日本地理学会発表要旨集
2023年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 107
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令和元年東日本台風における被災事業所の災害対応
長野商工会議所管内における状況
*内山 琴絵
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抄録

Ⅰ 背景

 本研究では,令和元年東日本台風において,長野県内で特に被害の大きかった長野市の被災事業所を対象として,その災害対応と課題を明らかにする.各事業所でみられた事業継続のための様々な対応を通して,事業所の地域防災に果たす役割という観点からも課題を整理する.

 令和元年10月12日~13日にかけて来襲した令和元年東日本台風では,とりわけ千曲川流域の被害が大きく,長野市穂保地区での千曲川堤防の決壊,堤防からの越流や内水氾濫による浸水被害が相次いで発生した.住宅・道路・ライフライン等の被害が広域に発生するなか,商工業関係では長野市で総被害額が712億4,000万円(長野県全体で817億4,400万円)にのぼるなど,工場・事業所を含む地域一帯で深刻な被害が生じた(長野市,2021).

Ⅱ 調査方法

 調査は,長野商工会議所管内の被災事業所に対して,アンケートによる質問紙調査およびインタビュー調査を実施しており,調査は継続している.アンケートは,令和元年東日本台風による水害で被災した長野商工会議所会員事業者のうち,グループ補助金等の支援を受けた150社に依頼し,そのうち47社から回答を得た(回答率31%).さらにこれまでに業種の異なる5社を選定しインタビュー調査も実施した.

Ⅲ 結果と課題

 アンケート調査では,被災した事業所の立地,事前の対策,被災状況および被災時の対応,BCP策定状況,復旧時期,復旧・復興期の対応と課題について伺った.このうち回答のあった事業所の多くは,施設の一部ないし全てが浸水想定区域であったにもかかわらず,事前に何らかの水害対策を施していた事業所は41%,BCP(事業継続計画)策定済みは全体で20%にとどまっていた.未だ多くの事業所で策定が進んでいない状況で被災したことが分かる.

1. 被害状況と事業再開

 被災直後の緊急対応として,事業所の被災状況に関する現場確認を行った事業者が全体の93.3%にのぼった.しかし,従業員の安全確認,取引先との連絡は各々48.9%,55.6%にとどまるなど,事業継続準備や従業員を守る対応が手薄であったといえる.

 廃棄を要する被害については,500万円未満が61.5%であったが,被害による廃棄額が1億円を超える事業所も複数あった.また復旧費用については1千万円未満が42.2%,1千万円以上5千万円未満が33.3%であり,1億円を超える事業所も10%以上存在している.そうした中で操業・生産活動の全面再開が令和元年中に行えた事業所は2割にとどまり,多くが翌年の令和2年中の全面再開であった.実際に,「復旧(片付け作業含む)するまでの時間と費用」,「生産活動の停止による顧客への製品供給の寸断」などの問題が被災直後に最も深刻であったという.

2. 災害時における地域との連携

 「被災直後に地域のために行ったこと」については,17社のみの回答であり,その内訳は情報・サービス提供が47%,敷地開放・物資提供が11.8%であった.また「復旧期に地域のために行ったこと」の回答はわずか15社であり,情報・サービス提供が33.3%(5社),敷地開放が26.7%(4社),物資の提供が20%(3社)であった.さらに,令和2年以降,新たに講じてきた対策として,住民や学校との連携等について尋ねたところ,回答のうち81.8%が「なし」であった.

 実際に復旧期においてトイレ,駐車場,工場内一部の提供,土砂の撤去,避難所における住民説明会の実施,地域住民の避難等といった対応を取った事業所もあった一方で,地域や学校,自治体との連携や対応について,事前,緊急時,復旧期,復興期のいずれにおいても取り組む事業所が少なかったことは課題点である.背景には,どのような事前の連携や事後の対応が必要なのか,なぜ必要なのかといったことに対する事業者の理解が不足している可能性があるため,事業継続に関わり地域防災への貢献が必要なこと,その内容の普及が重要である.今後,地域防災や学校教育を通じた災害対策に加えて,地域の雇用や経済を担う企業の災害対策の実施と支援の充実が,より一層重要となる.

謝辞

 アンケートの実施にあたり,ご協力いただいた長野商工会議所および会員事業者に感謝申し上げます.本研究は,北陸地域づくり協会「国土の利用・整備・保全に関する資料等収集整理事業」および公益財団法人 河川財団の河川基金助成事業によって実施した.

文献

長野市2021.『令和元年東日本台風 長野市災害記録誌』

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