日本地理学会発表要旨集
2023年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P039
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千葉県佐原の山車行事にみる運営と担い手の空間
*小池 野々香
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抄録

Ⅰ. はじめに・調査概要

 本研究の目的は、事例地における祭礼運営とそれに関わる空間的範囲の差異を明らかにし、祭礼の存続の在り方を検討することである。佐原(現千葉県香取市内)は、江戸時代に利根川舟運の中継地として栄えた旧在郷町である。佐原の山車行事は、当時の佐原の大商人が抱えていた経済力と人足によって発展した。山車は小野川の東側10町内(本宿)と西側14町内(新宿)がそれぞれ所有し、本宿では毎年7月の八坂神社、新宿では毎年10月の諏訪神社の神輿渡御に合わせて曳き廻される。

 本発表内容は2021年に全24町内を対象に行ったアンケート(全町内より回収)、同年に本宿5町内新宿3町内の計11名へ行ったインタビュー、および2022年の本宿地区での参与観察を基に作成した。

Ⅱ. 町内間にみられる運営方法の差異

 佐原では、山車を所有する町内がそれぞれ運営に関わる資金・人手を賄い、意思決定を行う。山車の運営方法において全町内に共通しているのは、新本それぞれ約3年交代でその年の曳き回しを統括する町内を決める「年番制」に組み込まれていることと、各町内で年功序列的に運営される祭礼組織を持つことである。

 山車に関わる組織制度には町内ごとに細かな差異がある。例えば、組織内で役職に就く条件に「町内在住・町内縁故者等」を採用している町内は、新宿内1町内と本宿内7町内である。役職者を町内関係者に限定していない町内には、人口減少による制限を撤廃した事例もある。各町内は50名以下~1000名以上におよぶ人口の幅があり、その規模に応じて祭礼組織の中心層は異なる課題意識を持っている。具体的には、インタビューにおいて、人口規模が比較的小さい町内では積極的に「よそ者」意識を撤廃して曳き手を確保する必要性が語られた一方、人口規模が比較的大きい町内では町内内部の意思統一の難しさや、町外の担い手を積極的に受け入れる意識の世代間ギャップに言及があった。

Ⅲ. 多様化する参加者

 各町内の山車の曳き手は、およそ戦前までは町内出身かつ町内居住者の男性がほとんどであった。しかしながら男性の曳き手については、町内出身・町外居住者、町外出身・町内居住者、町外出身・町外居住者といった参加者属性が増えている。このうち、町外出身・町外居住者には当日のみ曳き手として参加する場合と町内の祭礼組織に正式に所属するようになる場合がある。町外出身・町外居住者の扱いは各町内で変化し続けている。

Ⅳ.「佐原型」祭礼を持つ他市町村との関係

 佐原の周辺市町村、例えば茨城県の潮来市や鹿島市では、「佐原型」と呼ばれる同形態の山車や囃子を用いた祭礼が行われている。佐原型祭礼は江戸の神田祭りを参考にして佐原で完成した祭礼形態であり、それが千葉県北東部から茨城県南部の各地に伝播し、各地の神事と結び付けられていった歴史を持つ。佐原で町外出身・町外居住者であるにもかかわらず山車曳きに参加する者は、このような周辺地域で山車行事に関わっていることも多く、佐原からも曳き手が周辺市町村の山車行事に参加しに行くことがある。筒井(2013)によれば、特定の近隣地域間で構築された人的資源に関する協力関係は、祭礼の儀礼構成や道具の構造に共通点が多く、互いを「安心して任せられる相手」として認識できることによって成り立つ。佐原の周辺一帯の祭礼間で起こる人の移動もまた、祭礼の類似性によって成り立つ、一つの協力関係の事例である。また、囃子の演奏者(下座連)は曳き手以上に市町村を超えて山車に参加しており、下座連の活動が祭礼を地域外へ開放している側面がある。

 このように佐原の山車行事は、町内の寄付金と地域の鎮守社の神事に結び付く“閉鎖性”を持ちながらも、周辺の佐原型祭礼を実施する地域との文化的・人的交流のもとで存続しているという“開放性”の側面も持つ。佐原型の他祭礼の個別調査を進めること、また複数の佐原型祭礼を俯瞰的に議論することが今後の課題である。

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