主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2023年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2023/03/25 - 2023/03/27
井上円了(1858~1919)は哲学者,東洋大学の祖となる教育者として近代日本を支えた人物である。その特筆される業績として1990~1920年と長期に渡り日本全国(樺太,満州も含む)を巡講し,科学的思考についての社会教育に尽くしたことが挙げられる。その記録は「南船北馬集」東洋大学 編に収録されている。さらにその情報について三浦節夫2013が整理を行い平成25年時点での現在地名の比定作業を行い単純集計は行っているが,このような情報は地図化した上で地理学的視点をもって分析することでその意味をより深く理解できると考えられる。 そこで上記の情報をもとに巡講地情報をGIS化する作業を通じて,約100年前の位置情報をとり扱う際のテクニカルな諸課題の整理と,作成した地図をもとに巡講地の空間分布や巡講コースにあらわれる井上円了の計画,意図の客観的な評価を行う。あわせて円了の死去の翌年に行われた第1回国勢調査の市町村人口(密度)と対照し,当時の社会経済状況と選定された巡講地の空間分布について考察も交える。 1.開催地の同定の方法と技術的課題 三浦2013に表形式で収録された全巡講地のうち場所が確認できるのは3331件である。このうち当時の市町村名と国土数値情報で得られる(第1回国勢調査に基づいた)1920年時点での市町村リストとの対比を軸に位置確認を進めた。一方講演場所の正確な情報はないため全国レベルでの分析を想定して市町村代表点を宛てた。だが行政界と異なり当時の役場位置のデジタル情報は存在しない。人間文化研究機構の歴史地名データベースもそのままでは本作業には不適なため,同データベースの解説を元に,旧市町村名がよく残っている国土数値情報の郵便局位置データを主な手がかりに市町村代表点の同定を進めた。なお位置情報がこのような精度にとどまるため以下での移動距離は簡便に直線距離を用いている。 2.円了の巡講の実態 30年にわたり続けられた巡講の目標は時期によって変化があったとされる。当然,最初から初期から全国巡回を意図したものではなかったと思われるが,開催地間の間隔の取り方およびおおむね県単位で集中的に講演をするよう変化していったことから,三浦2013で指摘のある全市郡を踏破する目標は,明治30年代には設定していたとみられる。 結果的にほとんどの県については単発の講演を含めて一巡した後,より細かい単位でもう一巡した目標の変遷がデータ整理から明確に確認できる。そのため講演地間の距離(一日当たりの移動距離)で表現できる講演地間隔も中期以降かなり短くなり,密に講演を繰り返したことが確認できる。 3,開催地選択の特徴 巡講の趣旨から,講演地選択には地域の中心性の階層と立地に注目すべきと考えられる。当時の人口分布,産業構造と移動コストを考慮した際,中位の中心地と呼べる(市政を敷くには至らない)規模の大きな町村の存在感が際立つことをはじめ,円了の講演地選定行動を第1回国勢調査の市町村人口の分布に現れる当時の日本の人口バランスから説明することができる。