日本地理学会発表要旨集
2023年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P039
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北アルプス北部,八方沢地すべり地における完新世後期以降の環境変化
*佐藤 匠苅谷 愛彦
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抄録

1.はじめに  

北アルプス南部では高山・亜高山帯に存在する閉塞凹地性の池溏・湿地における掘削調査により,凹地形や池溏・湿地の発達,古環境,生物自然史との関係が検討されている1).本研究は北アルプス南部よりも多雨多雪気候下にある北アルプス北部に着目し,大規模地すべり移動体上に形成された池溏の掘削調査にもとづき環境変化を検討した.

2.調査地・方法

北アルプス北部,八方尾根八方山(標高1,974 m)南面を流れる小河川=八方沢には,大規模地すべり地が存在する(後述).八方沢一帯の地質は年代未詳の超苦鉄質岩と白亜紀~古第三紀の有明花崗岩を主とする.八方沢には更新世後期の氷河堆積物も分布するが,詳細は未検討である2).地すべり移動体上に生じた閉塞凹地性池溏のうち3地点(HDA:標高1,820 m,HDB:1,708 m,HDC:1,733 m)でハンドオーガー掘削を行い,HDA=深度239 cm(HPO-2021)3),HDB=183㎝(HPO-2022A),HDC=127㎝(HPO-2022B)に達する連続コアを得た.

3.地すべり地形分類

八方沢には大きく分けて5つの地すべり移動体が存在する(図).最大の移動体Aは背後に長さ980 mの馬蹄形滑落崖を持つ.移動体A上部は東西2つ(Ae,Aw)に分割するが,下部で両者は合体する.移動体A全体の縦断長は約1,300 m,最大横断幅は約600 m,比高は約620 m,面積は約7.64×105㎡である.平均厚さを10 mとすれば,体積のうえで移動体Aは大規模級に相当する.移動体Aには他に,小規模表層崩壊地形,ロウブ状リッジ,小丘および閉塞凹地がみられ,特にHDA周辺ではロウブ状リッジが多数発達する.掘削した池溏は全て移動体A上に存在する.

4.池溏の環境変化  

3本のコアの地質記載(層相変化)と14C年代4)から,3地点におおむね共通する環境変化が見いだされた.各地点とも深度約50~70㎝以下(年代換算で約3.1 cal ka BP~約1.6 cal ka BP以前)は砂礫層が連続して出現する.一方,それより上位では砂礫層から腐植を含むシルト層に変化し,地表に至る.移動体Aでは約3.1 cal ka BP~約1.6 cal ka BPまで斜面が不安定で植生が乏しかったが,その後,斜面は安定に転じて植生が侵入し,腐植を含む物質が堆積したことを示す.なお,HDBコア最深部から採取した腐植質シルトは約7.8 cal ka BPで,同地周辺にはこの時代に植生が侵入していた可能性が高い. 約3.1 cal ka BP~約1.6 cal ka BP以前の砂礫層の堆積には,地すべりによる斜面変動のほか,完新世後期の気候冷涼化による消雪の遅れとそれによる残雪砂礫地の一時的拡大(斜面不安定化)が関係したことが考えられる.また,HDBでは腐植質シルト層の堆積開始後も上方粗粒化を示す顕著な砂礫層が挟在され(年代換算で約2.6 cal ka BP~約1.6 cal ka BP),近傍の流路から高山土石流が池溏へ流入・定着したことを伺わせる.上高地の池溏・湿地の場合,八方沢より高標高にもかかわらず腐植質シルトの集積開始は3 cal ka BPより古い.北アルプス南部と北部で腐植質シルトの堆積開始に時間差がある要因が局地的な斜面変動によるのか,広域的な気候変動によるのかは今後の検討を要する.

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