1.はじめに
中部山岳の高山帯の特色は,様々な地形や植生がつくる複雑で多様性に富む箱庭的景観である(小泉,1993).飛驒山脈では地域ごとに異なる個性ある箱庭的景観が存在する.飛驒山脈北部に位置する白馬連山の高山帯は,1)多雪と強風(冬期の日平均の最大瞬間風速20m/s),2)凍結融解作用が地形形成作用に重要な周氷河帯,3)複雑な地質,などの環境であり,白馬連山特有の箱庭的景観が形成されている.白馬連山は,主稜線の非対称山稜や多重山稜,唐松沢氷河,白馬大雪渓などの多年性雪渓,杓子岳北カールの岩石氷河,周氷河砂礫斜面,地すべり地形,お花畑など,多様な地形や植生で構成されている.さらに,その多くが白馬村側に面しており,それらは身近に感じられる.また,研究活動では,1970年~1980年に周氷河砂礫斜面で共同研究が実施されている(高山地形研究グループ, 1978;相馬ほか,1979;岩田,1980). 新潟大学山岳環境研究室では,白馬連山に研究基盤をつくるため,継続的な現地調査と現地関係者への研究成果の報告に取り組んできた.本発表では,最新のリモートセンシングを用いた地形・雪氷調査の取り組みと成果,研究体制,アウトリーチ活動について報告する.
2.地域概要
飛驒山脈は花崗岩類の分布面積が広いが(原山・山本,2003),白馬岳周辺は超苦鉄質岩(橄欖岩や蛇紋岩)のほか,古生代ペルム紀の浅海成層(珪長質凝灰岩や凝灰角礫岩を主とし,玄武岩,珪質凝灰岩,砂岩,泥岩)の堆積岩類と新第三紀前期中新世に貫入した珪長岩などの比較的新しい火成岩類からなる(中野ほか,2002).主稜線部では,東西両面で斜面型の異なる非対称山稜と,重力性断層により形成された多重山稜が発達する.主稜線の西側には周氷河砂礫斜面が発達し,東側には凹凸のある急傾斜の岩盤斜面や圏谷が発達する(岩田,1980).更新世後期以降,雪の吹き溜まり(残雪)や雪崩,氷河作用,落石や崩落などにより急斜面が形成された.猿倉観測所の観測データを用いた推定年降水量は3000~4000 mmであり,唐松沢氷河の4月の積雪深は20m以上ある(Arie et al., 2022).
3.山地地形計測の新展開
近年のUAVとSfM技術の登場により空中写真の取得および写真測量による地形解析が容易になった.さらに,UAVレーザー測量も導入されはじめ,点群データによる3次元地形解析もおこなわれている.例えば,衛星データであれば急傾斜の岩盤斜面の差分データは場合によっては計測が難しいが,3次元地形解析は岩壁斜面に対して垂直方向から差分データを得ることができる.その他,高解像度の高時間分解能の光学衛星画像やマイクロ波データを用いた差分干渉SAR解析など,リモートセンシング分野で山地地形計測の幅が広がっている.
4.研究事例
飛驒山脈では,現在七つの小規模氷河が確認されている(福井ほか,2018;有江ほか,2019).セスナ空撮画像とSfM-MVSソフト(Pix4Dmappper)を用いて,飛驒山脈の氷河の2015/16年,2016/17年,2017/18年,2018/19年,2019/20年,2020/21年,2021/22年の年間質量収支,積雪深,融解深を求めた.対象とした五つの氷河の積雪深と融解深は20m程であった.また,少雪年の質量収支が負,多雪年の質量収支が正であったことから,飛驒山脈の氷河の質量収支は,積雪深の影響を強く受けていることが示された.
5.研究体制とアウトリーチ
白馬連山の氷河調査は,白馬山案内人組合の地元ガイド・自治体と地形学者の協働という新しいスタイルで実施されている.自治体のクラウドファンディングで調査資金を集め,返礼品では調査の同行と説明,遊覧ヘリ飛行に同乗して説明をおこなった.氷河調査の成果のアウトリーチとして,白馬ウイング21,白馬岩岳スノーリフィールド,白馬村役場で講演会や報告会を開催し,白馬北小学校で出張授業をおこなった.