日本地理学会発表要旨集
2022年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P057
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高校生の昆虫食の捉え方と試食を伴う講義の効果
*佐賀 達矢野中 健一VAN ITTERBEECK Joost
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抄録

1. はじめに  国連食糧農業機関(FAO)が、昆虫類を食品や飼料としての利活用に関する論文(van Huis et al. 2013) を出版して以来、世界各地で昆虫の利用が広がっている。日本では、これまで食文化になかった種類の昆虫食が広っており、大手生活雑貨店でコオロギせんべいが、自動販売機では乾燥させた様々な昆虫が販売されたりしている。これに対して、岐阜県東濃地方の蜂の子やイナゴを食べる伝統的な昆虫食は長年の人間と環境の相互作用によって作り上げられてきた文化である(野中2005)。これらは、高校生の地域文化資源・環境の継承の題材にもなっている(Nonaka & Yanagihara 2020)。筆者らは、伝統的な昆虫食文化を理解することは食料問題や環境問題の本質的な理解につながると考え、高校生を対象に昆虫食の試食を伴う講演会を行った。本研究は高校生の昆虫食の経験や捉え方、昆虫食文化の講演会の効果を明らかにすることを目的とした。

2. 研究手法 本研究では、2018と2019年に昆虫食文化が現在も残る岐阜県東濃地域にある多治見高校で、2021年には地域内に昆虫食文化がほとんどない岐阜高校で試食を伴った希望者向けの講演会を行なった。参加者数は多治見高校で2018年に69名、2019年に15名、岐阜高校では42名だった。私たちは、高校生の昆虫食の経験や捉え方、講演会の効果について、講演会前後にアンケートと感想文を書かせ、それらをもとに分析・考察した。

3. 結果と考察  現在も昆虫食文化が残る東濃地域にある多治見高校の方が、そうでない岐阜地域の岐阜高校よりも昆虫食の経験がある生徒が多いことが予想されたが、岐阜高校の方が多治見高校よりも昆虫食の経験がある生徒の割合が多かった。また、虫を食べることに対する講演会前の考えを尋ねた結果、多治見高校の方が岐阜高校よりも抵抗感があると答えた生徒が有意に多かった。これらの結果から、昆虫食文化は多治見市周辺の高校生には浸透していないことが考えられ、また、昆虫食に拒否感をもっている生徒が多いことは特筆すべきことである。 多治見高校でも岐阜高校でも、講演会前には抵抗感を示した多くの生徒を含めて、ほとんどの生徒が実際に虫を食べた後では虫を食べることを好意的に捉えた。また、アンケートの回答や感想文には、実際に虫を食べることで昆虫は美味しいから食べられてきたことが実感できた、食材として認識した、など肯定的な記述が多く見られた。これは単純に昆虫を食べるだけでなく、食材を捕りに行くこと、調理すること、食べることが楽しいから、美味しいから虫を食べるということを、捕獲から食用までのプロセスとそれを成り立たせる社会文化として映像とともに言語化して伝えることで、虫を食べることは食文化の一つであることを生徒が理解できた結果だと考えられる。試食を伴う伝統的な昆虫食に関する講演会は、昆虫食を文化と捉え、好意的な見方にする効果があることがわかった。 高校の地理総合の“気候と生活文化”や、生物の“生態学”の単元では、授業を行う地域を含めた各地の伝統的な昆虫食文化を取り上げることで、高校生が自らの生活の延長線上での豊かな食や暮らしを考えることや、自然と関わって生きる視点を身につける授業展開が可能であろう。この考え方や視点は近年様々な場面で目にするSDGsや持続可能な発展を捉え直したり、批判的に考えたりする基盤となる力になると考えられる。

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