日本地理学会発表要旨集
2022年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P058
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石川県能登地域における寺院の担い手と存続可能性
*中條 暁仁
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抄録

近年,農山村を中心とする人口減少地域では,地域社会とともにあり続けた寺院が消滅していくとする指摘がなされている。寺院は地域社会が管理主体となる場合が多い神社とは異なり,担い手としての住職とその家族(以下,「寺族」)が居住・管理し相続する。そして,寺院を経済的に支える「檀家」の家族に対する葬祭儀礼や日常生活のケアに対応することを通じて地域住民に向き合ってきた。いわば,寺院は家族の結節点として機能してきたといえる。しかし,人口減少地域における家族は大都市圏へ他出子(別居子)を輩出して空間的に分散居住し,成員相互の関係性に変化を生じさせているため,「墓じまい」や「檀家の寺離れ」などの諸事象が出現し,寺院はこれに対応せざるを得なくなっている。この寺院の対応は現代家族の変化を反映するものであり,寺院研究を通じて地域社会や家族の地域性に迫ることができると考えられる。 また既存の地理学研究では,寺院にとどまらず神社も含めて地域社会における宗教施設は変化しない存在として扱われてきた。寺社をとりまく地域環境が変化しているにも関わらず,旧態依然の存在として認識されている。本研究を通じて宗教施設もまた地域社会や地域経済の変化による作用を受け,その存立を変化させていることを提示したい。

 発表者は農山村など人口減少地域に分布する寺院をとらえる枠組みを,住職の存在形態に基づいて時系列に4つの段階に区分して仮説的に提起している。住職の有無が寺檀関係や宗務行政における寺院の存続を決定づけるからである。  第Ⅰ段階は専任の住職が常住しながらも,空間的分散居住に伴い檀家が実質的に減少していく段階である。第Ⅱ段階は檀家の減少が次第に進み,やがて専任住職が代務(兼務)住職となり,住職や寺族が常住しない段階である。第Ⅲ段階は,代務住職が高齢化等により当該寺院の法務を担えなくなるなどして実質的に無住職化に陥ったり,代務住職が死去後も後任住職が補充されなくなったりして無住職となる段階である。そして,第Ⅳ段階は無住職の状態が長らく続き,境内や堂宇も荒廃して廃寺化する段階である。  このうち,本報告が対象とする石川県能登地域は専任住職が常住する寺院が多く,檀家の実質的減少が目立ち始めるなど第Ⅰ段階にある寺院が多数を占める地域と考えられる。寺族の動向から当該地域における寺院の実態を明らかにし,寺院の存続可能性について検討したい。寺族の動向に注目するのは,檀家の持続可能性を考える以前に,寺院護持の最前線にある寺族の存続が問題となるからである。すでに発表者は,広島県備北地方で「寺族の寺離れ」を指摘している(中條,2021)。こうした事態は,檀家の減少以上に深刻な問題といえよう。本報告では,各寺院に対して実施した聞き取り調査,および補足調査によって寺族の構成とその居住地分布から寺院の担い手の実態を明らかにする。

 現地調査は,2019年9月~2021年3月にかけて協力の得られた日蓮宗寺院25ヶ寺を対象に聞き取りを実施した。対象寺院のうち,住職と寺庭婦人のみが居住する寺院は17ヶ寺に上っており,寺族構成員数の縮小が顕著なことがわかった。寺院の外で居住する住職の家族は,長男を含めて就職や結婚のため域外に転出している人が多く認められ,県都の金沢市や首都圏などに分散居住していた。また,住職資格を有する後継者が確保されている寺院は8ヶ寺にとどまり,このうち住職と同居するのは4ヶ寺であった。対象寺院では,住職の子弟に後継者と目される男子がいても教師資格を取得しない事例が認められるなど,後継者の育成が進んでいない。当該の子弟は同居せずに域外に転出し,寺院とは無関係の職業に従事していた。聞き取りによれば,得度はしていても住職資格を得ていない場合が多く,早い段階化から住職に対する後継意識が本人にもなかったか,父親である住職もやむを得ないという意識が窺えた。

 寺院の存続において住職後継者の確保は重要課題であるが,対象地域では後継者難に直面している。住職の子弟のうち,女子は一般家庭に嫁いで自らも寺院とは関係の無い職業に従事している人ばかりであった。ただ,その子どもたちには男子がおり,現在学齢期にあって20年後には住職の後継候補者になる可能性も排除できない。後継候補者が学生(小学生~大学生)の場合は住職も40~50歳代と10~20年先も寺族が持続する可能性が高い。また,後継候補者が30~40歳代で教師資格を保有しない場合も,後継意識は低くなっているため当該寺院の存続可能性は低くなる。 檀家の減少が進む人口減少地域では,後継者の得られない寺院がすでに多く存在していると考えられ,今後は少数の住職によって地域に分布する寺院を管理してくことが求められる。

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