1. はじめに 今日,私たちの日常を取り巻くさまざまな環境の変化に対応して住みよい都市づくりの取り組みが世界各地で活発化している。そうした取り組みの先進事例であるとともに,参考モデルのひとつともなっているのがバンクーバー都市圏の取り組みであろう。報告者はこれまで,2000年代前半に世界で一番住みよい都市として高く評価されたバンクーバー都市圏の空間整備の取り組みについて,その広域政府Greater Vancouver Regional District(以下GVRD,現Metro Vancouver,以下MV)の広域総合計画Livable Region Strategic Plan(以下LRSP)と実際の市街地整備の特性などについて論じてきた(山下2007)。本研究は,その後のバンクーバー都市圏を取り巻く社会経済環境の変化とそれにともなう新たな地域課題への政策的対応,現地での実際の取り組みの現状や課題について,2023年5月実施の現地調査結果などにより明らかにする。
2. メトロ2050の新たな取り組みと課題
(1) メトロ2050の特徴
1966年のOfficial Regional Plan For the Lower Mainland Planning Area策定以来,広域総合計画の策定を重ね都合7回目の計画としてMVは2023年2月にMetro 2050(以下メトロ2050)を策定した。1996年策定のLRSPと比較すると,その後の総合計画は地球環境問題への対応も視野に,ゼロ・エミッションや経済成長に向けた取り組みなどその対象を拡大させてきた。他方で生活利便性の課題・向上に向けた空間整備の方針は,2011年策定の前計画Metro Vancouver 2040で大きく転換され,人口増加の顕著な東郊の新都心としてサレー・セントラル地区が指定された(山下2012)。メトロ2050では,自然災害に対するレジリエンスや土地利用面での自然環境保全の強化,貿易志向の工業用地の供給のほか,カナダが高齢化対策として大量の移民受け入れを国策に掲げたことなどから,人口増加に対応して拡大する住宅供給について価格高騰の抑制や賃貸住宅の確保などを主要課題に挙げている。
(2) 中心地整備対象の拡大
バンクーバー都市圏が住みよい都市として高く評価されたポイントのひとつに生活利便性の高さがあり,公共交通網の充実とそれと結びついた地域の拠点整備が行われてきた。LRSPでの拠点整備(都心地区,広域型拠点8か所,コミュニティレベル12か所)に, メトロ2050ではコミュニティレベルの拠点が5か所追加指定された。追加指定された地区は既存の小規模中心地などであるが,現状では公共交通の利便性が十分に確保されていない地区もある。 (3) 高頻度交通開発地区の整備 メトロ2050では,旧来の拠点整備のカテゴリーに加え,新たに公共交通利便性の高い16地区を高頻度交通開発地区(Frequent Transit Development Area,以下FTDA)に指定し土地利用の高密度化・混合化などの対象地区とし,旧来の限られた拠点だけでなく都市圏の広範囲での土地利用の高度化が目指されている。FTDAは現状では公共交通の乗換拠点や幹線となる公共交通の駅周辺などで,旧来型のリボン状の開発も含まれ拠点性の低い地区も多いが,公共交通の利便性は担保されており,中高層住宅の建設が進められるなど急速に土地利用変化が進められている。
文献
山下博樹(2007)バンクーバー都市圏における郊外タウ ンセンターの開発-リバブルな市街地再整備の成果として-,立命館地理学 Vol.19, pp.27-42.
山下博樹(2012)バンクーバーにおける都市圏構造再編 計画と公共交通指向型開発の進展,2012年度日本地理学会春季学術大会,DOI:https://doi.org/10.14866/ajg.2012s.0_100172