それに続く改革開放期は「農業生産請負制」の導入により,農家の増産への積極性が引き出され,農牧業生産量の急増がデータから見られ,また生産物が多様化し,商品化が進んだ。一方,退耕還林期は自然環境回復の政策のもとに,伝統的な農牧業生産をリフォームした。急傾斜地における耕地がおおむね林地に転換されたため,傾斜地耕地の面積が大幅に減少した。一方,「還林」と産出を両立できる果樹栽培が盛んになったことがデータから見られた。つまり,この時代は生態環境と農村経済を両立する方向へ発展している時代であった。

 また,陝北地方内の地域差について、農業の面では,安塞区高橋郷は多種類の食糧を生産し,延川県眼岔寺郷はコムギを主として生産し,果樹栽培については高橋郷がリンゴ,眼岔寺郷がナツメを栽培していた。牧畜業の面では,高橋郷は牛とロバを飼養していたが,眼岔寺郷はロバを主に飼っていた。地域差は各地域が自然環境に応じて作物,家畜を選択したことによる。

 土地利用については,「退耕還林」に伴い,多くの斜面耕地は林地に転換されたことと並行し,政府の補助金による大規模な段畑やチェックダム造成が進んだ。空中写真と衛星画像の判読により,1963年から2018年まで,段畑とダム耕地の数量・面積が大幅に増加したことが見られた。同時に,2018年には,1963年に造成された段畑とチェックダムは改変され,もとの形態は見られなくなっていた。また,段畑の幅は以前のものより広くなり,チェックダムも主溝と支溝に規模の違うチェックダムを組み合わせて建築されたチェックダムシステムの方へ発展したことが確認された。

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