日本地理学会発表要旨集
2023年日本地理学会秋季学術大会
選択された号の論文の146件中1~50を表示しています
  • 敦賀半島「白木-丹生断層」の変動地形学的再検討(予察)
    中田 高, 渡辺 満久
    セッションID: 214
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    白木-丹生断層は敦賀半島北西部に位置する活断層である.本発表では,国土地理院60年代2万分の1,70年代カラー空中写真に加え,1mグリッドDEMから作成したアナグリフ画像の詳細な判読を行い,この断層に関する新たな知見を得たので予察的に報告する.

  • 高橋 尚志, 橋本 雅和, 森口 周二
    セッションID: P016
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    2022(令和4)年7月に宮城県北部で発生した大雨に伴い,大崎平野を流れる複数の小河川にて破堤を伴う洪水氾濫が発生した.本発表では,この氾濫の概要(橋本ほか,投稿準備中)を報告するともに,その発達史地形学的な背景についても予察的に議論する.

    2022年7月15~17日にかけて,宮城県大崎市古川のアメダス観測所では最大で70 mm近い時間雨量の強雨が観測された.この大雨によって,大崎平野を流れる鳴瀬川水系・多田川支流の名蓋川,ならびに北上川水系・江合川支流の出来川で人工堤防の越水・破堤が発生し,河川流が堤内地に流入した.大崎平野は,鳴瀬川と江合川の土砂堆積によって形成された沖積低地からなり,丘陵によって盆地状に囲まれている.大崎平野を流れた鳴瀬川および江合川は,松島丘陵や旭山丘陵を貫通して松島湾および石巻平野へと流出する.氾濫が生じた名蓋川・出来川は,上記の2河川の小支川であり,大崎平野の蛇行原上を流れている.

    名蓋川では右左岸の3ヶ所で破堤が発生し,多田川との合流点から約300 m上流の左岸で生じた破堤が最も規模が大きかった.原因として,多田川の水位上昇に伴うバックウォーター現象が発生して破堤が誘発された可能性が考えられる.出来川では,JR石巻線橋梁のすぐ上流の右岸で破堤が発生した.氾濫当時は河道内に植生が繁茂していたため,水流に対する抵抗が大きかったことが滞水と水位上昇,破堤をもたらした可能性がある.

    出来川の破堤地点では,長さ約70 m以上のクレバススプレーが堤内地の水田を覆って形成された.クレバススプレー堆積物は,最大層厚約70 cmの砂礫であり,有機質泥の偽礫や瓦礫を含み,全体的にはやや級化していた.砂礫の最大礫径は約15 cmほどで,亜角礫も含まれていた.出来川の河床勾配や,形成された地形の規模や堆積物の層相などを踏まえると,このクレバススプレー堆積物のほとんどは上流から運搬された土砂ではなく,水流によって破壊・侵食された人工堤体(土嚢)や水田土壌が起源であると推測される.

    出来川の破堤によって,戦後まで出来川下流に存在していた名鰭沼(なびれぬま)の旧水域とその周辺で浸水が生じた.現在では,名鰭沼の旧水域は干拓され,出来川は人工堤防によって名鰭沼干拓地を貫流して江合川に直接合流している.名鰭沼干拓地は周辺の氾濫平野よりも標高が約1~2 m低く,遊水地にされている.出来川の破堤地点の約1.5 km上流右岸には遊水地への越水堤が設置されており,今回の大雨でもこれが一定程度機能したものと考えられる.

    干拓・土地改良前の名鰭沼は出来川の水流が流入することで溢れやすく,周辺への浸水被害が繰り返されてきた(加藤・工藤,1984など).名鰭沼は,江合川と鳴瀬川の自然堤防や氾濫平野,ならびに旭山丘陵によって囲まれた後背沼沢地ないし後背湖沼(鈴木,1998)であったと考えられる.縄文海進期には,名鰭沼を含め大崎平野東部は海域だったと考えられている(長谷,1967; Matsumoto, 1981)が,その後の江合川・鳴瀬川の土砂堆積によって形成された大崎平野の沖積低地の微地形とその形成年代に関しては不明な点も多い.大崎平野における洪水リスクを中~長期的な視点で評価し,持続可能な治水を実現するためには,江合川と鳴瀬川の両河川およびそれらの小支川も含めた,完新世以降における自然・人為両作用による河道変遷史・河川改修史の解明・整理が必要であろう.

    謝辞:(株)復建技術コンサルタントには調査協力を頂いた.

    文献: 長谷(1967)東北大地質学古生物研邦報,64,1-45; 橋本ほか(投稿準備中)自然災害科学; 加藤・工藤(1984)農業土木学会誌,52,585-592; Matsumoto (1981) Sci. rep. of Tohoku Univ. Ser.7 (Geography), 31, 155-171; 鈴木(1998)『建設技術者のための地形図読図入門第2巻―低地―』古今書院,354p.

  • ~「全体住民の1人当たり可処分所得」による省間と省内の格差分析及び人口移動の影響について~
    魏 晶京, 許 衛東
    セッションID: 316
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    .問題の所在と報告の趣旨

    遡れば,「戸籍問題」に象徴されるように格差は中国社会の固有の歪みであり,未完の改革課題でもある。とりわけ,沿海と内陸,都市と農村,そして富裕層と持たざる者の下層社会などの格差が改革後より顕著になったと多くの研究によって指摘されている。では,近年の「新型都市化」政策(2014~)の下で格差是正の狙いが,達成されうるのか? 本報告では,「都市-農村」という従来の二元的・対立的な統計区分と異なる,2013年以降に導入された「全体居民可支配收入」,すなわち日本の県民所得の概念に近い「居住者可処分所得」の指標を用いて,省・地級市・県などの行政地域間の所得格差という従来の研究空白を解明し,加えて「新型都市化」政策と関連した労働力移動,移住,人材フロー(大学生就職など)の社会的・経済的変化の空間特性を摘出する。

    .中国の地域間所得格差の到達点と問題点 中国における地域間格差と形成要因に関する諸研究は先行研究の全体を通して、直接可処分所得を扱う統一的地域分類・地域分析のケーススタディはまだ少ない。 本報告では、中国の地方統計年鑑を全て網羅し,1人当たりの可処分所得に関する変動係数と人口の重み付きの加重変動係数を用いて、地理的パースペクティブによる近年の各行政地域間の格差変化に迫り、さらに人口流動などへの空間的影響を探る。

    .省間格差と省内格差の検証

    第1に,長期的にみれば、2005年から22年までの間,省間1人当たり可処分所得の変動係数は0.517から0.38,人口の重み付き加重変動係数も0.404から0.322まで下降するなど,格差の縮小傾向は顕著である。

    第2に,2005~12年は主に沿海工業化・都市化の拡散効果による中部地域の個人所得の成長が著しかったが,2013~現在は最貧困地域の底上げ投資の重点化に伴って成長の軸心が変わりつつある。総じて,開発経済学で論じられたルイスモデルの転換点とその多様性が特色として認められる。

    .人口流動と人材流動  人口流動を促す要因として所得格差の影響は大きい。労働力移動の時系列変化でみれば,近年,省内流動が省間流動を凌駕するようになった。なお,沿海地域(浙江省の事例)は依然として人口吸収の余力を持つが,内陸(山西省の事例)では大都市以外の地域は所得増の機会を失い,長期的に人口減に陥っている。

    .結びー「新型都市化」政策の成果と課題 成長地域への人口集中と大都市現象は格差拡大の強い働きを示唆している。今後、格差縮小に貢献する移転所得の財源確保・均衡財政制度の理念と整備手法が問われる。

  • 中川 清隆, 渡来 靖
    セッションID: 420
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    都市境界層熱収支が移流項と顕熱鉛直収束のみで釣合うSummers(1964)は冷熱源を有さないため,一旦昇温した都市境界層は絶対に降温しない欠陥が存在する.そこで,中川ほか(2019)は都市境界層の1つの冷熱源としてニュートン冷却で表現される長波放射冷却を提唱し,中川・渡来(2020, 21, 22,23)は更なる冷熱源として水平熱拡散を提唱している.

     接地気層全層の水平熱拡散は,厳密には,

    (1/2)(∂h/∂x2)-(∂h/∂x)2

    となるが,本研究では,第一近似としてこれを

    -(1/2)(∂h/∂x2)

    と表現することを提唱した.

  • 小坪 将輝, 中谷 友樹
    セッションID: P023
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    年齢別の移動率は幼少期に減少し,青年期に増加,初期成人期後は年齢の上昇とともに減少することが一般に知られている.このプロファイルはライフコース上のイベント,すなわち大学進学や就職,結婚などを反映している.近年,各歳別の人口移動率に進学に伴う学生のピークが見いだされた.これまでの多くの移動率年齢プロファイルの研究では5歳階級別のデータが利用されており,各歳別のデータにより新たなピークが発見されたといえる.日本においては進学率の上昇や人口減少による大学の入試倍率の低下から18歳での入学と22歳での卒業の典型的な就学スケジュールが強化されると予想される.本研究では日本における国内人口移動率の年齢プロファイルとその変化を各歳の移動データから明らかにする.

  • 山田 周二
    セッションID: P010
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    世界の山地の険しさを評価するために,約30 mメッシュのDEM(SRTM1)を用いて,山頂から一定の標高差の範囲を抽出して,それらの範囲の平均傾斜と起伏を算出した.北緯60°~南緯60°のすべての陸地を対象とした.

    任意の地点の山頂からの標高差を知るために,山頂および鞍部の標高と位置を抽出して,任意の地点に対応した山頂を特定した.山頂および鞍部の抽出には,山地次数の考え方を応用した.具体的には,逆転したDEMを作成して,窪地を抽出することで山頂を抽出した.そして,窪地を埋積することで鞍部を抽出して,それを繰り返すことで,さまざまな次数の鞍部を抽出した.抽出した山頂と山地内の任意の地点との差を算出して,山頂からの標高差とした.そして,標高差にして1000 m間隔で山地の範囲を抽出した.

    抽出した山地の範囲の起伏と平均傾斜を算出した.起伏は,山地の範囲の標高差をその底面積の平方根で除したものとした.平均傾斜は,山地の範囲にある全てのセルの傾斜の平均値として算出した.

    山頂からの標高差で段彩図を作成すると,同じ色で塗られた範囲が,山頂から一定の標高差にある範囲であることを示す.0~1000 mの色で塗られた範囲は,山頂から1000 mの範囲であり,どのような標高の山地であっても,山頂付近という山頂からの標高差としては同じ条件の場所を示している.ただし,険しい山地はその範囲が狭いので,世界地図の縮尺ではほとんど見えない.

    山頂から一定の標高差の範囲の起伏および平均傾斜の分布には,一定の傾向がある.山頂からの標高差が大きくなるほど(標高差が1000 mよりも2000 mの方が)起伏も平均傾斜も小さくなり,同じ標高差の範囲で見ると,地理的に偏った分布を示す.山頂からの標高差が 1000 mの範囲の山地では,平均傾斜が30°以上のものは変動帯に分布がほぼ限られる.そして,平均傾斜が40°以上の山地はヒマラヤ山脈にほぼ限られ,50°以上の山地はヒマラヤ山脈の北西部に集中している.

  • 研川 英征, 大田 寛之, 大塚 孝泰, 吉武 勝宏
    セッションID: P018
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに

    関東大震災は1923年(大正12年)に発生した首都圏を中心とした未曾有の大災害であるが,国土地理院の前身である陸地測量部は,関東大震災の発災直後において現地調査をおこない,その結果を震災地応急測図原図(以下「応急測図」という.)としてまとめている.この応急測図には焼失区域等の被災状況だけでなく,聞き取りによる情報収集結果や調査者等の文字情報があり,発災直後の様々な状況が分かる資料となっている.

    また,国土地理院では,応急測図を古地図コレクション(https://kochizu.gsi.go.jp/)から公開,自然災害伝承碑などの防災地理情報を地理院地図」(https://maps.gsi.go.jp/)から提供している.

    そこで本論では,応急測図の記載内容について,国土地理院の持つ防災地理情報や他機関の史料・文献との重ね合わせ等による分析をおこなったので,その結果について述べる.

    2.応急測図と自然災害伝承碑の重ね合わせ

    応急測図から焼失区域および倒壊家屋に関する情報を抽出して,自然災害伝承碑データとの重ね合わせをおこなった.自然災害伝承碑に記載の内容は文字情報であるが,応急測図を用いることで当時の状況が地図からも見ることができるものとなった.また,応急測図は伊豆半島や房総半島のほか内陸の山梨県や埼玉県まで広域に作成されているが,その範囲は関東大震災に関連する自然災害伝承碑の分布とも整合している.

    3.応急測図の文字情報ついて

    応急測図の文字情報には,聞き取りによる内容として,たとえば、「道路諸処に亀裂を生じ橋梁破損、川岸崩壊せる為め手車も不通なる由」といった交通状況や,「村落は自作に付糧食に不足を生せさると云ふ」といった食料状況についての記載がある.

    また,各図に記載されている調査者名について,職員録(印刷局, 1922)等と照合したところ,発災当時は退官していた元陸地測量部職員の動員も明らかとなり,緊急的な状況をうかがわせる内容であった.

    これらの文字情報は,前述した地理的情報を補足する背景情報として活用できる可能性がある.

    4.まとめ

    応急測図には焼失区域等の地理的情報から文字情報まで幅広い情報があり,発災直後の生活状況や関係した先人の動向まで当時の状況に幅広く触れられる情報であることが分かった.

    これら応急測図に記載されている様々な情報を防災地理情報と組み合わせることにより,地域の横断的な理解に資するものとなり,防災・地理教育への活用も期待される.

  • 小池 野々香
    セッションID: P039
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    Ⅰ. はじめに・調査概要

     本研究の目的は、事例地における祭礼運営とそれに関わる空間的範囲の差異を明らかにし、祭礼の存続の在り方を検討することである。佐原(現千葉県香取市内)は、江戸時代に利根川舟運の中継地として栄えた旧在郷町である。佐原の山車行事は、当時の佐原の大商人が抱えていた経済力と人足によって発展した。山車は小野川の東側10町内(本宿)と西側14町内(新宿)がそれぞれ所有し、本宿では毎年7月の八坂神社、新宿では毎年10月の諏訪神社の神輿渡御に合わせて曳き廻される。

     本発表内容は2021年に全24町内を対象に行ったアンケート(全町内より回収)、同年に本宿5町内新宿3町内の計11名へ行ったインタビュー、および2022年の本宿地区での参与観察を基に作成した。

    Ⅱ. 町内間にみられる運営方法の差異

     佐原では、山車を所有する町内がそれぞれ運営に関わる資金・人手を賄い、意思決定を行う。山車の運営方法において全町内に共通しているのは、新本それぞれ約3年交代でその年の曳き回しを統括する町内を決める「年番制」に組み込まれていることと、各町内で年功序列的に運営される祭礼組織を持つことである。

     山車に関わる組織制度には町内ごとに細かな差異がある。例えば、組織内で役職に就く条件に「町内在住・町内縁故者等」を採用している町内は、新宿内1町内と本宿内7町内である。役職者を町内関係者に限定していない町内には、人口減少による制限を撤廃した事例もある。各町内は50名以下~1000名以上におよぶ人口の幅があり、その規模に応じて祭礼組織の中心層は異なる課題意識を持っている。具体的には、インタビューにおいて、人口規模が比較的小さい町内では積極的に「よそ者」意識を撤廃して曳き手を確保する必要性が語られた一方、人口規模が比較的大きい町内では町内内部の意思統一の難しさや、町外の担い手を積極的に受け入れる意識の世代間ギャップに言及があった。

    Ⅲ. 多様化する参加者

     各町内の山車の曳き手は、およそ戦前までは町内出身かつ町内居住者の男性がほとんどであった。しかしながら男性の曳き手については、町内出身・町外居住者、町外出身・町内居住者、町外出身・町外居住者といった参加者属性が増えている。このうち、町外出身・町外居住者には当日のみ曳き手として参加する場合と町内の祭礼組織に正式に所属するようになる場合がある。町外出身・町外居住者の扱いは各町内で変化し続けている。

    Ⅳ.「佐原型」祭礼を持つ他市町村との関係

     佐原の周辺市町村、例えば茨城県の潮来市や鹿島市では、「佐原型」と呼ばれる同形態の山車や囃子を用いた祭礼が行われている。佐原型祭礼は江戸の神田祭りを参考にして佐原で完成した祭礼形態であり、それが千葉県北東部から茨城県南部の各地に伝播し、各地の神事と結び付けられていった歴史を持つ。佐原で町外出身・町外居住者であるにもかかわらず山車曳きに参加する者は、このような周辺地域で山車行事に関わっていることも多く、佐原からも曳き手が周辺市町村の山車行事に参加しに行くことがある。筒井(2013)によれば、特定の近隣地域間で構築された人的資源に関する協力関係は、祭礼の儀礼構成や道具の構造に共通点が多く、互いを「安心して任せられる相手」として認識できることによって成り立つ。佐原の周辺一帯の祭礼間で起こる人の移動もまた、祭礼の類似性によって成り立つ、一つの協力関係の事例である。また、囃子の演奏者(下座連)は曳き手以上に市町村を超えて山車に参加しており、下座連の活動が祭礼を地域外へ開放している側面がある。

     このように佐原の山車行事は、町内の寄付金と地域の鎮守社の神事に結び付く“閉鎖性”を持ちながらも、周辺の佐原型祭礼を実施する地域との文化的・人的交流のもとで存続しているという“開放性”の側面も持つ。佐原型の他祭礼の個別調査を進めること、また複数の佐原型祭礼を俯瞰的に議論することが今後の課題である。

  • ー宮城県仙台市を事例にー
    髙田 協平, 黒木 貴一
    セッションID: 434
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    Ⅰ. 目的

     変動帯にある日本では,地震による被害を歴史的に繰り返してきた。その被害のうち液状化に関する要因の検討が嘉門・三村(1995)や若松ほか(2017)などで行われている。本研究では宮城県仙台市で,近年に森ほか(2014)などで散見され,要因の検討があまり進んでいない段丘・丘陵の盛土地で生じた液状化被害を対象に,その発生条件を明らかにすることを目的とする。

    Ⅱ. 研究方法

    1)これまでの液状化記録

     液状化の記録を全国ベースで検討した。液状化地点の分布図と土地条件図を重ね,それらを地形区分別に集計した。ニュータウンの分布図と地質図を重ね,それらを地質別に集計した。

    2)現地調査

     研究対象地域 宮城県仙台市において2011年東北地方太平洋沖地震で記録された地点1~26の液状化地点で現地調査を行った。現地では人工構造物を中心とした周囲の景観や,地図では読み取れない起伏,亀裂,微地形を観察した。観察結果から地下水面を推定し,液状化が発生しやすい地形・地質モデルを作成した。

    3)液状化地点の地形量解析

     国土地理院の基盤地図情報の5mメッシュDEMと仙台市都市整備局開発調整課(2022)を用いて求めた液状化地点の地表・地下流域の比較により,液状化発生の土地条件を検討した。また,法令とその土地条件の関連性を考察した。

    Ⅲ. 結果及び考察

     本研究では以下の4点が分かった。

    1)これまでの液状化は低地と人工地形で多く発生し,特に人工地形では盛土地・埋立地での割合が高い。ニュータウンの開発は,主に地質が堆積岩の場所で行われ,人が居住して以降,液状化記録数が増加する。

    2)液状化地点の地形・地質モデルを5型に分類できた。A型は傾斜がある盛土地で構造物が地下水の流れを遮断する条件,B型は段丘・丘陵を刻む谷の谷頭が盛土された条件,C型は段丘・丘陵を刻む谷や谷底平野が盛土された条件,D型は傾斜のある盛土地での遷緩線の直ぐ下位条件,E型は傾斜のある盛土地がわずかな凹地となり,さらに地下水の流れを構造物が遮断する条件である。

    3)液状化が生じやすい土地条件は,水が滞留することで地下水面が地面と近づく場所である。そのような地形については谷の縦断面に着目すべきで,傾斜及び谷幅の解析が有効であることが分かった。

    4)法令は大地震の度に改正されてきたが,斜面崩壊対策に関心が向けられ,液状化対策の視点が少ないことが分かった。また,液状化を誘発している項目もあることが分かった。

  • 山形県飛島の事例
    荒井 良雄
    セッションID: 236
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    5GネットワークやIoTなど高度な無線アクセス・サービスのためには,高速の無線局エントランス設備が必要であり,個々の装置とセンターとなる無線局間の接続には光ケーブルが使用される.離島の場合は本土と離島間に海底光ケーブルを敷設して,接続を行う必要があるが,多くの利用者が見込めない小規模離島の場合,こうした海底光ケーブルを敷設・運用しようとしても,民営の通信事業では採算が困難である.日本政府が推進する政策では,小規模離島への海底光ケーブルの整備は特に重視され,2010年代末から,日本のさまざまな地域にある小規模離島で海底光ケーブルの整備が進められており,それまで利用されてきたマイクロ波回線から海底光ケーブル回線への置き換えが順次進められている.本発表では,まず,高度無線サービスを普及させようとする政府の政策を整理した上で,海底光ケーブルの整備を背景として,小規模離島における生活・産業インフラの改善の試みを行っている山形県酒田市飛島における動きを取り上げる.

  • 岩佐 佳哉
    セッションID: P015
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに 斜面崩壊の免疫性とは,斜面崩壊が一度発生すると,同じ地点において崩壊が再発しないという考え方である(小出 1955)。免疫の有無やその有効期間を明らかにすることで,斜面崩壊の発生場所の予測や発生の切迫度の推定が可能となることから,斜面崩壊の免疫性に関する研究が多数行われてきた(安仁屋 1968;下川 1983など)。近年では,GISの普及に伴い,二つの時期に発生した斜面崩壊の地理的な分布を定量的に分析することで,免疫性の検証が行われている(岩橋・山岸 2010;檜垣ほか 2019;Yano et al. 2019;岩佐 2022)。ただし,検証事例は限られており,地域的な差異を検討するためにも多数の事例の蓄積が必要であると考えられる。 2022年8月3日から4日にかけて,新潟県や山形県を中心に複数の地点で24時間降水量が観測史上最大となる豪雨となり,新潟県村上市小岩内では多数の斜面崩壊が発生した。小岩内では1967年羽越豪雨の際にも斜面崩壊に起因する土石流が生じていたことが報道された。1967年と2022年の斜面崩壊の分布を明らかにし,比較することで斜面崩壊の免疫性に関する定量的な検討が可能になると考えられた。 本発表では,1967年と2022年の豪雨に伴い多数の斜面崩壊が発生した新潟県村上市小岩内周辺を対象に,55年間における斜面崩壊の免疫性を検証した。

    2.研究方法 対象地域は新潟県村上市小岩内周辺の朴坂山から荒川左岸までの12.575km2の範囲である。荒川右岸には新第三紀堆積岩類と流紋岩類,花崗岩類が分布し,左岸には花崗岩類と新第三紀堆積岩類が分布する。1967年の斜面崩壊の分布を明らかにするため,1971年に国土地理院が撮影した空中写真を実体視判読した。また,2022年の斜面崩壊の分布を明らかにするため,朝日航洋がオープンデータとして公開したオルソ画像および航空レーザ測量データから作成した地形表現図を判読した。判読した斜面崩壊の特徴を明らかにするために,地形条件や地質条件,降水量と斜面崩壊の発生密度との関係を検討した。 また,判読した斜面崩壊の分布を比較し,1967年から2022年までの55年間で斜面崩壊の免疫性が保たれているかを検証した。この際,2022年の崩壊源から1967年の崩壊源までの最短距離を求め,両者がどの程度近接して発生したかを明らかにした。また,檜垣ほか(2019)に基づいて崩壊源同士の位置関係を5つに分類し,2022年の斜面崩壊のうち,どの程度が1967年の斜面崩壊と重なって発生したかを検討した。

    3.斜面崩壊の特徴 対象地域では1967年の豪雨で362個,2022年の豪雨で1,000個の斜面崩壊が発生したことが明らかになった(図)。1967年の斜面崩壊は荒川右岸に多く分布し,2022年の斜面崩壊は嶽薬師以南に多く分布する。ただし,嶽薬師の西・南斜面では分布が限られる。また,最大24時間降水量ごとに斜面崩壊の発生密度を集計すると,いずれの斜面崩壊でも440 mm/24h以上で発生密度が大きい。地質ごとに発生密度を集計すると,新第三紀堆積岩類で最も大きく,ついで花崗岩類で大きい。

    4.斜面崩壊の免疫性 2022年の崩壊源から1967年の崩壊源までの最短距離とその個数を集計すると,最短距離が短くなるにつれてその個数が増加し,20–30 mのもので106個と最も多い。一方で,最短距離が0-10 mのものでは28個とその数が急減する。崩壊源同士の位置関係をみると,2022年の斜面崩壊のうち90.8%は1967年の崩壊とは独立して発生し,ついで4.7%は同じ一次谷の上方で発生している(図)。同一の一次谷で斜面崩壊が再発したものは10%未満であり,少なくとも55年間では免疫が保たれているとみなせる。

    文献:安仁屋(1968)人文地理 20.岩佐(2022)地理学評論 95.岩橋・山岸(2010)日本地すべり学会誌 47.小出(1955)『山崩れ』.下川(1983)林業技術 496.檜垣ほか(2019)日本地すべり学会誌 56.Yano et al. (2019) Geomorphology 327.

  • 住民視線を交えた“地誌”の試み
    大内 俊二
    セッションID: 534
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    東京都多摩市は、1960年代から東京の西部多摩丘陵を開発して作られた“多摩ニュータウン”の中心に位置する。多摩ニュータウンは当時全国に次々と作られた大規模ニュータウンの中でも最大級のものであったため、新時代の大規模住宅開発として各方面から注目を集め、都市計画、社会学、地理学など様々な観点から多くの論考が加えられてきた。発表者は1987年よりこの地に暮らしているが、これらの論考がほとんど外側からの視線によるもので、そこに生活するものの認識とはどこかずれているような気がしてならなかった。今回“市民学芸員”となったことから、一住民としてこの地域を見つめ、この“ずれ”が何かを確かめてみようと思い立った。

     多摩市には多くの橋があり、特に丘陵地に開かれたニュータウン地域の陸橋の多さが目立っている。比較可能なデータが乏しいために他の市町村との比較は難しいが、多摩ニュータウン地域の橋に注目した「多摩ニュータウンの橋」(1983)や「Bridge Town」(1989, 1995, 2001)などこの地区の橋についてのパンフレットが次々と発行されたことからも、この地域において橋の存在が大きいことがうかがえる。開発当初は全面買収した丘陵地を平坦な土地に変えて大規模な宅地とする計画であったようであるが、谷戸に住居や耕作地を持つ地元住民の反対もあって大きめの谷戸は土地区画整理事業地となり、その他の丘陵地が新住宅市街地開発法に基づく全面買収方式の開発事業の対象となった。その後、自然地形を生かした案も考えられたようだが、結局、採算の問題から丘陵の尾根部を切り細かい谷を埋める中規模開発となり(木下,根本,2006)、尾根部に建設された住区をつなぐ橋を中心に多くの陸橋が建設されることとなった。また、これに呼応するかのように、土地区画整理事業地区やニュータウン以外の市内の河川や水路にも橋の建設が進んだようである。これら多摩市を特徴づけるようになった多くの橋を住民目線で観察・記載して行くことで、この地域に向けられる自らと外からのまなざしの違いについて気づくことがあるのではないかと考えた。

     一般的には橋梁として建設されたものが「橋」とされており、民俗学などでは橋は建設構造物というだけでなく異界との“境界”を示すと考えられることもある。しかし、日常的に橋を通行する多摩市の住民にとって橋は、その構造はもとより境界とも関係なく、単に河川、水路、谷、道路などを越えて“こちら側”から“あちら側”に渡るための交通路にすぎない。さらにニュータウン地区に多い陸橋では、橋がなくともあちら側に行くことに大きな困難はなく、河川や水路を渡る橋や境界の意味を持つ橋に比べてこちら側とあちら側の区別が明確でない。このようなところで住民が橋と認識するには、“渡る”という意識が得られることが重要で、この“渡る感”がなければ主観的には橋ではないことになる。そんな観点から、多摩市内で橋と思われるものを見て歩き、橋と認識できるかどうかを判断することから始めた。見て歩いた400本近くの橋らしきもののうち228本を「橋」と認定し、プロジェクトチームを作って冊子にまとめて公表することになった。これら一連の活動から地域認識のずれを感じたことがいくつかあり、ここで簡単に報告しておきたい。

    各種資料に載っている橋は、例外なく橋梁として建設された建築構造物である。しかし、なかには住民として橋とは認識できないものがあるし、住民目線で橋と見なしたものが資料には入っていないことも多い。外からの視線と内からの視線によって見えるものあるいは認識するものが異なるということは明らかだろう。

    ニュータウンの開発者は丘陵地の開発において橋が“人間尊重の街の表徴”であると強調したが、住民とっては、隣の住区に行き来する用事もそれほどなく、谷部に配された主要道路を通るバス路線の停留所までは坂や階段を上り下りする必要があったりして、「橋」の多さ=「人間尊重」とは感じにくい。

    ニュータウン開発以前から長くこの地に居住している“旧住民”とニュータウンに移住してきた“新住民”とでこの地域に対する意識に大きな隔たりがあることに改めて気づかされた。旧住民は地域への強い結びつき意識を持っているのに対して、発表者のような新住民にそのような意識は希薄である。旧住民の持つ地域への意識は何代にもわたってこの地で生活を営んできたことによって培われたもので、一代限りかそれ以下にすぎないニュータウンでの生活から同じような意識を持つことは不可能であろう。昨今よく言われる“コミュニティの再生”などを考えるにあたってはこの点に留意する必要がある。

                <文献>

    木下剛・根本哲夫 2006. 多摩ニュータウンの自然地形案とは何か. 『10+1』 No.42:124-127. (LIXIL出版)

  • 河南省三門峡市盧氏県の農村出身者を事例として
    阿部 康久
    セッションID: 315
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    中国中部地域の農村出身者を対象として,出稼ぎ労働からの帰還理由と将来の定住希望地についての検討を行った.出稼ぎ労働者の中には,大都市での出稼ぎ生活を終えた後で,出身地に近い中小規模都市への定住を希望する人が多い.出稼ぎ労働者らは,大都市で就業・居住する際には高い収入が得られるものの,住宅費などの生活費も多くかかることや,公共サービスを受けるために必要な戸籍や持ち家の取得も難しいという制約も存在している.これに対して,出身地に近い中小規模都市であれば,戸籍の取得が容易で,出稼ぎ労働者の収入でも住宅も購入可能であり,親世代の介護や子どもに公教育を受けさせることもできる.このように出身地に近い中小規模都市を定住先として選ぶことは,都市生活のメリットと出身地への近接性から得られるメリットの双方をある程度享受することができる.近年では,中国政府による「新型都市化計画」と呼ばれる中小規模都市への定住促進政策が進展しており,これらの都市では交通インフラ等の整備が進み,教育や医療サービスの質も向上している.そのため出稼ぎ労働者らが,このような都市に定住することには,ある程度の妥当性もあると考えられる.また,出稼ぎ先地域の現実を踏まえた上での,出稼ぎ労働者自身による主体的な判断による意思決定という側面もある.以上のことから今後も,出稼ぎ労働者らの省内レベルでの移動が増加することが予測される.

  • ヨーロッパ地誌をどうとらえるか
    田部 俊充
    セッションID: S101
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.企画趣旨

    本発表は,2023年日本地理学会秋季学術大会公開シンポジウム(第44回日本地理学会地理教育公開講座)として開催するものである。テーマは,「世界地誌学習の新たな方向性―ヨーロッパ地誌をどうとらえるか―」としたい。新型コロナ,ロシアによるウクライナ侵攻など,歴史を画するような現代的な課題が山積するなかで,ヨーロッパ理解の必要性は増している。世界地誌学習の新たな方向性,把握する視点を,現地のフィールドワークの成果,学校現場の授業実践を活かして考え,次の改訂の議論へとつなげていきたい。発表は以下の通りである。

     1田部俊充(日本女子大):企画趣旨・スウェーデン・フランスからみるヨーロッパ理解

     2藤塚吉浩(大阪公立大):ロンドン東部におけるジェントリフィケーションと地誌学習

     3池田真利子(筑波大):ドイツにおける教育の本質:グラフィティ研究の最前線―地理学の教育に芸術の実践を取り入れる

     4戸井田克己(近畿大):世界地誌学習の現状とヨーロッパ理解の課題―学習指導要領の分析を通して―

     5高木優(神戸大学附属中等教育学校):中学校社会科・地理総合・地理探究とヨーロッパ理解の課題

     6山内洋美(宮城県仙台西高):社会系教科としての選択科目「地理探究」における地誌学習とヨーロッパ理解の課題

     7永田忠道(広島大):地理教育からみたヨーロッパ理解の課題  8濱野清(兵庫教育大):総括:今後の世界地誌学習の新たな方向性を考える

    2スウェーデン・フランスからみるヨーロッパ理解 ヨーロッパ理解のための地誌学的アプローチにあたって参照したのは,『ヨーロッパ ( 世界地誌シリーズ)』(2019,朝倉書店)である。加賀美(2019)では,「1 総論―統合に向かうヨーロッパの地域性」「1.5 ヨーロッパへの地誌学的アプローチ」において,EU は,「国家の枠組みを超えた地域間の連携を強めながら,統合を進めている」とする。一方で,「EU という大きな枠組みのなかで自己主張に乗り出している事実」にも注目している。 2020年3月28日(開催中止)に予定していた第37回地理教育公開講座」では「世界地誌学習の新たな方向性-ヨーロッパ―」をテーマに進め「BrexitからアプローチするEU/ヨーロッパ理解」では, EUを中心に据える理解,非加盟国ながらシェンゲン協定を実施し共通市場に組み入れられたノルウェーやスイスのような国,東南ヨーロッパのEU加盟を求める経済力の弱い国々という三つのセグメント相互の関係を重視した理解が求められる,とヨーロッパを概観的に把握する重要な視点が示された(加賀美2020)。   田部(2023)は,スウェーデン・ウプサラ大学との国際交流を進めるなかで,ヨーロッパ理解を進めるための世界地誌学習の教材開発において歴史的アプローチが重要であることを示した。ノルマン人のイングランド征服,ナポレオン戦争などとスウェーデンとの関係を整理し,世界地誌教材の可能性を追究した。

  • 高木 優
    セッションID: S105
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    Ⅰ.はじめに

     中学校では、平成29(2017)年に、高等学校では、平成30(2018)年に学習指導要領が改訂され、高等学校に、必履修科目の「地理総合」と選択履修科目の「地理探究」が創設された。平成30年告示の高等学校学習指導要領(文部科学省、2018a)の「地理総合」の3 内容の取扱いには、中学校社会科との関連を図ると示され、「地理探究」にも中学校社会科を意識した説明が見られる。「地理探究」は「地理総合」を履修後、学習することになっているため、高等学校では、令和5(2023)年度に、はじめて実践されている。そこで、「中学校社会科」、「地理総合」、「地理探究」の実践を踏まえた、事例地域をヨーロッパとした地誌学習の課題について報告する。

    Ⅱ.中学校社会科

     平成29年告示の中学校学習指導要領(文部科学省、2017b)の中学校社会科地理的分野では、ヨーロッパは①から⑥の各州の1つとして示されている。そのため、中学校ではヨーロッパを州単位で学習されていると考えられる。また、ヨーロッパ州のヨーロッパ連合(以下、EU)という地域の結び付きに着目し、EU拡大に伴う、農業や工業などの産業の変化が扱われていると想定される。

    Ⅲ.地理探究

     平成30年告示の高等学校学習指導要領(文部科学省、2018a)の「地理探究」では、様々な規模の地域を世界全体から偏りなく取り上げるようになってはいるが、中学校社会科地理的分野の「世界の諸地域」の学習における主に州を単位とする取り上げ方とは異なることが明示されている。その中で、地域的特色や構造や変容などを地誌的に考察することが求められている。

    Ⅳ.地理総合

     平成30年告示の高等学校学習指導要領(文部科学省、2018a)の「地理総合」では、ヨーロッパを州単位で学習することもできず、地誌的な考察もできないことになっている。もとより、「地理総合」は、持続可能な社会づくりを目指し、環境条件と人間の営みとの関わりに着目して現代の地理的な諸課題を考察する科目と示されているため、各単元で地理的な諸課題を考察することが求められている。そこで、各中項目を内容のまとまりとした次の5つの単元構成の中で、ヨーロッパ地域を事例地域とした例を示したい。

     1.地図や地理情報システムと現代世界

     2.生活文化の多様性と国際理解

     3.地球的課題と国際協力

     4.自然環境と防災

     5.生活圏の調査と地域の展望

    文献

    文部科学省(2017a):『小学校学習指導要領(平成29年告示)』.文部科学省

    文部科学省(2017b):『中学校学習指導要領(平成30年告示)』.文部科学省

    文部科学省(2018a):『高等学校学習指導要領(平成30年告示)』.文部科学省

    文部科学省(2018b):『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 地理歴史編』.東洋館出版社

    Waugh, D. and Bushell, T. (2014):Key Geography New Interactions,OXFORD

  • 藤塚 吉浩
    セッションID: S102
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    高等学校の地理の教科書には,ジェントリフィケーションおよびインナーシティ問題が取り上げられている.ロンドン東部,特にドックランズの再開発の事例をもとに,インナーシティの変化について取り上げる教科書が多い.本報告では,次の2つの観点から検討する.第1に,地誌学習の基本は地理の教科書を読むことなので,高等学校の地理探究の教科書3冊と地理総合の教科書7冊と,OxfordのIB Diploma Programme, Geography 2nd editionを対象として,ジェントリフィケーションおよびインナーシティ問題についての記述と,ロンドンに関する記述を分析する.第2に,これらの教科書の記述に関して,ロンドン東部におけるジェントリフィケーションおよびインナーシティ問題はどのような状況なのか,景観の変化と統計の分析により検証する.

  • 陳 乙萱
    セッションID: 317
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    The promotion of ecological civilization (EC) incorporated into China's constitution in 2018, has spurred the need for sustainable economic reforms, especially in Liaoning and Jilin provinces, known for heavy industries. With a significant Manchu population in these provinces, shamanism has evolved into a cultural tourism resource aligned with green growth objectives. This study investigates the contemporary transformation of Manchu shamanism during the socio-economic transition influenced by the EC. Notably, the emergence of Siden Shaman, operating independently from specific clans and engaging publicly, signifies changes in the traditional practice. This study examinined this transformation by focusing on Siden Shaman.

  • 戸井田 克己
    セッションID: S104
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    はじめに

     ヨーロッパに関する地誌学習は、学習指導要領上は主として中学校地理的分野の内容B「世界の様々な地域」の、(2)「 世界の諸地域」に示されている「②ヨーロッパ」と、高校「地理探究」の内容B「現代世界の地誌的考察」の、(2)「 現代世界の諸地域」で扱われることになる。なお、高校「地理総合」の教科書の中にはヨーロッパ地誌に相当の紙幅を割いているものも見られるが、学習指導要領の記述としては、「地理総合」でヨーロッパ地誌を扱う必然性は見当たらない

     本報告では、中学校地理的分野(以下、中学地理)と高校「地理探究」(以下、高校地理)の学習指導要領および同解説の記述内容を整理し、ヨーロッパ地誌の学習に関する今後の課題について考える。

    中学地理でのヨーロッパの扱い

     中学地理では、学習対象として、①アジア、②ヨーロッパ、③アフリカ、④北アメリカ、⑤南アメリカ、⑥オセアニアの6州を示した上で、身に付けるべき知識として、「①から⑥までの世界の各州に暮らす人々の生活を基に、各州の地域的特色を大観し理解すること」を、身に付けるべき思考力、判断力、表現力等として、「①から⑥までの各州において、地域で見られる地球的課題の要因や影響を、州という地域の広がりや地域内の結び付きなどに着目して、それらの地域的特色と関連付けて多面的・多角的に考察し、表現すること」を挙げている。

     また、内容の取扱いで、「(各州で)特徴的に見られる地球的課題と関連付けて取り上げること」や、その地球的課題については、「地域間の共通性に気付き、我が国の国土の認識を深め、持続可能な社会づくりを考える上で効果的であるという観点から設定すること」としている。

    高校地理でのヨーロッパの扱い

     高校地理(「地理探究」)では、学習対象としての地域を具体的に示さずに、前の中項目(1)で、各種の主題図や資料を踏まえて様々な地域区分を行ったことを受け身に付けるべき知識として、「幾つかの地域に区分した現代世界の諸地域を基に、諸地域に見られる地域的特色や地球的課題などについて理解すること」や「幾つかの地域に区分した現代世界の諸地域を基に、地域の結び付き、構造や変容などを地誌的に考察する方法などについて理解すること」を、また、身に付けるべき思考力、判断力、表現力等として、「現代世界の諸地域について、地域の結び付き、構造や変容などに着目して、主題を設定し、地域的特色や地球的課題などを多面的・多角的に考察し、表現すること」を挙げている。

     また、内容の取扱いで、「(中学地理での州を単位とした取り上げ方とは異なり、前の中項目(1)で学習した)地域区分を踏まえるとともに、様々な規模の地域を世界全体から偏りなく取り上げるようにすること。また、取り上げた地域の多様な事象を項目ごとに整理して考察する地誌、取り上げた地域の特色ある事象と他の事象を有機的に関連付けて考察する地誌、対照的又は類似的な性格の二つの地域を比較して考察する地誌の考察方法を用いて学習できるよう工夫すること」としている。

    ヨーロッパ地誌において学習指導要領解説が示す事例

     中学地理では、学習指導要領解説は、ヨーロッパ州の「主題例」として「国家統合、文化の多様性に関わる課題など」が想定されるとした上で、以下のように解説している。

     すなわち、「ヨーロッパ州を大観する学習を踏まえて、例えば、ヨーロッパ連合(以下、EUという。)を対象に「EUはどのような経緯でその構成国を変化させてきたのか」、「EUの構成国内で、なぜ分離や独立などの動きが見られるのか」などといった問いを立て、前者の場合、EUの空間的広がり、EU統合の歴史的背景、EU統合がもたらす成果と課題などを地域の人々の生活と関連付けて多面的・多角的に考察して、国家間の結び付きに関わる一般的課題とEUにおける地域特有の課題とを捉える。」(p.50)と。

     一方、高校地理では、前掲下線部の「主題を設定し、地域的特色や地球的課題などを多面的・多角的に考察し、表現すること」について、「ここで取り上げる主題として、「欧州連合(EU)経済圏の変容」などが考えられる。例えば、「なぜ、ヨーロッパで分裂と統合が見られるのだろうか」といった問いを立てて、EU域内の経済的な地域格差、政治的動向、民族・宗教などの諸事象を有機的に関連付けて考察するような学習活動が考えられる。」(p.107)と。

    今後、求められる学習指導要領の方向性

     学習指導要領および同解説のこうした記述内容を検討した上で、発表当日は、今後のヨーロッパ地誌の学習に求められる「内容」のあり方について考えたい。

  • 川久保 篤志
    セッションID: 335
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに

     わが国のワイン消費は、赤ワイン人気に牽引された第6次ブーム(1997~98年)以降は長らく低迷していたが、2012年からの第7次ブームの到来で過去最高を更新し、国内製造量も高水準で推移している。第7次ブームの発生には様々な要因があるが、その1つに日本ワインの消費拡大がある。日本ワインは、国産ぶどうを100%使用して国内で製造されたワインを指し、それ故に多様な経済波及効果をもたらしている。農業面では醸造用ぶどうの栽培を刺激し、その一部は耕作放棄地の再生に繋がっている。工業面では雇用拡大と就業機会の多様化に結び付くが、ワイナリーの創業者の中には農村部へのIターン者も含まれている。また、ワイナリーの創業が相次いだ地域では地元産ワインを扱う小売店やレストランが増加し、観光資源としてイベントや工場見学ツアーも企画されている。

     このように、日本ワインブームは人口流入や農業の6次産業化という点でも注目を集めているが、その担い手はどのような存在なのか。また、経営面で既存のワイナリーとどのように異なるのか。本研究では、長野県で2000年代に新規参入した小規模ワイナリーを事例に、その増加がもたらした経営上の意義の一端を明らかにする。

    2.長野県のワイン産業の地位と小規模ワイナリー

     長野県のワイン生産量の全国シェアは約3%に過ぎないが、日本ワインに限定すれば23%(山梨県に次いで2位)に高まる(2022年,国税庁「酒類製造業及び酒類卸売業の概況」)。ワイナリー数も、2010年代に小規模ワイナリーの参入が相次いだ結果、今では山梨県に次いで多い。

     このような小規模ワイナリーの増加要因としては、長野県が2013年に「信州ワインバレー構想」を掲げて、醸造免許取得に必要な最低製造数量基準が6Klから2Klに下がる「ワイン特区」の認定地域の拡大を図ったことや、新規参入者への開業支援(栽培・醸造の技術指導、農地の斡旋、ワイナリー建設への資金援助など)を行ったことが挙げられるが、これに加えて東御市や塩尻市でワイナリー開業希望者にぶどう栽培・ワイン醸造・ワイナリー経営のノウハウを教えるアカデミーが開講され、全国から受講生が集まってきたことも大きい。このため、長野県の小規模ワイナリーは両市とその周辺自治体に多い。

    3.小規模ワイナリーの経営実態

     日本ワインブーム下で創業した長野県の小規模ワイナリーについては、既に多くの研究実績がある。そこでは、経営者の多くは域外からの移住者であること、原料ぶどうの栽培地として耕作放棄地の斡旋を受けていること、高価格帯のワイン醸造が中心で主な販路はワイナリーでの直売やネット販売、県内の小売店やレストランであること、アカデミー出身者などのネットワークが強く労働力の融通も行われていること等が指摘されている。

     では、コロナ禍を経た現在、その経営は軌道に乗り、成長しているのか。本研究では、2000年以降に創業した小規模ワイナリー53社にアンケート調査を実施し、28社から回答を得た。その結果、醸造量では特区適応で参入した16社のうち5社で現在は6Klを超えていること。原料ぶどうの栽培面積は創業時の1社平均53aから268aに拡大し、かつ元荒廃地の占める割合は創業時の38%から54%に高まっていることが明らかになった。また、原料ぶどうの自給率は、90%以上が28社中16社あったが、50%未満も7社あった。栽培品種については、創業時も現在もメルローとシャルドネが中心だが、28社の延べ品種数では創業時の12種から現在の24種へと多様化が進んでいる。ただし、生食兼用種は2種しかなく、専用種のブドウを原料としたこだわりのワインづくりを指向しているといえる。

    4.おわりに

     以上のように、長野県の小規模ワイナリーの多くは着実に成長しており、それが耕作放棄地の再生にも繋がっている。また、ワイン造りでは専用種を原料としている点に特徴があると言えそうだが、この点については発表当日に大手ワイナリーの経営と比較しながら明らかにしたい。

  • 永田 忠道
    セッションID: S107
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    自然から見て,ヨーロッパが,人類の活動舞台として有利な点,不利な点を列挙して,討議すること,デンマルクの農牧の特色を調べ,わが国の農牧業で,見習うべき点があるかどうかについて,討議すること,北部・東部・中部・南部ヨーロッパの気候の特色を明らかに示す図表を,気温・雨量表から作ること,われわれの日常生活に,ヨーロッパ人の生活様式が,どのように取り入れられているかを調べて,討議すること。これは今から約75年前に我が国で導入された教科としての社会科において,中学校の第2学年での学習活動例として示されたヨーロッパ学習の在り方である。上記の学習活動例は1947年の学習指導要領上の単元一「世界の農牧生産はどのように行われているか」の教材(五)「古くから居住されて来た諸大陸では,農牧業は,どのように行われているか」の中で期待される学習の在り方であった。同じく単元三「近代工業は,どのように発展し,社会の状態や活動に,どんな影響を与えて来たか」では教材(三)「世界の大工業地帯ではどんな工業が行われているか」の中で「ヨーロッパの工業地帯は,どんな特色を持っているか」について「中部及び西部ヨーロッパを流れる河川が,工業の発達に,どんな便利を与えているかについて調べること」,「ヨーロッパの代表的都市の人口に関する資料を集めて,産業革命以後どんな急速な人口増加が起って来たかを示す図表を作ること」などの学習活動例が示されていた。地理教育が社会科の中で進められるようになった約75年前は現在の中学校での分野制や地域ごとに整理された形式での学習ではなく,テーマや主題を基盤として空間的には混在する形で地域ごとの特色よりも主題への追究を主眼とした学習を進めることが期待されていた。 中学校の社会科は当初は一般社会科とも呼ばれたように,現在のような分野ごとに分化した形ではなく,例えば1951年の学習指導要領では第1学年が「われわれの生活圏」,第2学年が「近代産業時代の生活」,第3学年が「民主的生活の発展」との学年主題のもとで,地域だけでなく諸学問の成果も混在する学びを追い求めてきた。しかしながら,このような混在する学びに対する学校現場からの批判は強く,1956年2月に示された学習指導要領からは現在まで続く分野制がしかれ,ヨーロッパ理解に関わる学習も地域的に整理された形での学びが定着していくことになる。現行の中学校の学習指導要領上では,地理的分野の内容B「世界の様々な地域」の(2)世界の諸地域の中で,アジア・アフリカ・北アメリカ・南アメリカ・オセアニアと並んで州としてのヨーロッパを取り上げて,空間的相互依存作用や地域などに着目して,主題を設けて課題を追究したり解決したりする活動を通して,世界各地で顕在化している地球的課題は,それが見られる地域の地域的特色の影響を受けて,現れ方が異なることを理解すること,各州に暮らす人々の生活を基に,各州の地域的特色を大観し理解すること,地域で見られる地球的課題の要因や影響を,州という地域の広がりや地域内の結び付きなどに着目して,それらの地域的特色と関連付けて多面的・多角的に考察し,表現することが期待されている。このように州ごとに整理された学びを固定化しすぎずに,あくまでも暫定的な整理の中での学習や理解を我々は現在の世界や社会の中で進めていることを,いかに学校の中で自覚化していけるかが,地理教育からみたヨーロッパ理解の課題である。

  • 令和元年8月豪雨と令和3年8月豪雨を事例として
    坪井 塑太郎
    セッションID: 433
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに

     近年,わが国では災害多発に伴い,被災後の復興・再建過程において同地域で再び被災する重複被災(Duplicate damage)の事例が増加している。たとえば,千葉県では2019年9月の台風第15号による被災後,翌10月には台風第19号により再び被災した事例や,熊本県での2016年4月の熊本地震後,6月に発生したの豪雨災害や,2020年の令和2年7月豪雨による被災などが知られている。しかし,被災者支援制度の点からは,重複被災であっても,制度上,個々の災害での対応が行われるため,被災社会全体を包括的に把握することが困難な状況がみられる。さらに,2020年4月に発令された新型コロナウィルス感染症対応の緊急事態宣言により,同年以降に発生した災害では,被災だけにとどまらず,外部からの支援活動等において行動制約等が発生したことにより,この間における重複被災の記録や,被災者の個別性を考慮した生活復興のための支援方策の記録については整理が及んでいない点もある。 本研究では,上記の課題意識のもと,災害による経験の継承と社会化に向け,令和元年(2019)8月と,令和3年(2021)8月にそれぞれ,大規模な内水氾濫により重複被災した佐賀県杵島郡大町町を対象として,被災者の視点から被害や避難の実態と課題を示すと同時に,被災者支援組織の立場から,生活復興に向けた支援体制の方法,構造を明らかにすることを目的とする。

    2.研究・調査方法

     本研究では,,被災者支援団体が所有する被災者台帳(支援台帳)に記載された350世帯を対象とし,2022年5月より支援活動(声掛け訪問)の一環として質問紙調査票を用いて全戸訪問にて実施し,225世帯(242人)から回答を得た(世帯回収率:64.3%)。 3.重複被災状況とNPO等による拠点型支援  両災害において,ともに「床上浸水」となったのは90世帯(59.6%)に上り,令和3年(2021)8月では,JR九州佐世保線以北地域にその範囲が拡大している。また,同時期のボランティア延べ人数は,COVID-19の感染拡大の影響により,令和元年(2019)8月の2,909人に比べ, 654人と77.5%減少した。しかし,町内の公民館等を利用して専門技術系NPOと自治会による支援拠点が設置され,同拠点を基軸に,炊き出しや清掃道具の貸出し,相談支援等が行われたほか,被災世帯に対し積極的な声掛け訪問等が行われるなど,支援体制が「見える化」していたことから,ボランティア等が少ない状況下においても被災者の生活再建支援が進行できたことが想定される。さらに,「行政(保健師)」,「社会福祉協議会(災害VC)」, 「NPO等支援組織」の三者による情報共有会議が継続的に実施され,被災者の個別性を考慮した支援が実施された。

    4.結論と課題

     本研究対象地では,令和元年(2019)8月豪雨以降に,大町町により全世帯に防災ラジオが配布・配備され,令和3年(2021)8月豪雨時には,これによる情報取得率は,78.0%と高く示された一方,両災害での避難行動には明瞭な行動の変化がみられず,今後においては早期の避難促進のための具体的方策や,避難方法,避難場所の再検討が求められる結果となった。

  • ー保育所利用者の体験談を手がかりにー
    畔蒜 和希
    セッションID: 239
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    1. 問題の所在

     厚生労働省の報告によれば,2022年4月における全国の待機児童数は2,944人であり,2017年(26,081人)以降減少傾向にある.その一方で,近年は希望する保育所に入所できなかった世帯や育児休業の延長によって対応した世帯など,待機児童の定義や数値には含まれない「潜在的待機児童」が耳目を集めている.保育所に入所させるための活動が「保活」と称されるように,保育サービスの利用は世帯の就業や生活の状況と密接に関係しており,社会的再生産において重要な位置を占める.したがって保育ニーズを議論する上では,待機児童数や保育所の定員数・利用児童数といった量的指標に拠るのみならず,サービス利用者の具体的な経験に内在する需要をとらえる視点が重要となる.これを踏まえて本報告では,ウェブサイト上に公開されている保育所利用者の体験談を読み解くことで,東京大都市圏(東京都,埼玉県,千葉県,神奈川県)における保育ニーズを質的側面から検討し,その実態と保育労働との関係性を考察することを目的とする.

    2. 分析対象

     分析対象とするデータは,マンション購入等のコンサルティング会社が運営するサイト「住まいサーフィン」内の「パパ・ママ保活体験談」ページ上に,2022年1月から2023年6月までに投稿された165件の記事である.投稿者の属性は母親が129件,父親が36件であり,フルタイム勤務者が全体の約73%を占める.投稿者が利用した保育所はすべて東京大都市圏内に所在しており,うち約78%が認可保育所であった.投稿者の多くは2019年から2022年にかけて「保活」を経験しており,入所当時の子どもの年齢は0歳から2歳までが全体の約88%を占めていた.

     保育所を利用した契機は,家計のために共働きが必須であった点,および身近に預けられる親族や知人がいなかった点が共通する傾向にあった.他方で,あらかじめ職場復帰を念頭に置いていた,日中子どもから離れるために就職先を探すといった,自らのキャリアやライフスタイルを重視する過程で保育所の利用を選択した例もみられた.

    3. 保育所利用者の体験談

     保育所入所後の体験談からは,行事イベントや保護者会の実施,連絡帳によるやり取りが必要か否かといった,相反する保育ニーズの実態が描き出された.また,子どもを預けなければ働けない状況である一方,集団生活が基本となる保育所では子どもが体調を崩す頻度も多く,休園対応に苦労する声も散見された.保育所の利用にあたっては,厳格な送迎時間が1日のタイムスケジュールを規定している状況が示唆され,夫婦間での送迎役割の分担や,ベビーシッターサービスなどの積極的な利用を推奨する意見が挙げられていた.

     投稿内容でひときわ目を引くのが,子育てをする上での息抜きに関する記述である.ここでは,父親の投稿者が自身のリフレッシュや家族で過ごす時間を挙げている点に対し,母親の投稿者は家事や育児から解放された「ひとりの時間・空間」をいかに作り出すかを重視している点が特徴的である.これに加えて,有給休暇等で平日に休みを取得した際に,子どもを保育所に預けることで自身の息抜きの時間を作り出すような例も多くみられた.

    4. 考察

     多くの子育て世帯にとって,保育所の利用は日常生活を維持する上で必要不可欠となっており,保育サービスには従来の福祉的な側面にとどまらず,いつでも・どこでも利用可能な社会インフラとしての側面が求められている.その背後には本報告の事例が示唆するように,依然として母親に育児負担が偏っている状況がある.母親の多くは自身の子育てから解放された時間・空間を必要としており,それは時に,休日に子どもを預けることで実現されている.加えて,保育所には単に預ける以上の役割が求められるようになり,ニーズが相反するような状況も見受けられる.

     こうした状況に対応を迫られるのは,まさしくサービスを提供する保育所側であり,そこで働く保育労働者である.社会インフラとしての保育サービスを支える保育労働者の就業や生活の状況,保育ニーズの質的多様化と保育所の労働力編成との関係性などを明らかにしつつ,保育サービスの需給構造や社会的再生産をめぐる議論を展開していく視座が求められる.

  • 宮城 豊彦, 笠原 亮一, 小池 徹
    セッションID: 437
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    JICAと筆者らは、ベトナム北部山岳少数民族の居住域において、従来から斜面災害軽減に関する企画や事業を実施している。本報告は、その展開事例である。防災対策事業である早期警戒システムの設置による発災予測の充実と其処に住む住民達の避難行動とをリンクさせて、実質的な地域理解を通した緊急時避難行動の一体化を目指して地域防災力の向上を目指す。

  • 山下 博樹
    セッションID: 531
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1. はじめに  今日,私たちの日常を取り巻くさまざまな環境の変化に対応して住みよい都市づくりの取り組みが世界各地で活発化している。そうした取り組みの先進事例であるとともに,参考モデルのひとつともなっているのがバンクーバー都市圏の取り組みであろう。報告者はこれまで,2000年代前半に世界で一番住みよい都市として高く評価されたバンクーバー都市圏の空間整備の取り組みについて,その広域政府Greater Vancouver Regional District(以下GVRD,現Metro Vancouver,以下MV)の広域総合計画Livable Region Strategic Plan(以下LRSP)と実際の市街地整備の特性などについて論じてきた(山下2007)。本研究は,その後のバンクーバー都市圏を取り巻く社会経済環境の変化とそれにともなう新たな地域課題への政策的対応,現地での実際の取り組みの現状や課題について,2023年5月実施の現地調査結果などにより明らかにする。

    2. メトロ2050の新たな取り組みと課題

    (1) メトロ2050の特徴

     1966年のOfficial Regional Plan For the Lower Mainland Planning Area策定以来,広域総合計画の策定を重ね都合7回目の計画としてMVは2023年2月にMetro 2050(以下メトロ2050)を策定した。1996年策定のLRSPと比較すると,その後の総合計画は地球環境問題への対応も視野に,ゼロ・エミッションや経済成長に向けた取り組みなどその対象を拡大させてきた。他方で生活利便性の課題・向上に向けた空間整備の方針は,2011年策定の前計画Metro Vancouver 2040で大きく転換され,人口増加の顕著な東郊の新都心としてサレー・セントラル地区が指定された(山下2012)。メトロ2050では,自然災害に対するレジリエンスや土地利用面での自然環境保全の強化,貿易志向の工業用地の供給のほか,カナダが高齢化対策として大量の移民受け入れを国策に掲げたことなどから,人口増加に対応して拡大する住宅供給について価格高騰の抑制や賃貸住宅の確保などを主要課題に挙げている。

    (2) 中心地整備対象の拡大

     バンクーバー都市圏が住みよい都市として高く評価されたポイントのひとつに生活利便性の高さがあり,公共交通網の充実とそれと結びついた地域の拠点整備が行われてきた。LRSPでの拠点整備(都心地区,広域型拠点8か所,コミュニティレベル12か所)に, メトロ2050ではコミュニティレベルの拠点が5か所追加指定された。追加指定された地区は既存の小規模中心地などであるが,現状では公共交通の利便性が十分に確保されていない地区もある。 (3) 高頻度交通開発地区の整備 メトロ2050では,旧来の拠点整備のカテゴリーに加え,新たに公共交通利便性の高い16地区を高頻度交通開発地区(Frequent Transit Development Area,以下FTDA)に指定し土地利用の高密度化・混合化などの対象地区とし,旧来の限られた拠点だけでなく都市圏の広範囲での土地利用の高度化が目指されている。FTDAは現状では公共交通の乗換拠点や幹線となる公共交通の駅周辺などで,旧来型のリボン状の開発も含まれ拠点性の低い地区も多いが,公共交通の利便性は担保されており,中高層住宅の建設が進められるなど急速に土地利用変化が進められている。

    文献

    山下博樹(2007)バンクーバー都市圏における郊外タウ ンセンターの開発-リバブルな市街地再整備の成果として-,立命館地理学 Vol.19, pp.27-42.

    山下博樹(2012)バンクーバーにおける都市圏構造再編 計画と公共交通指向型開発の進展,2012年度日本地理学会春季学術大会,DOI:https://doi.org/10.14866/ajg.2012s.0_100172

  • 德安 浩明
    セッションID: 635
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに

     石見国那賀郡の七条原では,19世紀前半,庄屋を勤める傍ら,たたら製鉄の経営にもあたっていた岡本甚左衛門(1774~1842)によって新田が開発された.その結果誕生した七条村(現・島根県浜田市金城町七条)の新開(しんがい)地区については,下記の文献などによってその開発過程が明らかにされている.しかし,耕地と集落の景観については未解明である上に,この開発目的を鉄山労働者への食糧供給とする指摘がある.そこで,本発表では七条原における新田開発の概要,たたら製鉄との関連,集落景観の形成過程と変化,住人の構成などについて報告する.

    2.七条原の開発過程とたたら製鉄

     石見高原の一角を占める七条原に開発された田畑は,水源に恵まれない標高205~220m付近の小起伏地にある.文政3年(1820),浜田藩は甚左衛門に七条原の開墾と小割鍛冶屋の稼業を許可した.甚左衛門にとっての小割鍛冶屋は,七条原を開墾する上での労働力の確保と,百姓の入植を促す手段,そして開墾の資金源であった.約40町歩の開墾を計画した甚左衛門は,翌年,鉄山労働者とともに七条原へ移住した.

     文政10年には,検地がはじまった.文政12年の耕地面積は田11町1反9畝,畑5町4反8畝17歩に達し,新開地区には小割鍛冶屋81人を含む178人が生活していた.しかし,天保6年(1835)に小割鍛冶屋の稼業が停止となり,天保飢饉の影響もあって,人口は半減したとされている.甚左衛門は,天保13年に没した.同年,浜田藩は再開発と開墾を進めるべく,七条原に入植する郷組を20人募集した.

    3.甚左衛門が開発した新田集落の景観

     右の絵図は,天保飢饉前の耕地と集落の景観を的確に示していると考えられる.①は図示されていない鈩谷溜池から続く水路であり,②の釜ヶ峠を経て,③の原中小溜池の北側に延びる.①は七条原開発にとって最重要の灌漑用水路であり,のちに完成する広草田大溜池からの用水もここを通ることになる.そして,④の佐野村道より右(南東)側の多くが耕地化されていた.路村状をなす⑤の集落は,職人の集住地として天保2年に甚左衛門が計画した「連檐(たん)区」とみられる.甚左衛門は,佐野村道より左(北側)の開墾もめざしていたものの,資金と用水の不足のため実現できなかった.小割鍛冶屋は,南部の字カジヤ床付近にあったとみられる.

    4.幕末・明治初期における景観の変化と住人

     天保14年に20人の郷組が入植し,それぞれの屋敷は新開地区の各所に分散立地した.幕末・明治初期の集落は,諸職・商人をふくむ百姓が集住する路村と,元郷組の屋敷が点在した散村から構成されていた.安政3年(1856)には七条原最大の水源池となる広草田大溜池が完成し,2年後には増築されたものの,佐野村道より北西側への送水は実現しなかった.郷組による新規の開墾地は、おもに畑であった.

     慶応4年(1868)の新開地区には34軒が生活し,15軒が七条原への入植者とその子孫,19軒が百姓身分となった元郷組であった.郷組の制度では離村者の発生に対して,新規入植者が追加募集された.そのため,新開地区はさまざまな地域を出身地とし,かつ入植年の異なる住人によって構成されることになった.そして,明治3年3月に連檐区で発生した火災後,連檐区にある宅地はわずか5筆になり,宅地の連続性が失われた.その結果,新開地区の集落景観は,全域にわたって散村のようになった.明治8年の地籍調査によると,新開地区の田は10町9反3畝3歩,畑は5町4反7畝歩,屋敷が7反9畝9歩,合計17町1反9畝12歩となっていた.

    文献

    苅田吉四郎 1912.雲城村七條原開墾者岡本甚左衛門事蹟.島根縣内務部編『島根縣舊藩美蹟』191-219.島根縣.

    森 八太 1983・1986.『七條新開と岡本甚左衛門・一・二』くもぎコミュニティ自治会.

    金城町誌編纂委員会編 2003.『金城町誌6』379-427.金城町.

  • 濵野 清
    セッションID: S108
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    学習指導要領は,これまでおよそ10年に1回のサイクルでその見直しを行ってきた。次期改訂に関しても,これまでのスケジュール感で作業が進行すると考えるならば,平成29年の小・中学校学習指導要領改訂告示から6年後の本年は,直近の改訂を例にとれば,文部科学大臣から次期学習指導要領についての諮問が行われる年となる。 しかし,前回改訂では,大臣諮問に先立つ2年前から有識者を集めて,検討会が開かれていた。現在も,それと同趣旨の会議として,「今後の教育課程、学習指導及び学習評価等の在り方に関する有識者検討会」が開催されている。現時点で,「今後の世界地誌学習の新たな方向性を考える」に当たっては,この検討会の議論等を踏まえる必要がある。 そこでここでの総括としては,当日提案される諸氏の指摘や,先の検討会を含む文部科学省や中央教育審議会の議論を踏まえた報告を行いたい。なお,現状,これまでの議論から推察するに,次期改訂においては,大きな枠組みの変更はないものと考えられる。そこで現行の社会科教育,地理教育における地誌学習の位置付けを改めて確認するとともに,現段階では私見となるが,検討会の内容を踏まえた,求められる地理地誌学習の方向性について述べてみたい。

  • 大塚 孝泰, 大塚 力
    セッションID: S202
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.国土地理院による取組概要

     国土地理院では,2017(平成29)年3月に国土地理院長の私的諮問機関である測量行政懇談会において「地理教育支援検討部会」を設置し,外部有識者により,地理教育を通じて地域の防災力を高めて地理空間情報活用社会を実現するために国土地理院に期待される役割について議論を行った.2019(平成31)年3月には,「地理を通じて自然災害から身を守るために-災害を知り災害に備えるための地理教育-」の提言が取りまとめられ,国土地理院のウェブサイトで公開した.

     その後も,提言及び2022(令和4)年度からの高等学校における「地理総合」の必履修化を踏まえ,更なる役割を果たすため,教育現場や地域への防災・地理教育に関する支援を行っているので,これらの各種コンテンツや取組を紹介する.

    2.「地理教育の道具箱」の公開と充実

     国土地理院は,地理や防災を学びたい方,教育分野の関係者の方々に向け,国土地理院のコンテンツやツールを紹介する地理教育支援のためのウェブサイト「地理教育の道具箱」を2016(平成28)年7月に公開した.また,より教育現場で求められるコンテンツやツールを把握するため,教員で構成されている地理の研究会へのヒアリングを行った.2019(平成31)年4月には,コンテンツやツールに関して「何を」,「どのように」使えば良いかなど,地域での学習や学校の授業のヒントになる項目を学校教育の学習単元に合わせて整理し,分かり易くかつ活用し易いユーザーインターフェースに改良を行った.

     その後は,毎年コンテンツの充実を図っており,2022(令和4)年には,再度,教員の方々にヒアリングを行った.今後,ユーザーインターフェースなどの更なる改善の検討を行うこととしている.

    3.「地理院地図」と「ハザードマップポータルサイト」

     「地理院地図」は,国土地理院が整備する地図,空中写真,標高,土地の成り立ちを表した地図,災害情報など,様々な地理空間情報のデータを一元的に表示でき,インターネットに接続されたパソコンやスマートフォンがあれば,いつでも,どこでも,誰でも利用可能なウェブ地図である.また,地図上でクリックした経路の断面図の作成,標高値の区分や色設定を自分で行える「自分で作る色別標高図」の機能,さらに画面を分割して2つの地図や写真を見比べることのできる2画面表示機能など簡易的なGISの機能も有するものである.

     「ハザードマップポータルサイト」は,住民などの防災意識向上を図ることを目的として,国土交通省水管理・国土保全局と国土地理院などが連携し,事前の防災対策や防災教育,災害時の避難など,様々な防災に役立つ情報を提供するサイトである.本サイトには「重ねるハザードマップ」と「わがまちハザードマップ」の2つのコンテンツがある.

     国土地理院では,地理院地図やハザードマップポータルサイトなどを授業で積極的に活用していただくため、教育現場の先生方が集まる研究会での講演や学校への出前講座など,様々な機会を通じて紹介している.

    4.新たな地図記号「自然災害伝承碑」

     日本は,自然的条件によって,昔から数多くの自然災害に見舞われており,先人たちは,その被害と教訓を後世に伝えようと,恒久的な石碑やモニュメントとして遺してきた.しかしながら,これまではこれらの情報は十分に伝承されず,過去からの貴重なメッセージを十分に活かし切れていなかった.

     そこで,国土地理院は,地図・測量分野から地域の防災力向上と自然災害による被害の軽減を目指し,これらの石碑やモニュメントの情報を整備するために2019(令和元)年6月に新たな地図記号「自然災害伝承碑」を公開した.

     自然災害伝承碑の情報は,学校教育現場における学習教材として,小・中学校,高等学校などで活用事例が増え始めているほか,ジオパークや博物館,および地域学習での利用も増えている.

    5.最後に

     国土地理院は,今後も防災・地理教育の関する支援として,教育分野の関係者の方々に対して,地理教育や防災教育に関する資料やコンテンツの活用事例の公開,出前講座の講演などの取組を継続的に行っていく.

  • 山内 洋美
    セッションID: S106
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    高等学校では2022年度から「地理総合」が必履修となり,今年度からは選択科目「地理探究」が始まった。戦後の高校地理において必修科目の上に選択科目が置かれるのは初めてと言える。

    そのようななかで今回の公開講座の対象となったヨーロッパは,「地理総合」においては,おもに国際理解と国際協力を考えるための事例地域として扱われている。一方「地理探究」では地誌的考察を行い,地域像を形成する対象地域として現れる。しかし,どちらの科目でも教科書の多くは,いずれもEUという地域統合の視点からヨーロッパを捉えている。「地理総合」で事例地域を取り上げるときに,ヨーロッパはほぼ外されないだろうから,「地理探究」の地誌的考察においては,ヨーロッパを扱うにあたって繰り返しEUという地域を扱うことになろう。つまり,EU外のヨーロッパ諸国はいつ,またどのように扱うのかということが課題になると考えられる。それはEU外のヨーロッパ諸国の存在がヨーロッパという地域を地誌的に捉え,地域像を形成するときに重要な側面をもつからだが,ブレグジットを騒ぎ憂いながら,今も昔もEU外であるヨーロッパ諸国に着目しないのはなぜか。そのような着眼点から,生徒は,他の社会系必修科目とともに「地理総合」を学ぶのだということを前提に,それらとの関連にも触れつつ,前述の課題について考えていきたい。

    発表者は,昨年度「歴史総合」,今年度「公共」の授業を担当している。生徒のほとんどが1・2年生のうちに必修3科目を履修するとして,ヨーロッパについてどのような地域像が形成されるか。

    例えば「歴史総合」では近現代のヨーロッパの歴史について学ぶ単元が広く存在する。また「公共」では,伝統・文化の単元においてキリスト教の伝播や和辻哲郎の風土論における牧場型としてのヨーロッパ観が,また功利主義や道徳法則に始まるヨーロッパ思想や,フランス人権宣言,イギリスの政治機構や冷戦体制,EUの政治統合などヨーロッパ社会のしくみを学ぶ単元が多数存在する。しかし,「公共」の授業で,「歴史総合」で学んだヨーロッパの歴史を生かすことは非常に難しいと感じる。

    それはひとつに,「歴史総合」ではヨーロッパ思想にかかわる古代から近世を扱わないこと,もうひとつに生徒たちのもつヨーロッパの地域像が曖昧で他地域との混同があることと考える。今春,「地理探究」を選択した生徒に簡単なアンケートを採った(有効回答26名)際に,ランダムに選んだ国々の地域区分を問うたところ,隣接しているが他地域に属するトルコとモロッコに関して,トルコについては半分弱が,モロッコに関しても1/5がヨーロッパ・ロシア地域に属すると回答した。このことから,「地理探究」で特定の地域を扱う際に,地域の範囲をどのような視点で区切るのか,なぜその範囲で区切るのかということを意識させることが重要だと感じた。また,「歴史総合」や「公共」においても,生徒たちの地域像が希薄であるということを前提に内容を取り扱う必要があるということを感じた。その地域像を育てるのは,本来,必修科目の「地理総合」の役目ではないかと思われるのだが,地域像を形成するのに重要な地誌的考察の単元は「地理探究」に譲られている。そこで本発表では,必修3科目の学習内容を踏まえたうえで,複雑で重層的なヨーロッパの地域像,地誌がどのような形で生徒のなかに形成されていくことが望ましいか,「地理探究」に絞って述べる。

  • 櫛引 素夫
    セッションID: 532
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめにーJR津軽線をめぐる経緯

     2022年8月の豪雨で被災したJR津軽線(青森-蟹田-中小国-三厩間・55.8km)は2023年1月、不通となっている蟹田-三厩間の存廃をめぐって、JR東日本盛岡支社と沿線の外ヶ浜町、今別町、青森県との検討が始まった。

     発表者は2019年、北海道新幹線の二次交通機関としての津軽線および沿線の調査に着手し、利用状況や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響、デマンド型乗合タクシー「わんタク」導入、沿線の地域活動、さらには被災後の状況と将来像について報告してきた。

     本報告では、津軽線をめぐる上記4者の検討の経緯と論点を整理するとともに、沿線で進む「津軽線観光案内マップ」制作および「風乃まちプロジェクト」を紹介し、鉄路と沿線の将来像を考察する。

    2.「蟹田以北」の存廃協議

     津軽線は2019年度の平均通過人員(輸送密度)が青森-中小国間720人/日、中小国-三厩間107人/日、全体で452人/日で、同社の全68路線中59位だった。

     同年度、発表者が実施した沿線2町の全世帯調査(回収率:外ヶ浜町12.4%、今別町26.9%)によれば、津軽線を「毎日のように使う」と回答したのは外ヶ浜町6.9%、今別町1.0%、「ほとんど使わない」は外ヶ浜町38.4%、今別町65.6%だった。

     JR東日本盛岡支社は2022年7月、新たな交通体系の試行として「わんタク」などの運行をスタートさせたが、翌8月の豪雨被害により、そのまま「蟹田以北」の代替交通手段の一部となった。不通区間の復旧に4カ月、約6億円が必要とされ、存廃をめぐるJRと2町、県の検討会議が2023年1月から2023年6月までに5回開催された。

     JR側は選択肢として、①同社が費用を全額負担し、鉄路を廃止して路線バスと乗合型タクシーを軸にした交通体系へ転換する、②鉄路存続の場合は「上下分離」方式などにより維持費用を分担し、地元側が約4億円、JR側が約2億円を負担する、という2案を提示し、JR側が費用を全額負担しての鉄路存続は困難との認識を伝えた。さらにその後の検討会議で、バス・タクシー転換が望ましいとの意向を示した。

     しかし、鉄路の存続とより詳細な検討の要望があり、2023年7月17日時点で決着を見ていない。

    3.考察

     国の有識者検討会は2022年7月、輸送密度1,000人未満の地方鉄道について、鉄道事業者または自治体の要請に基づき、国主導の協議会を設置して存廃を判断する仕組みを導入すべきだ―と提言した。津軽線に関する検討会議は、この協議会とは別の枠組みで設定されている。

     外ヶ浜町は町民にとって便利な交通体系を探っている立場である。また、今別町は、津軽線と同時期に被災しながらJRが復旧させた五能線などに言及し、JRによる鉄路の復旧と維持を主張している。

     五能線で被災・復旧した区間の2019年度の輸送密度は、能代-深浦間309人、深浦-五所川原間548人と、津軽線よりは多いものの1,000人には及ばない。五能線の存続はまだ検討段階に至っていないとはいえ、「線引き」の根拠をどう説明するかは一つの論点となろう。

     また、地域公共交通と地域政策をどう関連づけるかも焦点となる。沿線2町は高齢化率が50%超、人口は合わせて7、000人に満たない。鉄路存続の主張に「持続可能な地域づくり」のビジョンをどう織り込ませるかが問われよう。

     「蟹田以北」を含む地方鉄道の存廃論議は、JR東日本が「関東圏と新幹線、駅ナカを中心とする収益で地方鉄道を支える」スキームの限界を示した形である。より大きくみれば、津軽線の問題は「公共交通機関を誰がどう支えるか」、ひいては「財政面で地方を誰がどう支えるか」、「人口減少社会において、独占的な立場にある公的私企業がどのような原則でどう存続すべきか」といった課題をめぐる提起ともなっている。

    4.おわりに-希望としての地域活動

     このように厳しい状況に置かれた津軽線だが、沿線では地域活動も進展している。2020年、COVID-19の給付金を活用し、地域の交流と経済活動の振興を図った匿名の外ヶ浜町民が「風乃まち」プロジェクトを始動させた。地元の賛同と協働が進展した結果、町中心部で廃業が決まりかけたスーパーの事業継承とリニューアルに成功している。

     また、JR東日本盛岡支社と青森大学、外ヶ浜町、今別町の4者は津軽線と沿線の振興を目指して2020年度、「JR津軽線プロジェクト」をスタートさせた。種々の活動を経て2023年7月、青森大学生による「津軽線観光案内マップ」制作が進んでいる。 鉄路の存廃の検討にとどまらず、これらの地域活動と地域交通をどう関連づけ、「持続可能な地域づくり」を論じるかも大きな焦点と言える。

  • 米島 万有子, 渡邊 高志, 駒形 修
    セッションID: P006
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに

     2022年10月の水際対策の緩和以降,訪日観光客数はCOVID-19以前に回復しつつある.国内外の人や物の流れの活発化,気候変動の影響によって新興・再興感染症流行への警戒度が高まっており,蚊媒介性感染症も流行が懸念される疾病の一つに挙げられる.感染症を媒介する蚊と人間との闘いは古来より絶えず続いており, DDTをはじめとする薬剤散布や遺伝子組み換えによる不妊化した蚊の放逐などの蚊の防除が行われている.しかし,これらの防除方法は環境負荷の大きさに対する不安や永続的な防除方法としての不十分さが指摘されている.他方,ネコがマタタビを体にこすりつけるのは,葉に含まれるネペタラクトールを蚊よけのために身につける行動だと報じられており(Uenoyama et al.2021),自生する土着の植物の中には,蚊の忌避作用を有しているものがある.これまで蚊の生息分布については緑被率との関係性が明らかにされており,蚊の生態上においても植生は重要な役割を担っていることが論じられている.しかしながらどのような植物や植生が蚊にとって嗜好性が高いのか,あるいは忌避性が高いのかを詳細に調べた研究は管見した限り見当たらない.

     本研究では蚊の生息に重要な役割をもつ“植生”に着目して,蚊の発生や吸血飛来を助長ないし抑制できる有用な在来種の植物や植生を抽出し,それらを活用したゾーニングによる蚊の防除の可能性を検討している.本発表では熊本市水前寺江津湖公園の出水地区を対象に,デング熱を媒介するヒトスジシマカの生息環境を明らかにし,ヒトスジシマカの生息環境からリスク評価を試みたい.

    2.対象地域と研究方法

     水前寺江津湖公園は熊本市街地に位置し,周囲6㎞の江津湖周辺に立地している.この公園は,貴重な野鳥や水生生物,植物を見られる自然豊かな場所であり,ジョギングやウォーキング,野鳥の撮影,水遊びの場など多様な目的での利用者が多く見られ,市民の憩いの場や子どもたちの自然学習の場として活用されている.本研究は,水前寺江津湖公園のうち出水地区を対象とした.

     蚊の捕集調査は,出水地区内に8か所の定点を設け,世界スタンダードの方法であるCDCミニチュアライトトラップにドライアイス1㎏を併設させた方法と,8分間採集法(スウィーピング)を用い,2022年10月8日~26日に計12回(8分間採集法は9回)実施した.環境調査では,蚊の調査期間には気温,湿度,照度,土壌水分,定点周囲の状況について記録し,2022年10月13,14日にUAV/Droneによる航空撮影を行い水前寺江津湖公園の出水地区の植生状況を把握した.また10月から12月にかけて実地調査によって水前寺江津湖公園(出水地区)に生育する植物を詳細に把握し,マッピング作業を行った.現地調査の結果をもとに,蚊の捕集個体数と定点周辺の環境や植物の分布・植生構造について分析した.

    3.結果と考察

     秋の短期間での調査ではあったものの,蚊の捕集調査ではCDCトラップと8分間採集法の両者とも,定点間においてヒトスジシマカの捕集個体数に差異があった.ヒトスジシマカの捕集個体数を規定する環境条件として,周囲の植生,水域との近接性,湿度,日当たりを説明変数に統計解析を行った.その結果,1%有意水準で特定の植物の有無,水域との近接性,湿度によって説明できることがわかった.また,ヒトスジシマカの捕集個体数が多い場所の植生構造に着目すると,草木層には常緑多年草,低木層~高木層には落葉広葉樹/夏緑樹,照葉樹が分布している傾向がみられる.津田(2013:139-145)では,常緑広葉樹林の林冠で覆われる林床に多年草が生育する環境で,秋期に日本脳炎媒介蚊のコガタアカイエカの集団飛来が確認されており,ヒトスジシマカも同環境で捕集されたことが報告されている.既往の知見とも照らし合わせると,常緑広葉樹林の林冠で覆われる林床に多年草が生育する環境は蚊にとって好適な生息環境だと考えられる.すなわち公園内のこうした環境下では,蚊の生息密度が高く,人と蚊との接触機会リスクが高い場所となりうる.水前寺江津湖公園出水地区の植物調査では100種類以上の植物の分布を把握し,その中から蚊の誘引効果が予想される植物や蚊の忌避効果が期待できる植物を抽出した.これらの植物が生育する植生構造と蚊の生息密度との関係性の分析を今後さらに深めていく予定である.

  • 金 曙姸, 佐藤 裕哉, 冨田 哲治
    セッションID: P027
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.緒言

     本研究の目的は,病児保育施設へのアクセシビリティ解析を事例に,公的統計とオープンデータを活用したネットワーク分析の有用性と課題について検討することである.既存研究においてオープンデータを活用したネットワーク分析として,増山(2017,2021)がある.増山(2017)では,大規模データ処理を伴う広域分析の難しさを指摘している.そこで,冨田・佐藤(2022)はOSRM(Open Source Routing Machine)を利用した大規模データ処理が可能な分析法を提案した.増山(2021)は,冨田・佐藤(2022)が行ったようなOSRMの活用可能性について言及した.また,病児保育施設へのアクセシビリティを評価した先行研究では,Ehara(2017)や池内・冨田(2021)などがある.Ehara(2017)は,直線距離で評価したため,実際の移動経路と乖離がある.池内・冨田(2021)は道路距離で評価したが,町丁・字の領域が広いと誤差が大きくなることが課題である.そのため,建物レベルでの分析が求められる.そこで本研究では,建物レベルでの病児保育施設へのアクセシビリティ解析を行い,後述する大量のデータ処理と広域分析も可能な池内・冨田(2021)の手法を用いて町丁・字レベル,建物レベルで定量的に評価した結果と,分析結果から明らかになった課題について概説し,これらの課題の解決策を提案する.

    2.資料と方法

     本研究では,池内・冨田(2021)で用いた病児保育施設(ポイント)と居住区(ポイント),道路網(ライン)に加えて,建築物の外周線(ポリゴン)を利用した.病児保育施設は,全国病児保育協議会ウェブサイトより取得した住所をジオコーディングし位置座標データを取得した.居住区はe-Statより取得した2020年国勢調査小地域(町丁・字等)のポリゴンの重心を位置座標のポイントデータとした.道路網はOpenStreetMapからRoadタグのあるラインデータを抽出して利用した.また,建築物の外周線は,国土地理院が提供する基盤地図情報データを利用した.本研究では,池内・冨田(2021)と同様にOSRMを用いた経路探索システムを構築し, 建築物の重心座標を始点として病児保育施設までのアクセシビリティ解析を行う.

    3.結果と考察

     本研究と先行研究で得られた移動経路の道路距離の差が,どのような場合に大きく(または,小さく)なるかについて検証を行った.まず,先行研究における居住区の境界領域の重心座標からの道路距離(以下,境界距離),本研究における道路距離との差(以下,距離差)の分布について検証を行った.その結果,境界距離が小さい場合は距離差も小さく,境界距離が大きくなるにつれて距離差も増加し,その後一定の範囲内で分布することがわかった.建物レベルの分析により,町丁・字の領域が広い地域でも誤差を軽減することができた.ただし,他と傾向が大きく異なり,比較的小さい境界距離に対して大きな距離差を示す事例が確認された.これらの事例について移動経路を可視化し確認したところ,事例①「境界重心を始点にするとマツダ工場内の私道が最寄り道路になった事例」,事例②「境界をまたぐ建物で,重心が隣接領域に属すると,建物重心と境界領域の距離差が大きくなる事例」,事例③「境界重心が海上になり最寄り道路が反対方向へ向かうバイパスであったことから建物重心と境界領域の距離差が負値で大きくなった事例」の3パターンが認められた.いずれも境界重心を始点にしたことに起因する事例であり,本研究で採用した建物重心の利用により解決できることが確認された. 本研究の方法は,大量なデータ処理が求められる全国レベルの大規模データの分析も可能であり,かつ,より精度の高いネットワーク分析ができることが確認された.また,オープンデータを活用したことで,低コストで分析が実行できることも有用である.

  • 吉田 剛
    セッションID: 119
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに

    次期教育振興基本計画(答申)(文部科学省, 2023)は,「2040年以降の社会を見据えた持続可能な社会の創り手」「日本社会に根ざしたウェルビーイングの向上」(獲得的協調的要素)を総括的な基本方針とした。学校地理教育の指針にも繋がり,そのあり方や原理が課題となる。本研究は,教科枠組みでの議論は先に送り,吉田(2016, 2023)などの関係する成果を総合的に再検討し,地理教育カリキュラムにおける持続可能性とウェルビーイングの理論化を試みる。

    2.主な成果

    本研究では,地理教育国際憲章などの地理的概念の分析から導き出した,環境保全,相互作用による社会変化,地域格差の是正,国際協力,人権や様々な地域的アイデンティティの尊重などに向き合う資質の意味から構成した持続可能性(地理的な環境や地域の持続可能な社会形成のために関わるものごとすべて)について,他の様々な地理的概念と切り離せない上位に関係付けられる地理的概念として位置付ける。構成要素は,「自然的・人文的環境」「様々な地域における共存共生」「様々な地域における人権や社会集団の主権やアイデンティティの尊重」とし,持続可能な社会形成に関わるものごととする。また持続可能性を,ESDの包括的な特徴に直結させ,地理教育カリキュラム上の地理的価値態度に繋がる【価値】の構成領域に重きを置く地理的概念として,【内容】【方法】の構成領域に含まれる価値に関する理解と活用,評価,判断,意思決定,構想,行動などにおいて扱われるものとする。そして持続可能性(下線)も含めた地理的概念の規準を「子どもは,地表面の位置関係や場所・地域の特徴,自然と社会の関わりなどによって,地域的特徴を生み出されていることについて理解し,地域的課題について解決し改善しようとすることができる」とする。

    他方で次期教育振興基本計画,OECD『Education2030』,白井(2020)をもとにウェルビーイングの十項目内容より,本研究でのウェルビーイングの規準を「環境の質,コミュニティ,生活の安全,主観的幸福,市民参加などの個人のウェルビーイングの実現に向けて,社会の動きの理解を深め,他者との協調とともに自らが求めて獲得し,社会にも貢献しようとする。さらに再び個人のウェルビーイングを充実させようとするもの」とする。

    以上をもとに本研究は,持続可能性の三構成要素からの学びの深まりと,個人のウェルビーイング充実の深まりを検討しながら,総合的に理論化を図った(第1図)。その原理は,次の三つからなる。

    〇個人のウェルビーイングの実現は,獲得的協調的要素を持ち,十項目からなる物質条件から生活の質へと繋がる。このことは,「環境」「地域や社会構造(主に外との関係)」「主権や人権(主に内なる意思)」の観点から,地理教育カリキュラムにおける持続可能性の三構成要素からの理解と活用の深まり,つまり地理的価値態度のための中核的な資質・能力となる持続可能性の理解と活用の深まりに応じる。

    〇個人のウェルビーイングの深まりは持続可能性の理解と活用の深まりを伴いながら,社会のウェルビーイング資本に繋がり,そして再び個人のウェルビーイングに反映・還元されるエコシステムの中に個人がいるものとみる。社会のウェルビーイング資本は,広く地理学習の対象ともなり,個人のウェルビーイングおよび持続可能性を考えるための指標としても扱われる。

    〇ウェルビーイングはSDGsにも寄与し,ESDの包括的な理念に繋がる持続可能性をもとにしたエコシステムの中の個人と社会との関係において,民主主義の進展,国民統合性の向上などに貢献し,Society5.0時代の新たなメディアリテラシーやデジタル・シティズンシップ,AIなどのテクノロジー・スキルにも依拠しながら,近い未来の社会的市民性の育成に関係付けられる。よって近未来社会的市民性の育成に向けた地理教育カリキュラムでは,民主主義の進展などに貢献する社会形成者を育成するために,地理的事象(現象)や地理的意味・意義および様々な地理的概念の理解と活用にもとづく地理的認識とともに,ウェルビーイングの実現を求め,地理的価値態度に繋がる持続可能性に関する理解と活用の深まりを求めることになる。

    文献

    白井俊(2020):『OECD Education2030 プロジェクトが描く教育の未来』ミネルバ書房.

    文部科学省(2023):次期教育振興基本計画の策定について(答申).

    吉田剛(2016):諸外国地理カリキュラムにみる「持続性」に関する地理的概念. 新地理, 第64巻3号, pp.82-92.

    吉田剛(2023):近未来社会型の幼小中高一貫地理教育カリキュラムのフレームワーク. 宮城教育大学紀要, 第57巻, pp.137-157.

  • 小野 映介, 小岩 直人, 柴 正敏, 髙橋 未央
    セッションID: P012
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.研究目的

     東日本の日本海側に広がる津軽平野の完新世における地形発達については,氷河性海面変動との関連性を軸に,幾つかの研究によって明らかにされてきた.一方,津軽平野を構成する沖積層には,岩木川水系によって上流域からもたらされた火山噴出物が混在することが指摘されており,それらによって生じた堆積環境の変化が完新世のダイナミックな地形発達に影響を与えた可能性がある.

     本研究では,津軽平野中部で実施した地質ボーリングによって得られたコア試料(DSコア)を対象として各種分析を行い,DSコアに含まれる火山灰噴出物の混入状況の垂直的・時代的変化を明らかにするとともに,それが津軽平野の地形発達にどのような影響を及ぼしたのかを考察する.

    2.調査方法

     地質ボーリングは,津軽平野中部(青森県北津軽郡鶴田町大性),岩木川右岸の自然堤防(蛇行帯)において実施した.当地は沖積上位面に位置し,地表面の標高は13.6m,緯度と経度はそれぞれ,北緯40度43分26.5秒,東経140度25分23.8秒である.ボーリングの掘削長は14.9mである.得られたDSコアについては,層相・層序の記載を行った後,有機物試料を採取して,そのうちの8点について加速器質量分析(AMS)法による測定を実施し,放射性炭素年代値を得た.加えて,5つの層準(下位から順に,標高0.0~0.1m,標高4.8~4.9m,標高7.5~7.6m,標高10.3~10.4 m,標高11.0~11.1m)より堆積物試料を採取し,粒度組成・全鉱物組成・火山ガラスの形状・火山ガラス屈折率の分析を行った.そのうちの125-250μmの粒子については,波長分散型X線マイクロアナライザー(WDS)により,火山ガラス粒子の化学組成の分析を行った.

    3.結果および考察

     DSコアは標高7.5 mを境に下部と上部で構成堆積物が概して異なり,下部は砂が卓越するのに対し,上部はおもに泥から成る.コア下部について詳しく観察すると,標高-1.1~-0.8mおよび標高3.5~3.8mに炭化物や木片を含む泥層が認められる.その2枚の泥層の間には細粒砂と中粒砂の互層が認められる.また,標高1.5mに軽石や木片を含む極粗粒砂が狭在する.一方,標高7.5mよりも上部では泥層が主であるが,層厚0.1~0.2mの極細粒砂層や細粒砂層も認められる.標高8.8~9.9mと標高11.3~13.3mでは泥層が卓越し,前者には未分解の有機物,炭化物,植物遺体が多く含まれる.標高7.5 m以下からは4点の炭化物もしくは木片が採取され,下位から順に8,000~7,920cal BP(標高-1.0m),8,170~8,020cal BP(標高1.5m),6,660~6,500cal BP(標高3.8m),6,570~6,410cal BP(標高6.5m)の値が得られた.一方,標高7.5 m以上からは4点の木片が採取され,2,040~1,950cal BP(標高8.9m),2,010~1,990cal BP(標高9.3 m),2,040~1,960cal BP(標高9.6m),1,930~1,820cal BP(標高10.2m)の値が得られた.

     DSコアから採取した各試料中に含まれる火山ガラスの割合はいずれも15%以下であり,火山ガラスの屈折率のレンジはn=1.497~1.515で,n=1.500~1.510に分布が集中する.この結果と火山ガラスの化学組成からは,完新世を通じて,常に複数起源の火山噴出物が包含される堆積物の供給される状況にあったことが分かった.その火山噴出物とは,鮮新世から前期更新世にかけて形成された湯ノ沢カルデラ起源の尾開山凝灰岩や,更新世後期以降の十和田火山の噴火によって生じたもの(To-Of,To-H,To-Cu,To-a)であり,岩木川水系によって上流部からもたらされた.DSコアの分析結果は,後背地からの火山噴出物の流入の時期や量が津軽平野の地形発達のあり方に影響している可能性を示唆する.とりわけ,津軽平野の地形を特徴づける完新世段丘や氾濫原の蛇行帯の形成にあたっては,上記の可能性を視野に解明されるべきだと考える.

  • 中国雲南省鶴慶県における「退林還耕」を例にして
    雨森 直也
    セッションID: 318
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1. はじめに

    中国では毛沢東時代から穀物の生産量を増やすために、多くの森林を開拓し、田畑に変えてきた。しかし、1990年代後半、各地で水害が頻発し、深刻化したため、中国政府は1998年以降、田畑を森林に戻すことや、水涵養力の高い作物への転換を推進してきた(「退耕還林」政策)。 その一方で、中国政府が重要な農作物と指定している4種(米・小麦・トウモロコシ・大豆)の自給率は2010年前後から相次いで100%を割り込み、近年では輸入が大きく拡大している。大豆については、それ以前からほとんど輸入に頼ってきたが、近年の問題はその他3種についても自給率が下がりつづけ、輸入を拡大せざるをえない状況になっていることである。その背景には、都市化により耕作面積が不断に減少しつづけていること、穀物価格が低いことによる農民の耕作放棄・より収入の高い作物への転換がある。 そうした現状において、中国政府は近年、18億畝(1畝≒6.67a)を最低限度ラインとして農地の確保に努めてきた。しかし、天候による多少の収穫変動はあるものの、食糧生産は徐々に減少しており、中国政府は今年から、「退林還耕」と言われる政策を始めた。 そこで本研究は、事例となる村で行われようとしている「退林還耕」の実際の計画から、村住民の意見を紹介しつつ、中国の農業政策に透けて見える意図とその問題点について検討を加える。

    2. 地域概観

    事例となる村は雲南省鶴慶県にある村落であり、450世帯余りで、2000人余りが住んでいる。同村では、川岸に水田が多く広がるほか、山麓を中心に桑畑が多く、養蚕が盛んである。また、トウモロコシや水田の裏作には、ニンニクやソラマメがよく植えられている。1人当たりの耕作面積はおよそ1.2畝であるが、各世帯によって1人当たりの耕作面積は偏在している。

    3. 示された「退林還耕」と村住民の受け止め方

    村住民によると、同村で示された「退林還耕」の内容は、同村の200畝あまりの桑畑をトウモロコシ畑または水田に替えるというものである。その場所を指定したのは地元政府であり、なだらかな段々畑で、揚水ポンプの導水管がすぐ脇に配置されているところである。その金銭的な補償は、転換1年目に6000元/畝の転作費および、転作1年目から5年目までは収入補填として4500元/畝を支払うというものであった。その影響は世帯によって大きく差があり、まったく影響のない世帯から、世帯が「所有」する田畑の3分の1程度も影響を受ける世帯まで様々である。 村住民はこれに対して、将来的な収入減に危惧を持っていた。この背景には近年、穀物から他の作物への転作が厳しくなっていること、および6年目以降の収入が減ることに対するものであった。また、政府の説明では誰かに耕作を委ねることを勧めていたが、これも住民にとって単に農業収入の減少を受け入れるだけにすぎず、否定的な意見が多かった。 養蚕による収入は2022年、桑畑1畝あたり経費を差し引いて、年4000元ほどであった。他方、政府が増産をはかろうとするトウモロコシや米は経費を差し引き、補助金を含んでも、それぞれおよそ1000元/畝(近年、近くの牧場がトウモロコシの葉や茎を買い取ってくれるため、それを上乗せしている。)、300元/畝にすぎず、穀物を栽培しても利益が少ない。また、養蚕自体を行わず、桑の葉だけを売っても、年間数百元/畝の利益を確保できる。 村では養蚕を手広く行う世帯から、桑の葉を売るだけで収入を農外就業にほぼ頼っている世帯まで幅広く存在し、それぞれの世帯で農業が占めるウエイトは大きく異なる。しかし、多くの村住民はあまり遠くに行かない農外就業に従事する傾向が強く、農外就業をしながら、農業も捨てない戦略にある。そのため、村住民は遠い将来まで視野に入れたものの見方をしており、5年にすぎない補償金とそれがなくなってからの再転作の可能性が不透明な現状に不安を覚えていた。

    4. おわりに

    筆者が雲南の村落でフィールドワークを始めてから今日まで、政府の強い統制下にある穀物価格は他の物価上昇に比べて、物価の上昇に乏しく、農業収入は相対的に減っている。そのなかで商品作物の栽培は農業収入の増加が見込めるものであった。中国政府は農業の増産と現代化には力を入れているが、「退林還耕」政策を見ても、穀物価格の抜本的な引き上げには消極的である。「退林還耕」により、一部の農地に時限的な補填をするよりも、穀物価格を抜本的に引き上げる時期に来ているといえるだろう。

  • 高井 静霞, 三箇 智二, 島田 太郎, 武田 聖司
    セッションID: 210
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに

     放射性廃棄物処分の安全評価では、将来長期の地形変化の予測が不可欠である。侵食量の大きい河川侵食をモデル化する方法の一つに、河床縦断形に対する地形解析がある。これは、岩盤河川に対する侵食モデル(ストリームパワーモデル)と河川形状を比較することで、モデルの成立範囲や平衡状態(隆起速度≒侵食速度)からのずれ、地殻変動・地質等の情報を推定するものである。さらにこれらの条件が一定なら、流域毎の長期的な平均侵食速度(宇宙線生成核種(TCN)を用いた測定)との比較により、モデルのパラメータも推定できることが示されている(Lague et al., 2014)。しかし、TCN法の適用は石英を多く含む地質に限られ、国内で一般的に見られる堆積岩地域に本手法を適用するためには、検証が必要であった。 本研究では、海成段丘(MIS5e, 7, 9)が広く分布し侵食速度の推定が可能な、上北地域(堆積岩地域)を対象に河床縦断形解析を行い、河川侵食モデルの推定可能性を検討した。

    2.研究方法・対象地域

     河川は一般に、崩積・岩盤・沖積域と複数の区間で構成され、概略的には河床勾配(S)と流域面積(A)の関係(SAプロット)で特徴付けられる(図1; Wang et al., 2017)。岩盤河川の区間では、侵食速度(E)はE(x) = KAmSnで表され(x:流下長、θ = m/n:凹型度)、log(S)とlog(A)は比例する。係数Kは地殻変動・地質・気候の影響を含むが、これらが一定であれば、河川の急峻さksn = SAθref (E/K)1/nθrefθの地域平均値)を侵食速度Eと比較することで、パラメータnを推定できる。

     そこで、隆起速度(~0.3 mm/y)・地質(更新世中期~前期堆積岩)が比較的一様な、上北地域(約25×40 km2)を対象に解析を実施した。解析には国土地理院の数値標高モデル(5m・10mメッシュ)を用い、空間分解能の影響を整理した。侵食速度Eは、(海成段丘の復元面(接峰面)-河床高)÷段丘面形成年代として、近似的に評価した。

    3.結果と考察

     流域解析で抽出した50流路のうち、戸鎖川(形成時期:MIS9)のSAプロットを図2に示す。上流側(A~104~106.5 m2以上)では線形の関係が見られ、ストリームパワーモデルの成立性が示唆される。区間内には直線性から外れる点(遷急点)が認められるが、10mDEMで見られるばらつきが5mDEMでは解消されたことから、遷急点の特定にはより精度の高い5mDEMが適切と考えられる。ただし、河川全体の傾向(θおよびksn(区間内平均値))には、DEM精度による顕著な違いは見られなかった。各河川のθはばらつくが、形成年代が古いほどθref = 0.45(平衡河川に対する代表値; Kirby and Whipple, 2012)に近づく傾向が見られ、非平衡状態である対象地域も徐々に従順化が進んでいると推測された。さらに、岩盤河川区間内の侵食速度Eksnの平均値は、高い相関(n = 1.3)を示した(図3)。これは、TCN法に基づく侵食速度を用いた先行研究の推定幅(n 1~2; Lague et al., 2014)に収まっている。以上より、堆積岩地域でも段丘面を活用することで、河床縦断形解析によって河川侵食モデルの成立性の確認やパラメータ値の推定が可能なことが示唆された。

    謝辞:研究を進める上で、東京大学の須貝俊彦教授に多々有益なご意見を頂いた。本研究は原子力規制庁「令和4年度廃棄物埋設における環境条件の評価に関する研究事業」の成果の一部を含む。

    参考文献:Lague et al. 2014, ESPL, 39, 38–61.; Wang et al. 2017, Earth Surf. Dynam., 5, 145–160; Kirby and Whipple 2012, J. Struct. Geol., 44, 54–75.

  • 東城 文柄
    セッションID: 536
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    2020年1月以降、未曽有のパンデミックとなった新型コロナウィルス(COVID-19)によって、特に2020年から2年以上の間、世界中で都市封鎖等の社会活動および人流の大規模な制約が実施され、世界各地で甚大な社会経的変化が生じた。2023年5月にWHOにより「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の終了が宣言されたものの、COVID-19パンデミックによりもたらされた社会経済的影響の大小とそこからの回復速度には、地理的な差異が少なからずあると推測される。例えば遠隔地や地方都市、都市外縁部など、従来から社会経済的脆弱性の高い地域ほど、パンデミックの負の影響を大きく受けてそこからの回復も低調になっている可能性がある。本研究では、この社会経済的影響の地理的差異を定量的かつ空間的に詳細に分析するために、S-NPP衛星のVIIRSセンサで観測されているVNP46A2日別月光補正済み夜間光(Daily Moonlight-adjusted Nighttime Lights)データを用いた。近年夜間光は、全球のエネルギー消費、交通、社会的交流、重要なインフラの機能、災害の影響、国・地域の経済活動状況などのモニタリングを迅速に行うという観点から注目されている。

    本研究では2019001 – 2022365(4年間)の期間で、日本及び南アジア地域(6シーン)の計8,368枚の夜間光画像のDLをhttps://ladsweb.modaps.eosdis.nasa.gov/(LAADS DAAC)から実施した。そのうえで、年単位の夜間光中央値画像をシーンごとに生成し、夜間光の空間変動をパンデミック前(2019)、パンデミック中(2020-21)、パンデミック回復期(2022)の3時期で比較可能とした。分析における前処理から画像に含まれる欠損値(処理漏れの雲ノイズや高緯度帯の周期的欠損等)を加味した中央値の算出に至るまでのデータ処理全般は、統計プログラミング言語Rを用いて行った。

    結果図1に見られるように、パンデミック回復期(2022年)に入っても日本の首都圏の主要な繁華街(31地点)の社会経済的回復が鈍かった可能性が示唆された。このように夜間光を用いた分析を行うことで、最新の統計や地域状況の入手が難しい途上国・遠隔地域(例.南アジア)に関しても、また日本のような経済的な発展段階が進んだ国・地域に対しても、社会経済的の地域差を空間的に高解像度にモニタリング出来る可能性があることが提示された。

  • 沖永良部「ゆりの島」の選択
    両角 政彦
    セッションID: P036
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    国際貿易の促進に起因する問題の一つが,農産物の輸出入の規制緩和による国内に及ぼす影響である。1980年代以降の日本における農産物貿易では,関税の引き下げや撤廃等によって輸入が増加し,国内の産地や農業は大きな影響を受けてきた。そこでは食料自給率の低下や農産物の価格競争などが注目されてきたが,長期的には知的財産や知的資産の側面にも注目する必要がある。各産地に問題が発生するプロセスと産地間で連鎖するメカニズム,波及的な影響の可能性をとらえることが求められる。

    産地の中には輸出産業の一翼を担っていた農業から,規制緩和を契機に国内市場向けへ集中し,その後に品目や作物を転換した産地が存在する。本研究では,産地組織と農業経営体の生産流通過程に対し,生産財(種苗・球根類)の輸入規制緩和がどのように影響を及ぼしてきたのかについて,規制緩和前後の市場,産地,経営の構造変化に着目して明らかにした。

    ユリ産業を事例として,球根を生産財,切花を消費財と位置づけて,各々の生産流通に関する統計資料をもとに,新品種開発,輸出入動向,産地変動,流通変化を分析した。調査地に奄美群島の沖永良部島(鹿児島県和泊町・知名町)を選定した。

    グローバル化の一環である輸入規制緩和の影響は,市場,産地,経営の各側面で地域差をともないながら構造的に変遷し,知的資産(品種開発,栽培知識,栽培技術)の存続にも及んでいる。それは,生産財(ユリ球根)産地と消費財(ユリ切花)産地の成立条件によって時間的・空間的に異なる。その中でも自然環境と伝統文化を基盤に長期にわたって成立してきた生産財産地ほど社会的損失も大きくなる可能性がある。規制緩和によって農産物輸入を促進する際には,国内産地の成立条件を踏まえた政策展開が求められる。とくに生産財産地と品種開発産地に対しては,知的資産を保護する支援策も同時におこなう必要性があることが示唆された。

  • ―人吉球磨地域とアニメ「夏目友人帳」を事例に―
    黒田 凌雅
    セッションID: 231
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに

     アニメ聖地巡礼では,アニメ聖地巡礼観光客がアニメの舞台となった地において知り合った同じ作品を愛する仲間や地域の人とのコミュニケーションを通し,作品および地域に強い愛着を覚えることでその地へのリピート訪問行動を引き起こしていると指摘されている(岩崎ほか 2018ab).そこで本研究では,アニメ「夏目友人帳」のモデル地である熊本県の人吉球磨地域を対象として,地域への愛着を醸成するアニメ聖地巡礼観光客同士,地域住民とアニメ聖地巡礼観光客との交流の実態を明らかにする.また,地域への愛着によってリピーターとなったアニメ聖地巡礼観光客による関係人口創出の可能性について考察する.

    2.アニメ「聖地」における交流の実態

     本研究で対象としたアニメ「夏目友人帳」は,人間と妖との心温まる交流を描く作品であり,2008~2017 年の間に第6期まで放映された.対象とした人吉球磨地域では,アニメ「夏目友人帳」に関連した様々なイベントが行われており,聖地巡礼観光客が継続的に訪れている. 本研究ではまず,人吉球磨地域におけるアニメ「夏目友人帳」の「聖地」と,「らき☆すた」(現在の埼玉県久喜市)と「ガールズ&パンツァー」(茨城県大洗町)の「聖地」について比較検討した.その結果,人吉球磨地域のアニメ「聖地」は,人吉市の中心部に集積しているものの,「らき☆すた」や「ガールズ&パンツァー」のモデル地と比べて地域の中心部にある「聖地」の散らばりが大きく,「聖地」がより集積している中心部においてその散らばりが大きいということが明らかになった. 人吉中心部に分布する「聖地」では,交流の度合いによって①一般の聖地,②主要な聖地,③交流の拠点の3つの「聖地」に分類できる.①一般の聖地には日常的な風景としての側面を持つ「聖地」などがあるが,交流はほとんど行われていない.②主要な聖地は,アニメグッズや「聖地巡礼ノート」が設置されており,ノートへの記述などを通してアニメファンの交流が行われている場所であり,人吉市中心部には5ヵ所確認された.③交流の拠点は,アニメ聖地巡礼観光客が集まる飲食店が該当する.店内にはアニメグッズの集積などがみられ,作品にまつわる独特の空間が形成されている.ここでは,アニメ聖地巡礼観光客同士やアニメ聖地巡礼観光客と店主との直接的な交流が行われている. アンケート調査においては,「主要な聖地」や「交流の拠点」を訪れるアニメ聖地巡礼観光客が多いことや,彼らの訪問での移動手段のほとんどが車であると明らかになった.「主要な聖地」は,アニメ内に何度も登場し,「聖地」が集中する市中心部に位置するために訪問数が多いと考えられ,「主要な聖地」となったととらえられる.一方で「交流の拠点」については,アニメに直接に登場したわけではないものの,店主が作者と親戚関係にあり,アニメに対する理解がはじめからあったことに加え,訪問しやすい市中心部に位置しているため,アニメ聖地巡礼観光客にとっての「聖地」となっている. 以上のことから,アニメ「聖地」においては交流の度合いによって階層空間が形成されていると考察される.しかしながら,人吉球磨地域においては,他のアニメモデル地と比較して中心部における「聖地」の散らばりが大きく,公共交通の利便性が低いことから,車での移動が主となるため「交流の拠点」が広まりにくいと考えられる.

    3.関係人口創出の可能性

     人吉球磨地域を何度も訪れる聖地巡礼観光客に対して行った聞き取りによると,彼らはSNSでの繋がりのみならず,人吉を訪れた際に必ず「交流の拠点」を訪れ,店主との交流や聖地巡礼観光客同士のコミュニケーションを楽しんでいることが明らかになった.したがって,岩崎ほか(2018ab)の先行研究で地域への愛着につながるとされていた交流は,具体的には「交流の拠点」にて行われていると考えられる.また,リピーターの中には人吉球磨地域における観光の取り組みの一環としてアニメ「聖地」を記載したマップの制作に携わる一例もみられ,「交流の拠点」での交流が生み出した地域への愛着が,地域とより密接にかかわるアニメ聖地巡礼観光客を生み出すという一連の流れがあると考えられる.これらは,「関係人口」の一例であるといえるだろう.

    文献

    岩崎達也・大方優子・津村将章 2018a. アニメ聖地巡礼におけるリピート行動分析―「夏目友人帳」熊本県人吉市における巡礼行動を事例としてー. コンテンツツーリズム学会論文集5: 12-24. 岩崎達也・津村将章 2018b. 高関与旅行者の行動分析:「夏目友人帳」における聖地巡礼行動を事例として. 産業経営研究所報50: 63-81.

  • 穂積 謙吾
    セッションID: 338
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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     近年の日本の海面魚類養殖業では,餌料価格の高騰にともない損益分岐点が上昇している.そのため経営体は,経営の維持に際して生産量の増加ないし単価の上昇を求められている.  漁業地理学や漁業経済学では,特定の地域における養殖業を対象として,生産量の増加もしくは単価の上昇を目指した個別経営体による取組みが検討されてきた(たとえば穂積 2021).一連の研究により,経営体が特定地域の養殖業を取り巻く社会経済的な状況に対応しながら生産活動と出荷活動を実施し,経営を維持していることが明らかにされた.しかし,自然環境をめぐる状況への対応については十分に検討されていない.養殖経営は自然環境に大きく左右されることから,経営体が自然環境をめぐる状況にどのように対応しながら経営を維持しているのかを明らかにする必要があるだろう.

     そこで本研究では,大分県佐伯市入津湾沿岸地域を事例に,経営体が赤潮にどのように対応しながら経営を維持しているのかを,生産活動と出荷活動に注目して明らかにすることを目的とする.同地域の赤潮を取り上げる理由は,赤潮は養殖経営に影響を及ぼす重大な自然現象であることと(福代 2012),同地域では赤潮が頻繁に発生することである.  本研究の遂行に求められる主要なデータは,行政機関や漁協,経営体へのアンケートないし聞取り調査により入手した.一連の調査は2022年11月~2023年2月に実施しており,あわせて2023年8月に追加調査を実施する予定である.

     入津湾は大分県の南東部に位置している.1980年代から魚類養殖が展開していることと潮通しが悪いことから,海域の汚染が著しい. 主な養殖種類は,ブリ類の海上養殖と,ヒラメおよびトラフグの陸上養殖である.海上養殖においては,春先から秋口にかけては内湾の生簀で種苗を放養し,10~11月頃に沖合の生簀へと移動させている.また陸上養殖においては,海面から陸上の生簀へと取水し,水の使用後には陸上から海面へと排出している.

     入津湾において,2010年代以降は年間の赤潮発生件数が5件前後と,それ以前に比べ高水準で推移している.魚類養殖業への被害は2~3年周期で発生している.赤潮の発生と魚類養殖業への被害は,6~9月に集中している.

     入津湾沿岸地域では,行政機関や研究機関,漁協,経営体が一体となって,赤潮の早期発見と早期対応に取り組んでいる.早期発見に際しては行政機関や研究機関が定期的な水質調査に,早期対応に際しては行政機関が補助事業に,それぞれ注力している.

     経営体は,赤潮が発生した際と赤潮の被害を受けた際のいずれにおいても,主に生産活動により対応していた.赤潮の発生時には,次の2つの対応がみられた.第1に,海上養殖における生簀の避難もしくは陸上養殖における取水の停止を通じた,魚による赤潮プランクトンへの曝露の回避である.ただし,生簀の避難をあまり実施しない経営体も確認された.第2に,魚への給餌の停止を通じた,魚における酸素要求量の抑制である.海上養殖の場合は内湾の稚魚への給餌を継続的に停止し,沖合の魚にはほとんど給餌を停止しない.陸上養殖の場合は夕方から明け方にかけて給餌を停止するが,午前中には給餌を再開する.

     これら2つの対応により,魚の成長は一時的に停滞する.そのため,海上養殖においては赤潮の消滅後に給餌量の増加や栄養剤の投与を通じて,陸上養殖においては朝方の給餌と取水停止中の酸素吸入を通じて,魚の成長の回復に取り組んでいた. 赤潮の被害を受けた際は,新たな種苗の搬入と生存した魚の成長の促進に取り組んでいた.種苗については,斃死した尾数の60~100%に当たる尾数を搬入していた.また魚の成長の促進に際しては,給餌量を増加させたり栄養剤を投与したりしていた.

     報告当日は,経営体による一連の対応の成果について平時の経営戦略を踏まえた上で考察し,経営体が赤潮に対応しながらどのように経営を維持しているのかを明らかにする予定である.

  • ―中国語による情報発信―
    楊 楠
    セッションID: 234
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    Ⅰ 研究背景と目的

    2000年代初頭からのSNSの普及により、自治体の観光施策におけるSNSでの情報発信の重要性が高まっている。とりわけ、個人旅行で訪日する外国人観光客は、旅行前に SNS を通じて観光情報を入手し、収集した観光情報に基づき旅行計画を立てる傾向にあることが指摘されている。中でも、訪日中国人観光客は、国外サイトへのアクセスのしづらさや、中国語情報への指向性から、公的な主体による中国語SNSでの情報発信を窓口として活用することが多い。 本研究では、中国における同種のSNSにおけるシェアと、日本の多くの都道府県がアカウントを作成し情報発信に活用している点から、中国語SNSである微博(ウェイボー)を研究対象とする。また、情報発信の地域差を全国的に比較するため、都道府県が主体となるアカウントを研究対象とする。

    Ⅱ 都道府県による中国語SNSの利用実態

    各都道府県が中国市場向けに観光情報を広める窓口としての微博公式アカウントは、2011年は16都府県、2016年は33都道府県、2022年時点では40都道府県で開設されている。また、2022年時点での都道府県公式アカウントのフォロワー数は(図1)、訪日中国人観光客の最も多い大阪が12.9万人(都道府県別のフォロワー数3位)、東京が7.6万人(同8位)になる。一方、2019年訪日中国人観光客数が全国35位(2.45万人)に過ぎない青森県が、フォロワー数では全国でも最も多い130.2万人となる。青森県は2011年から微博の情報発信に力を入れており、2019年の訪日外国人観光客の伸び率が最も高い。また、2019年訪日中国人観光客が全国37位(1.33万人)の鳥取県も、フォロワー数は11.6万人で東京都を抜いて全国5位になる。鳥取県では、2017年に開設した微博のほか、中国の同種のSNSである、微信(2019年開設)、小紅書(2021年開設)も活用するなど、積極的にSNSを活用した観光情報発信を行っている。

    Ⅲ 分析結果と考察

    SNSを活用した情報発信は、従来のプロモーションと比べ、低コストで拡散しやすく、認知度向上につながり、海外展開もしやすいという特徴がある。地方都市である青森県や鳥取県にとって、海外市場の拡大や外国人観光客の誘致を目指すのであれば、低コストで拡散性の高いSNSを積極的に情報発信に活用することが有効である。また、都道府県によるSNSのフォロワー数地域特性は、大阪府と北海道を除いて、中国人観光客に人気のある主要都市は、公式フォロワー数が多くない.つまり、訪日中国人観光客が少ない、観光地として知名度が低い地域の方がフォロワー数が多い傾向にあると言える。もちろん、SNSを活用する直接的な目的は、外国観光客の誘致や地域経済の活性化であり、大都市も中小都市も同じである。従って、大都市、小都市を問わず、SNSは観光に有効であると考えるが、PR予算、関係機関、インフラなどの前提条件の違いから、SNSは大都市の知名度を上げ、観光客を誘致する手段の一つに過ぎないのに対し、地方都市にとってSNSは海外からの観光客とつながる重要な窓口である。 地方都市が観光による地域活性化を目指すのであれば、青森県や鳥取県のようにSNSを積極的に活用するのも良い方法だろう。なお、投稿内容による大都市と地方都市の差異については今後検討していく必要がある。

  • 後藤 秀昭, 杉戸 信彦, 隈元 崇, 楮原 京子
    セッションID: 213
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1はじめに  近年,数値化された地形データの整備が急速に進み,これを用いた実体視可能なステレオ画像が作成されることで,空中写真や等高線図,陰影図では認識が困難であった変動地形が抽出されるようになった(後藤・杉戸,2012)。地形判読の重要な資料となりうるとの認識が進み,変動地形研究は新展開を迎えている。海底地形においても,地形データのステレオ画像を用いた変動地形学的な検討が行われ,主に探査記録に依拠した従来の地図とは異なる海底活断層図が作成されるようになった(Goto et al., 2022)。 南海トラフや日本海溝など,深海に分布するプレート境界に震源断層を設定する場合には単純な形状でモデル化されることが多く,地形や地質構造が十分に反映されているとは言いがたい。海溝やトラフの軸の陸側斜面は極めて複雑な地形を成し,複数の活断層が並走しており(Nakata et al., 2012),陸上の活断層やプレート境界断層と同様にそれぞれの活断層が固有の活動を行うとする「プレート境界活断層モデル」も提唱されている(中田・後藤,2020)。陸上と同様に,海底の地形をステレオ画像で詳細に判読できるようになった今日,陸上変動地形研究者が海底の地形形成を検討し,多様な専門家と議論すべき段階を迎えていると考える。プレート境界のひとつである相模トラフは,陸域に囲まれ,深海のなかでは浅く,また陸域からの堆積物の供給が多く,プレート境界断層の地形を詳しく観察できるフィールドである。相模トラフで発生した1923年大正関東地震は縦ずれ成分のある横ずれ断層とされる。また,GNSS測地観測ではトラフと平行な方向のベクトルが描かれ,相模トラフでは主に右横ずれ変位が想定される。しかし,解像度の粗い地形データでは,横ずれ断層の明瞭な証拠はこれまで確認されていない。地震断層と地震を直接関連づけて議論するには,内陸活断層と同様に,変動地形学的な直接的証拠から,活断層の分布および変位様式という断層の基礎的情報を検討,整備する必要があると考える。2.海底地形データと地形画像の作成  本研究では,海洋研究開発機構のデータ公開サイトの測深データを用いて相模トラフ周辺の1.5秒(約45m)間隔のDBMを作成した。これと海上保安庁の測深データ,(財)日本水路協会の等深線,J-EGG500(500m間隔),陸上のSRTMのDEMをSimple DEM Viewerに読み込み,Goto(2022)に準じて地形アナグリフを作成し,変動地形学的に判読した。そのうち,北西―南東走向の相模トラフの中軸部周辺で,変位基準となる平坦面や海底谷の発達がよいが,地形画像が不鮮明で変動地形が明確に捉えられていないトラフ中部軸部北東近傍を対象に測深調査を実施した。本発表は,船上で得られた約15m間隔のDBMをもとにして作成された地形画像から判読できる変動地形を速報的に報告する。3.トラフ軸の北東近傍の変動地形  房総半島先端の西には,相模トラフに向かって流下する東京海底谷と南の布良海底谷が知られている。布良海底谷は,半島沖から発して南西〜西流した後,北西に延びる海脚地形(以下,西布良海脚と呼ぶ)に流路を阻まれるように北西に向きを変えてから,再び南西流してトラフにいたる。西布良海脚の南西麓とその南西沖には,活断層が分布するとされてきた(活断層研究会編,1991)。これらは,房総半島の南岸沖の急崖の基部に分布する東西に延びる活断層の北西延長にあたる(同,1991)。急崖基部には新期の扇状地面に変動地形の存在が指摘されている(泉ほか,2013)が,その北西延長の地形や変位様式はよく分かっていない。 本研究で得られた地形データに基づく地形画像からは,西布良海脚基部やその北西延長の布良瀬海底谷には変位を示す地形は確認できなかった。その一方で,西布良海脚基部の南西沖には,緩やかに南西に傾斜する地形面上に,幅0.3km程度の細長い丘が北西―南東方向に約6kmに渡って延びているのが観察された。この細長い丘は,2列に分けられ,右ステップするように分布する。北西延長の海底段丘面上には幅1km,長さ3km程度の紡錘形の丘が北西―南東方向に延びる。また,これらの間の布良海底谷の谷底面では,紡錘形の丘と同程度の幅の高まりが見られる。これらは,地形的特徴から一連の新期変動地形と解される。以上のように,詳細な地形データによって新期の変動地形を認定することができた。横ずれを示す直接的な地形的証拠は確認できていないが,直線状に延びる細長い丘が右ステップ様子は中央構造線活断層帯など,陸上の右ずれ活断層の変位地形と類似する。今後,反射断面記録で断層構造を慎重に確認したい。

  • 柘 浩一郎
    セッションID: P007
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    土壌は犯罪捜査において人や物と事件現場を結ぶ証拠資料となる.当研究所ではこれまで科学的な知見に基づき,犯罪現場や被疑者から採取された土壌の分析を行ない,犯罪捜査に活用している. これまでの土壌分析は,主として地質学的な分析が行われ,その手法は概ねは確立されているが,生物体やそれらが生成した有機物質(腐植を含む)やDNAを分析対象としてはおらず,その土壌がもつ特徴的な情報を利用しきれていない.そこで本研究では,従来の地質学的な視点に,化学的・生物学的視点を加え,土壌の持つ特徴を明らかにし,ひいては土壌の分析からその土地利用・植生等を推定することを目的とする. 当研究所において試料採取していた様々な地質的背景をもつ10種の土壌を試料とし,熱分解(シングルショット)分析を実施したところ,10種の土壌で明確に異なるパイログラムが得られた. 農地および植物が繁茂する雑種地では多数の熱分解物質のピークが認められた一方で,それ以外の土壌ではピーク数も少なく,ピーク面積も農地等の土壌と比較して明らかに小さかった. 得られたパイログラム上の各ピークの質量スペクトルのデータベース検索により,各ピークの帰属を試みたところ,どの土壌からもトルエン,フラン,キシレン等の芳香族系熱分解物が得られた. さらに,熱分解物に占める含窒素化合物(ピロール系,ピリジン系化合物等)のピークは農地由来の土壌で高く,農地以外では低い傾向が認められた. 農業分野において土地の肥沃度の目安となる炭素含有量およびC/N比を求めるために広く用いられているCHN元素分析を行ったところ,農地および雑種地では8~10%程度の炭素含有率を示す一方で,それ以外の土壌では0.5~2.5%程度であった.C/N比は農地で低い値を示した. 熱分解GC-MSの結果,様々な由来の土壌から明らかに異なるパイログラムが得られ,総ピーク面積および含窒素化合物のピーク面積から土壌がもつ有機化合物の質および量が測定可能となり,土地利用の推定に有効であると考えられた.これらの結果は農業分野で広く用いられている元素分析の結果を概ね合致した. 同一圃場において7種の異なる作物の根元付近から採取した7種の土壌から植物DNAを抽出し,rbcL領域のPCR増幅を行ったところ,植物DNAの増幅産物(約 300 bp) が得られた.引き続き抽出したDNAの次世代シーケンサを用いたメタゲノム解析を実施している.

  • グラフィティ研究の最前線―地理学の教育に芸術の実践を取り入れる
    池田 真利子
    セッションID: S103
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    地理学の祖とされるアレクサンダー・フォン・フンボルトを一例として,地理学(特に自然科学に由来する理学系地理学)とドイツの関係性は強い。兄の言語学者でありプロイセンの内相・教育相であったヴィルヘルム・フォン・フンボルトとは異なる道を歩み,また博物館学者でもあったフンボルトは,数年におよぶ調査旅行を経て,動物学や鉱物学,生理学,化学,民俗学,人口学,様々なディシプリンの研究者・専門家らと交流し,独自の科学ネットワークを構築した人物としても知られる。そのなかには,画家やレタリングアーティストも含まれていた。その知的好奇心が留まることを知らないフンボルトと,詩人であり,哲学者であり,自然科学者でもあるヨハン・ヴォルフガング・ゲーテとの関係性は,30年にもおよぶ。「原型」と「全体」から接近するゲーテと,「要素」と「部分」から出発するフンボルトは,その方法論的違いこそあれ,相互に影響を与えながら,ドイツ,ひいては世界の哲学を含む近代科学を牽引した点は注目に値する。これを異なる視点から見ると,芸術は独立した領域ではなく,人間が人間たる欠かせない要素として存在する側面もある。  発表者は人文・文化地理学者として,これまで広義の芸術に関心をもち,これと都市再編(ジェントリフィケーションや再活性化,再開発)との関連や,記憶と文化遺産,都市景観,都市経済,そしてパンデミックにおける芸術空間への影響と日独の文化政策比較と,研究を進めてきた。この一連の研究において,ドイツの現代社会と日本のそれとを相互参照し,気付いた点は,大きな話であろうが,<ヒト>を育てる教育や環境,そして環境と共生する社会基盤の次元での相違はやや大きいように思える。本発表では,日独の教育システムや地理学の授業方法の紹介を超え,芸術の実践的・学術的な視点から,ドイツ教育の本質にせまりたい。  「グラフィティ研究」は,大学を含む高等教育機関における学術的テーマとなりえど,日本の義務教育(特に地理教育)ではやや扱いが難しそう,との印象が拭えないかもしれない。それは,この言葉がもつ様々なコンテクストが一様にしか理解されていないことに起因する。  まず,グラフィティは世界的に注目される現象であるが,発表者は2000年代後半と2023年の調査経験を踏まえ,この注目される理由を下記4つにあると捉えている;①新しい芸術表現・作品としての新規性と,芸術市場における高い関心,②表現の形成者や作品の作者が不在・不明であること,③地理的コンテクストが反映されるサイト・スペシフィックな作品(特にストリートアート,ステンシルアートやマスターピース等)が多く,作品としての売買や長期保存が前提として困難であり,芸術の「売買」や「所有」そのものに疑問を投げかける特異な芸術表現であること,④特に,表現の種類や地域によっては,公的な芸術施設やハイ・アートから疎外されてきたアフリカン・アメリカンや若者の「文化遺産」であり,リビング・ヘリテージ的側面をもつこと。「違法」や「迷惑行為」として報道される傾向にあるグラフィティを,異なる角度から見ると,そこには景観研究としての価値以上に,上記の可能性を秘めてることが分かる。本発表では,現在発表者らが進める文理融合的研究において明らかとなった萌芽的知見・分析等を紹介する。  高等教育における文理融合時代にあって,学習指導要領が変化を続けるなか,教育地理教育と芸術の融合は挑戦的ながら,その可能性は大きい。地理A・地理Bが融合されたとはいえ,系統地理・地誌の緯糸・経糸における地域の総合理解(地図をベースにした自然環境から社会歴史の「複層性」の理解)という機能的手法の重要性は本質的なものとして変わらないであろう。これにあっては,グラフィティやストリートアートは,地理学的学習をサポートする題材として十分な意味を果たし得る。 他方で,恐らく,地理学や地理教育双方の課題は,地理学からいかにして演繹的手法を発展させるかということである。ドイツ地理学は,アカデミックの領域に加えて,地理学の視野の広さや時刻を含めた国際理解力・展開力を発揮し,空間計画学や文化遺産行政(特に世界遺産や文化遺産等の実務分野では多くの専門家・実務家が地理学の博士号を有する)等,国際機関・地方行政・NGO等多くの現場に地理学の技能・視点をもった人材を輩出する。そうした視野にたち,まずは大学と高等・中学教育の現場をまずは接続し,アカデミックな智と,教育現場の智を創造的に融合させる必要があるのかもしれない。

  • —CCDモデルを用いたその持続可能性実現要因の解明—
    趙 文琪
    セッションID: P037
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.研究背景と目的

    中国浙江省政府は2013年,同省の耕地不足を考慮し,特に山間部の条件不利な農村地域を活性化するために,ジオパークとは異なる地質文化村戦略を提唱した.地質文化村の政策は,ジオツーリズム,特色ある農業,農業副産物加工産業の新分野形成の促進に重要な役割を果たした(Zhao & Morimoto, 2022).中国初めての登録地質文化村である白雁坑村の実証研究から,中国の土地制度と地域活動グループの視点から,地質文化村のボトムアップ・アプローチの可能性が分析された(Zhao & Morimoto, 2022).その持続可能性を評価する指標システムの構築が必要である.そこで,本研究は,定量的な評価を通して,浙江省における農村内発的発展の新しいモデルである地質文化村の持続可能性を維持する要因を解明することを目的とする.

    2.研究方法

    研究方法は,調和発展度モデル(CCDモデル)を応用した評価システムの構築である.内発的発展の枠組みの下で,村スケールの指標選定を行う.村スケールのデータは基本的に村民委員会と郷鎮政府から収集した.白雁坑村の持続可能性を時系列的(2013~2021)に評価し,白雁坑村と同時にほかの二つの地質文化村の現状(2021)を対照的に評価することで,地質文化村の持続可能性を維持する要因を明らかにし,将来への示唆を提示する.

    3.研究対象地域

    地質文化村は一般的に四つの条件を備えている必要がある: 第1に,地質資源が比較的豊富であること,第2に,村の伝統が比較的長い歴史を持っていること,第3に,地元の特色産業が一定の基盤を持っていること,第4に,地域社会が自主発展能力を持っていることである.白雁坑村は地質文化村の四つの条件を満たしており,代表的な事例として一般化に適している.ほかの二つの対照的な村(金村と施家荘村)は,地質文化村として整備の歴史が二番目と三番目長い村である.

    4.結果

    CCDモデルによる評価システムの構築については,「地質資源の保全」,「資源の利用と土地利用」,「社会経済的発展」という三つのサブシステムから構成される.本研究では,地質文化村の内発性を反映し,持続可能性に重要な役割や影響を与える指標システムを決定し,地質遺跡,その他の自然資源,人文的資源,土地利用,地学文化要素,自主管理,村の外観,村の生活,産業構造という九つのカテゴリーの一次指標とその下の32の二次指標を含む.本研究で構築した評価システムは,時空間的な発展を評価する可能性を持っており,一つの村の毎年の変化を比較できるだけでなく,ほかの村との空間的な比較も可能である.

    5.考察

    白雁坑村の村民は,村の地質資源とGIAHSを最大限に活用し,農村文化の再構築,ジオツーリズムの開発,民宿の推進,榧の実や緑茶などの農産物の加工・販売の産業形成など,ライフスタイルの変革に取り組んでいる.同時に,榧に関する伝統的な農業技術の保存にも成功した.雇用機会が増え,生活環境も改善されたことで,かつて都市部に出稼ぎに出ていた村民が,故郷に戻ってこれらの経済活動に従事するようになった.これに対して,金村は発展基盤が弱く,民宿もなく,Uターン者もまだみられない.一方,施家荘村は特色ある農業はあまりないが,ジオツーリズムには明らかな利点がある風景を持っており,民宿やUターン者が現れ始めた.

    6.結論

    白雁坑村の総合的な発展水準と調和的な発展度合いを時系列的に評価し,同時にほかの二つの新しい地質文化村との現状評価結果を比較することで,地質遺跡と特色ある農業の発展基盤,地域特色産業,地域活動グループ,外部の社会政治環境などが,将来にわたって内発的発展の持続性を維持する要因であると考えられる.なお,地質文化村の発展の歴史は長くなく,事例も限られているため,新たな動向を注視し,理論的枠組みを改善していく必要がある.

    参考文献

    Zhao, W. and Morimoto, T. 2022. The Endogenous Development Mechanism of the Baiyankeng Geocultural Village in China. Land 11: 1472, DOI: 10.3390/land11091472.

  • 上村 晶太郎, 岩木 雄大, 黒田 圭介
    セッションID: 533
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     本研究は,福岡市博多区千代地区周辺の商店や施設を対象に,地域振興に対する意見を収集している過程で得られた,同地区の地域住民や,住民ではないが商売を営む方が持つ,地区についての意見や感情について得られた結果を報告する。

     研究対象地域は, ”博多の台所”と大きく掲げられ,八百屋や鮮魚店,生活雑貨のお店などの商店街らしい小売店が並ぶ「博多せんしょう」と,かつて大津町商店街として賑わっていた場所に現在も存在する商店である。この地域は,在日朝鮮人が集住してきた歴史や,被差別部落であるという特徴があり,マイノリティ集住地区である (島村,2010)。

    2.研究方法

     主に商店を営む方々への個別での聞き取り調査を行った。主に,博多せんしょう周辺の地域振興についての意見を伺いつつ,同地域に対する印象も聞くことができた。2023年の3月から6月にかけて現地調査を実施した。4月10日に千代人権のまちづくり館で職員に,4月18日に堅粕人権のまちづくり館で部落解放同盟の堅粕支部長に聞き取り調査を実施した。4月24日,5月1日,2日,8日かけて博多せんしょう周辺で商店を営む方々を中心とした聞き取り調査を実施した。なお,聞き取った店舗数は千代地区で13店舗である。なお,千代地区に対するイメージ調査のため,近接する福岡市博多区吉塚地区において,6月12日に聞き取り調査を行った。

     聞き取り調査の際にはインタビュイーに許可をとり,話の内容をボイスレコーダーで記録して後から全て文字に起こして資料とした。

    3.結果

    3-1.千代人権のまちづくり館

     この施設は現在,主に高齢化に伴う事業や被差別部落としてのフィールドワークの運営などを行っていることが分かった。在日朝鮮人の集住について質問をしたところ,職員の方々はあまり詳しくないようで,反韓的な反応をする職員もいたため,この施設はあくまで同和問題をきっかけとして生まれた施設であり,在日朝鮮人に対しての人権問題については関わっていないことが分かった。

    3-2.堅粕人権のまちづくり館

     ここでは部落解放同盟の方から堅粕地区における被差別部落問題について詳しく聞くことができた。同地区に立ち並ぶ団地が福岡市によって 建てられた,環境改善を目的とした改良住宅であるということが明らか になった。改良住宅には,原則として,同地区の人,昔住んでいた人や関係のある人しか居住できないため,このことが返って差別につながる という現状があることが分かった。

    3-3.博多せんしょう周辺

     同地区の業種の特徴として,韓国食品を扱う商店が多く,聞き取り調査においても親が韓国人であると話す人が商店を営んでいるということが分かった。また,その他の商店においては,家賃が安いから店舗だけを借りて他の地域からきている方,周辺に立ち並ぶ団地に居住している方など様々であった。

     賑わいについては,韓国食品,雑貨を扱うお店は昨今の韓国ブームもあり,繁盛している様子が見られたが,その他のお店では,お得意先や地域の方々を対象に細々とやっているところがほとんどであった。それに加え同地区は高齢化も進んでおり,後継ぎがいないという商店も多々見られた。活性化に関する考えも様々であり,商売が繁盛しているところは盛り上がりを求めていたが,現状に満足しているという声もあった。また,同地区は家賃が安いようで,店舗だけ借りて物置にしている人が多く,店舗を借りる以上はお店を開けて商売をしてほしいという不満の声も上がった。

    3-4.他地域の住民で,千代地区で店舗を借りている店主の意見

     ネガティブなイメージを払拭したいという意見が上がった。家賃が安いということで同地区での商売を始めたのだが,最初は同地区のネガティブなイメージから反対されたようだ。しかし,実際に同地区での商売を始め,地域の方々との関りを持ってからは,ネガティブなことはなくいい町だと感じているそうで,このようなイメージがなくなればいいと話していた。

    5.まとめ

     本研究では「博多せんしょう」を中心とした周辺の商店や施設への聞き取り調査を通し,千代地区の地域住民や商売を営む方から,同地区に対する意見や感情が得られた。以下に結果をまとめる。

    1)博多せんしょう周辺の商店では,韓国ブームの波に乗り,商売が繁盛している韓国食品店などがある一方で,小規模での商売をしている店舗も多く,地域振興を求める意見と求めていない意見の両方があった。

    2)千代地区には,他地域からのネガティブなイメージがあり,同地域の賑わいに影響しているのではないかという意見もあった。他地域から来て同地区で商売を営む方からは,実際に地域の方々と関りを持ち,同地区の印象が好転したため,このようなネガティブなイメージなくなればいいという意見が得られた。

  • 宇都宮市立図書館を事例に
    橋爪 孝介
    セッションID: P024
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    Ⅰ はじめに

     住民の日常利用に供する市町村立図書館は,1つの大規模な中央館を核として,複数の中小規模の分館を配置し,あるいは移動図書館を運用することで図書館ネットワークを形成することが多い。中村・栗原(1997)は,住民全体の読書量のうち,図書館が受け持つ割合を図書館受持率と定義し,市部においては,小規模館はおおむね半径1km,大規模館はおおむね半径4kmの範囲で図書館受持率が10%を超えるとする利用圏域モデルを発表した。しかしながら,自家用車の利用が卓越する地域では,距離の制約が緩和され,最寄りの小規模館ではなく,遠方の大規模館を選ぶ傾向がみられる(河村ほか 2008)との指摘がある。

     以上をふまえ,本研究では,日本有数の自動車依存型の都市として知られる宇都宮市を事例に,複数の大規模館が選択可能である場合,住民はどの図書館を選択するのかを明らかにすることを目的とする。

    Ⅱ 研究対象図書館と使用するデータ

     宇都宮市立図書館は,5つの図書館と17の生涯学習センター図書室等で図書館ネットワークを形成している。このうち,ネットワークの核となる図書館は中央図書館であるが,貸出冊数では中央図書館・東図書館・南図書館の3館はほぼ同数であり,宇都宮市域には3つの大規模館が並立する。市内には県立図書館や大学図書館も存在するが,本研究は宇都宮市立図書館のみ対象とする。

     本研究で使用するデータは,2021年度の宇都宮市立図書館の新規登録者である。同データは,町丁目別・世代別・登録館別に新規登録者数を集計したものである。

    Ⅲ 結果

     以下,宇都宮市の16行政地区別に集計した結果を示す(図1)。

     中央図書館・東図書館のある本庁地区と,南図書館のある雀宮地区では,9割以上の住民が地区内の図書館で新規登録を行った。

     中規模館のある市北東部の上河内・河内地区では,地区内の図書館での登録が8割を超えたが,より規模の大きな東図書館や南図書館での登録者も一定数存在した。図書館がなく,生涯学習センター図書室のみが設置されている地区では,地区内にある図書室や最寄りの中規模館での登録者よりも,最寄りの大規模館での登録者の方が多い傾向がみられた。

  • 村越 貴光
    セッションID: 311
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    I. はじめに

     これまでの研究(伊藤2003;橋詰ほか2005)では,地名認知は居住地からの距離減衰効果が働いており,鉄道の路線網,他人からの口伝えも影響していることが明らかにされている.しかしながら,それらの認知理由は,調査対象者の実証分析が不十分である.そのため,実際に通学途中や居住経験での地名認知については詳しく解明されていない.また,従来の空間認知研究のアンケート用紙は,白地図に番号を振っただけであり,全体的に位置認知の回答率が低い傾向である.駒澤大学の学生は,出身地が東京都,かつ現在の居住地も東京都である学生が少なく白地図のみでは位置認知の回答が難しいと判断した.そのため,地理的な事象を白地図に記載すれば,地名認知に影響すると考え,鉄道路線とランドマークを記載した.大学生を対象とした東京都の空間認知研究は少なく,大学生は中学生,高校生よりも行動圏が広いため,広範囲の地名を認知していると考えられる.地名認知研究の多くは2000年代以前であり,現在と比較すると,スマートフォンが普及し,SNSやメディアによって大学生の情報ツールが変化している.

    本研究では,駒澤大学の学生を対象とし,地名認知理由に着目して東京都の地名認知調査を行った.

    II. 研究方法

     伊藤(2007)は,駒澤大学の学生に東京の地名認知調査を行っているが,筆者の担当科目「人文地理学」の受講生を対象とした.その対象者は,地理学に興味のある学生が多く受講していると考え,地理学に精通していない学生にも調査した網羅的な研究が必要と考えた.そこで,2022年9月に,協力が得られた専門教育科目,教職課程,教養科目の講義で,受講学生を対象に,20分程のアンケート調査を行った.認知の対象としたのは,東京都の島嶼部を除く53市区町村である.

    アンケート調査では,回答者が知っている地名を10個回答し,知っている理由を選択肢から1つ選んだ.また,回答した地名の位置を調査用紙の白地図の番号で回答し,その理由も選択肢から1つ選んだ.アンケートの白地図に,地下鉄以外の鉄道路線と本研究の事前調査で多くの回答が得られたランドマークを記載した.事前調査は,「東京都のランドマークといえばどこですか」という設問を設けた.アンケート回収数は438で,有効回答数は355であった.

    III. 結果

    名称認知率を見ると,駒澤大学が東京都世田谷区にあることから,世田谷区の地名の認知率が他の市区町村と比較すると極めて高い.多摩地区は,町田市と八王子市を除くと,東京23区と比較すると認知率が低い.東京23区は網羅的に認知されており,特に,新宿区,渋谷区が認知され,墨田区,港区の認知率も高い.名称認知理由は,訪問経験,居住経験,メディア・SNSが見られた.

    位置認知に関しては,名称認知と比較すると回答率は低い。つまり,名称は認知していても位置まで認知していないことが明らかになった.位置認知理由に関しては,訪問経験,居住経験,白地図にランドマーク,鉄道路線図を載せたことが認知に影響している.つまり,位置についてはヒントがあれば回答できることが判明した.事前調査で得られたランドマークは,大学生の余暇活動に関連する場所であり,位置まで回答できたと考えられる.

    回答者の居住地別の地名認知を見ると,居住地からの距離減衰が確認できた.多摩地区居住者に関しては,JR中央線が認知境界線であり,中央線を含む南部地域が顕著に認知されていた.多摩地区居住者以外は,東京23区を中心に地名認知されていた.また,多摩地区の地名認知は,主に八王子市と町田市の認知率が他の多摩地区の市町村と比較すると高いことが分かった.

  • ― 福岡市吉塚市場リトルアジアマーケットを事例に ―
    岩木 雄大, 上村 晶太郎, 黒田 圭介
    セッションID: 220
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     近年の商店街を取り巻く環境は厳しく,少子化による人口減少や後継者不足による空き店舗の増加,消費スタイルの多様化や郊外立地型大型店との競争など,様々な課題を抱えており,その状況は地域によって異なり,また時間の経過とともに変化している1)。また,令和4年6月末現在における在留外国人数は過去最高の296万1,969人で,前年末に比べ,20万1,334人増加,福岡県においては,85,065人で,前年末に比べ,8,831人増加しており,外国人の受け入れ・共生が求められている2)。 そこで本研究は,福岡市博多区吉塚地区の吉塚市場リトルアジアマーケット(以下吉塚市場)を事例に,多文化共生や地域振興を目指す企画者,日本人の商店経営者,新しく店舗経営者として入ってきた外国人,そして地域住民への意識調査をすることで,多文化共生を目指す地域にかかわる人々の心情を明らかにし,この地域独特な問題点を報告する。

    2.研究方法

    2-1.研究対象地域概観

     研究対象地域の吉塚市場について公式HPによれば3),その前身にあたる吉塚商店街は戦後の闇市を起点に発展した。1957年頃には商店街にアーケードが設けられ,1970~1980年代には150店舗ほどの店が軒を連ねた。しかし,近隣への大型商業施設の林立,吉塚商店街からのスーパーの撤退,店舗の老朽化,店主の高齢化,後継者不足などの影響で,商店街は縮小し,店舗は30店舗まで減少した。そのような現状に対し,西林寺の住職を中心に「吉塚商店街・景観再生プロジェクト」を計画し,その取り組みの中でウォールアートを地域の子供たちや外国人留学生とともに描いた。ここでの地域住民と外国人の交流をきっかけに,吉塚商店街組合長らと「吉塚市場リトルアジアプロジェクト」を策定,2020年9月,経済産業省の「商店街活性化・観光消費創出事業」に採択され,同年12月に「吉塚市場リトルアジアマーケット」として再オープンした。

    2-2.調査方法

     福岡市博多区にある吉塚市場の運営事務局や各店舗経営者,利用客に対して,吉塚市場の印象や,外国人との多文化共生に対する意見などの聞き取り調査を行った。聞き取り調査件数は26店舗であり,これは吉塚市場の店舗数の約90%にあたる。 3.聞き取り調査結果

    3-1.企画者への聞き取り結果

     吉塚リトルアジアプロジェクトを企画した西林寺の住職によると,吉塚は決して成功事例ではないとの見解であった。当初の想定としては,カンボジアのオールドマーケットのような日常的に人々が利用する空間 を目指していたが,日本の物価高で日常的利用までは至らず,加えてリニューアルがコロナ禍と重なり,外食文化のある外国人も外食を控えるネガティブな誤算があった一方,当初の想定よりも日本人の若者の利用が多かったことが挙げられる。これは,新聞や全国放送のテレビ番組で特集されたことが大きな要因となっている。

    3-2.店舗経営者(日本人)への聞き取り結果

     吉塚市場の取り組みは賛否両論に分かれた。賛成側の意見としては,シャッター通りにするよりも,若い人が利用できる空間として,商店街を開放するべきという意見があった。また,応援しているが,リニューアル当初に比べて,外国人が来なくなっていることを憂う意見などが聞かれた。一方で,反対側の意見は,前述した創出事業に採択された後に,リニューアルが店主に伝えられたことに対して困惑があったことや,当初の計画と異なる部分,例えば,ミャンマーから輸送されてきた釈迦像が設置されている吉塚御堂が建立されたことが挙げられる。

    3-3.店舗経営者(外国人)への聞き取り結果

     日本人や外国人に限らず,近隣の店舗経営者とも友好関係が築けており,釈迦像やガネーシャ像を含め,吉塚市場の雰囲気は好評だとの意見があった。聞き取り調査の結果から,消極的な意見は聞かれなかった。

    4.まとめ  本研究では,多文化共生を目指す地域振興にかかわる人々の心情を聞き取って,地域の振興に対する地域独特な問題点を見出した。以下に結果をまとめる。

    1)店舗数が激減し,いわゆるシャッター通りとなった吉塚商店街は,企画者主導により,吉塚市場「リトルアジアマーケット」としてリニューアルした。マスコミを通じて知名度は高まり,新たにやってきた外国人店舗経営者の吉塚市場に対する取り組みの評価は好意的であった。

    2)日本人の吉塚市場の店舗経営者には困惑が見られ,例えば,商店街のリニューアル決定が事後報告された,当初の計画とは異なる施設が建立された,などが挙げられる。

  • -MeshDataView3Dを利用したメッシュマップ作成-
    桐村 喬, 奥村 裕
    セッションID: P032
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    I はじめに

    2022年度から高校で必履修化された地理総合の授業が開始され,2023年度からは地理探究の授業が始まっている.地理総合では,GISが重要なテーマとして取り扱われている.一方,高校の地理総合に接続する形となる,中学校社会科の地理的分野でも,GISを活用した学習が求められている.中学校学習指導要領(平成29年告示)では,地理的技能に関わる箇所で,地理空間情報を適切に取り扱うことが求められ,学習指導要領解説には,その際に利用するものとして,RESASやe-Stat,地理院地図などが挙げられている.

    中学校および高校では,GISの積極的な活用が求められているものの,学校の情報通信環境は十分とはいえない状況にあった.しかし,文部科学省のGIGAスクール構想やCOVID-19感染拡大によるオンライン授業の推進などにより,急速に情報通信環境は改善されており,結果的に,GISを活用した地理学習の展開が後押しされている.

    ところで,発表者のうちの桐村は,e-Statからダウンロードできる,メッシュ単位のCSV形式のデータを,ドラッグアンドドロップで地図化できるツール「MeshDataView3D」(以下,本ツールとする)を開発した(桐村 2021).このツールはArcGIS API for JavaScriptを使用しており,インターネットに接続された環境であれば,GISソフトをインストールすることなく使用できる.2023年3月に,中学生に対してGISを活用した授業を行う機会を得たため,本ツールを活用したメッシュマップの作成を行うこととした.本発表では,中学校の社会科授業における本ツールの活用事例について示すとともに,その成果と課題について報告する.

    II 中学校社会科授業でのMeshDataView3Dの活用と課題

    授業は,三重県にある皇學館中学校の生徒に対して2023年3月2日に皇學館大学の情報教室を使用して行った.これは,当時,桐村が所属していた皇學館大学との中大連携授業の一環として行われたものであり,皇學館中学校の奥村からの依頼で,GIS体験に関する授業を行うこととなった.この授業を受講した中学生は1年生であり,地理的分野の学習をほぼ1年間進めてきた生徒である.

    授業では,まずGISの概要について簡単に紹介し,GISが活用されている身近な事例を紹介した.そのうえで,本ツールの使い方について,こちらで事前に用意しておいたデータを使用して解説しながら,生徒にパソコンを操作してもらった.解説では,65歳以上人口の実数と比率のメッシュマップの見え方の違いも観察してもらった.残りの時間では,自由に指標を選んでもらい,様々な色や表現によるメッシュマップを作成してもらうようにした.

    授業の最後に実施したアンケート結果からは,パソコンの操作は,半数程度の生徒がそれほど得意ではないということであったものの,76.5%の生徒が本ツールの操作は簡単と感じており,64.7%の生徒が3Dのメッシュマップを作ってみて面白いと感じていることがわかった.また,将来,中学校や高校での授業でGISをもっと使ってみたいかという問いに対しては,64.7%が「そう思う」と回答しており,GISに対する関心の高さがうかがえた.

    一方,桐村が授業中の生徒の状況を観察した限りにおいては,どのような指標を地図化すればどのようなことが読み取れるのかという部分まで考えることができている生徒は少数であった.むしろ,3Dのメッシュマップという視覚的な驚きのある表現に関心が向いているように感じられた.1年生の段階では,高齢者比率や人口分布など,より基本的な指標の地図化のみとし,より多くの地域で比較してもらうほうが学習効果は高いのかもしれない.

    III 今後の方向性

    アンケート結果からは,本ツールの操作が簡単であったという回答が多かった.したがって,本ツールは,GISソフトの操作というハードルをそれほど感じることなく,GISを触ってみることができるツールといえる.操作が簡単であることから,中学校だけでなく,高校の地理総合や地理探究,必履修化された情報Ⅰの授業などにおいても応用可能と考えられ,今後は,それらの授業での活用事例の蓄積が必要と考えられる.

    また,教員による教材の準備という点でもメリットがある.e-StatからダウンロードできるCSV形式のデータについては,Excelで加工でき,特別なソフトなどを必要としない.また,1次メッシュ単位で分割されている統計データをマージしたり,複数の表の統計データを結合したりすることも本ツール上で行うことができるため,教材準備の負担を軽減できる.

    今後は,より軽快に動作する2D版の開発を含め,様々な場面で活用できるようにしつつ,授業での活用も可能な範囲で行っていきたい.

  • 三橋 浩志
    セッションID: S201
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    本報告は,必履修などを規定する学習指導要領とは何か,「地理総合」誕生の背景と科目の構造を概説する.そして,地理教育における地図,GIS学習の小中高校を一貫した位置づけを踏まえ,「地理総合」でのGIS教育の在り方,今後の方向性を解説する.その結果,現行学習指導要領の「主体的で対話的な深い学び」を支える「単元を貫く問い」を意識した学習の在り方を例示し,生徒が自ら「問い」を立てて,「問い」を探究するための技能として,GIS活用への期待を示した.教員養成,教員研修時のGISの扱いにも留意が必要である.一方,「ChatGPT」などの生成系AIの飛躍的な発展を踏まえ,「個別最適な学び」が技術的には達成できるなか,改めて,教室での学びがもつ「協働的な学び」の重要性とGISの学習とは何かが問われている.

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