日本地理学会発表要旨集
2023年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 433
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エウダイモニック・ウェルビーイングの地理学
観光とアントレプレナーシップを中心に
*原 真志
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抄録

1.はじめに

 近年,わが国でもウェルビーイングに関する議論が盛んになっている(ウェルビーイングレポート日本版2022).アリストテレスなどギリシャ文化に起源を持つウェルビーイングには2つのアプローチがあり(図1),ヘドニック(快楽主義)アプローチは,短期的な幸せに焦点をあて,ウェルビーイングを喜びの達成と苦痛の回避と定義するが,エウダイモニック(幸福主義)アプローチは,中長期的に持続していく意味と自己実現に焦点をあて,ウェルビーイングを人が十分に機能しているかの度合いで定義する(Ryan and Deci, 2001).こうした流れの研究が2000年代以降英語圏で盛んであるが(Huta, 2015; Ryff, 2023),わが国では非常に限定的である(浅野他,2014; 岡部, 2015; アニーシャ & 鈎, 2020; Kono et al., 2018).コロナ禍で見られる生活や働き方に関する意識変化や脱東京の志向性などは,こうした視点からの分析が望まれると考えられる.本研究では英語圏における観光とアントレプレナーシップ(EP)を中心としたエウダイモニック・ウェルビーイング(EWB)の研究を整理し,地理学における応用の可能性を探ることを目的とする.

2.エウダイモニック・ツーリズム

 Filep et al.(2017)はEWBを観光に応用し,EWBをベースにポジティブツーリズムを位置づけている.Filep & Laing(2018)はポジティブツーリズムの研究動向を展望し,エウダイモニックな観光経験を推奨している. Lengieza et al.(2019)はエウダイモニックな旅行経験を測定し, Volo(2016)は島の住民のEWBへの観光の影響を検討している.他にもエウダイモニックとヘドニックの関係性を検討する研究が行われている(Lee & Jeong,2019; Su et al.,2020).

3.エウダイモニック・アントレプレナーシップ   

 Østergaard et al.(2018)はEPのプロセスにおけるEWBの次元を整理している.Wilkund et al.(2019)はEPとEWBの研究展望を行い,Shir & Ryff(2021)はEPが自己組織化するダイナミックアプローチを提示している.Ryff(2019)は起業とEWBに関する研究の方向性として(1)自律性,(2)多様性,(3)起業段階,(4)健康,(5)高潔性と悪質性の対比の5つをあげている.

4.エウダイモニック・ウェルビーイングと地理学

 地理学においてはWang & Wang(2016)による主観的ウェルビーイング研究に関する展望があり,Weckroth et al.(2015)は内生的成長との関連を,Weckroth and Kemppainen(2021)が都市-農村関係での研究を行っている.心理学から場所アイデンティティとEWBの研究を行ったものにBonaluto et al.(2016) がある.

5.おわりに

 Ryff(2023)は,コロナ禍の経験を踏まえたEWBの今後の研究発展の方向性として(1)不均等性,(2)アート,(3)アントレプレナーシップをあげている.EWBに関する今後の地理学研究としては,EWBの地理的差異の把握に加えて,観光や起業の成功への影響要因としてEWBがあり,そうしたEWBに影響を与える地域の様々な環境の特性とプロセスを解明することがあげられる.欧米文化の知的源流に関わるエウダイモニック概念は日本人には盲点だが,現代の世界や日本の状況に必要で重要な視点を提供するものであり,地理学研究の発展に寄与するものと考える.

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