日本地理学会発表要旨集
2023年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 521
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盛り場のフィリピン人女性を支える自助・互助・公助
*松尾 卓磨陸 麗君銭 胤杉王 龍飛王 子豪
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抄録

1.目的と方法

 本研究では在日フィリピン人女性が日常生活においてどのような支援を必要とし、いかなる方法で対処しているのかを考察する。その上で、大阪市の都心部やその周辺地域で暮らす単身者や外国人労働者向けの支援のあり方を再考し、支援のニーズや経路のデータベース化を通じて多層的なセーフティネットの社会実装を試みる。具体的な調査として、大阪市中央区南部の東心斎橋の会員制フィリピンバーで勤務している在日フィリピン人女性(5人)にインタビューを実施した(2023年6月)。インタビューではライフコース、生活状況、交友関係、COVID-19の影響などについて聞き取りを行い、その内容を基に支援が必要となった場合に自助(自力での解決)・互助(個人的関係に基づく支え合い)・公助(公的制度の利用)のいずれの手段で課題に対処をしてきたのかを考察した。

2.調査結果

 本研究の調査対象者はいずれも初来日が2000年代以降で年齢は30代以上、うち離婚歴有りが4人、シングルマザーが3人となっている。職場と住居の位置関係に関しては、西区居住の1人を除く他4人がフィリピンバーのある中央区に居住しており、職住近接で基本的な生活圏は大阪市内中心部で完結していることが特徴となっている。

 支援必要時の対処方法に関して特筆すべきなのは、母国の家族との強固な紐帯を心の支えとし、日常生活で苦労や課題が生じても基本的に自らの力で乗り越えている点である。調査対象者の中にはフィリピンバーでの夜の仕事とは別に昼の仕事を掛け持ちして生計を立てている女性もいる。「働き詰め」という言葉が相応しい状況であるが、仕事中心の生活を送る重要な動機となっているのが、離婚と母国の家族に対する継続的な仕送りである。独り身やシングルマザーの場合、フィリピンバーでの接客業のみで大阪都心部での生活費を安定的に得ることは難しい。一方で、そうした状況にもかかわらず、多い場合は一度に10万円程度を母国の家族に送金しており、彼女らの労働意欲の根底には母国の家族を経済的に支えたいという強い思いがある。

 インタビュー時には、緊急のSOSを必要としていないとの言葉も聞かれ、そこに強かに生き抜く彼女らの逞しさを見て取ることができた。ただ、出稼ぎ目的で来日するフィリピン人女性は強い故郷志向を持ち、日本での生活基盤構築に積極的に投資をしないため、社会的・空間的なセグリゲーションを経験する傾向がある(Parreñas, 2011)。本研究の調査対象者に関しても、結婚や離婚を経験し永住権を得ている場合であっても、日本のフォーマルな社会制度の利用やフィリピンバーの顧客以外との交流には必ずしも積極的ではなかった。基本的には自助で乗り切り、サポートが必要となった場合はフィリピン人の親族・友人・職場の同僚との互助関係に頼るケースが多くなっている。例えば、住まいや仕事を探す際にはフィリピン人に紹介してもらうことが基本的な手段となっており、少額のお金の貸し借りなども友人間で行う。また彼女らの互助関係において重要な位置づけにあるのが離婚した元夫の存在である。彼女らにとって平常時と緊急時ともに最大の課題となるのは言語(日本語)で、日本語学校や地域の日本語教室の利用せずに独学で習得している。接客業の経験から簡単な会話に大きな支障はないが、高度な読み書きが必要となる場面、特に行政手続きの場面で問題が生じることが多く、その際、日本人の元夫に説明を依頼しているケースがあった。また、キリスト教を信仰していることから教会での互助のネットワークを想定できるが、聞き取り対象者の中に日常的に教会へ通っている人はおらず、特別な日に近隣区の教会を訪れる程度であった。

 公助へのアクセスが極めて限定されている点も指摘せねばならない。COVID-19の流行を受け、勤務先のフィリピンバーも大きな打撃を受けた。その際、日本語のサポートを得て臨時の給付金を受け取ることはできたものの、日本の公的制度へのアクセスが制限されている点は解消すべき大きな課題となっている。

3.結論

 以上より次の3つの知見が得られた。①本調査でインタビューを行ったフィリピン人女性は職住近接型で生活を営み、在日フィリピン人との互助関係を重視している。②離婚と仕送りを理由に仕事中心の生活となっており、自力で課題を克服する意識が強い。しかし、③その背景には言語の壁があり、公助だけでなく共助(制度化された相互扶助)へのアクセスが制限されていることから、日本語支援や制度周知の必要性が浮かび上がった。調査の事例をさらに増やし、フィリピン人を含む外国人労働者の支援ニーズをより多く聞き取ることが今後の研究課題となる。

[謝辞]本研究は公益財団法人JKA(2023年度公益事業振興補助事業(競輪))の助成を受けた研究成果の一部である。

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