日本地理学会発表要旨集
2023年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 450
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VRとメタバース技術を活用したフィールドワーク教育の効果と課題
*山内 啓之飯塚 浩太郎小倉 拓郎小口 高鶴岡 謙一早川 裕弌
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抄録

地理的事象の効果的な教育には,野外巡検やフィールドワークが有用である。しかし,移動のコストや安全性などの問題により,野外での教育が十分にできない場合もある。そこで,現地で撮影した映像や,二・三次元表示のGISを用いた擬似的な野外体験の手法が考案されてきた。これらの手法は比較的低コストで授業が実施できるというメリットをもつが,実際の野外での自由な散策や,地理的事象の詳細な観察は難しいという問題もある。

 他方で近年では,ゲームの分野を中心にHMD(Head Mounted Display)を用いたVR(Virtual Reality)の利用が進んでいる。筆者らは,これらのVR技術を地理教育に応用することを目的に,三次元地理空間情報で現実を再現したデジタル空間を構築し,その中で散策行動の疑似体験が可能なVRアプリケーションの開発とその体験会を実践した(山内ほか2022)。本VRアプリケーションは,野外教育の疑似体験に有効な可能性を示したが,個人で体験する仕様であるため,他者との交流によって得られる知見などを体験者が獲得できないといった課題もある。

 一方で最近では,VR空間内でも他者との交流が可能な「メタバース」(Metaverse)の概念と関連するVRの社会実装が進みつつある。メタバースでは,自身をアバターとして再現することにより,現実と同等あるいは現実の制約を超える交流や体験などを楽しむことができる。実際に,メタバース型のプラットフォームを活用した学術イベントも実践されており,地理教育の分野でもその活用が期待される。そこで本研究では,メタバース環境でフィールドワークが疑似体験できる教材を構築し,その体験会や地理学分野の授業(以下,本教育実践と記す)を実践した(図1)。

 フィールドワークの対象は,千葉県の屏風ヶ浦とした。VR空間に屏風ヶ浦の一部を再現するため,銚子市小浜町南部の海食崖で小型無人航空機を用いた写真測量を実施した。この場所では海側の消波堤の有無によって異なる地形変化を観察できるため,地形の学習に適していると考えられる。取得した3Dモデルからノイズの除去などをした後,実寸大の地形を観察できる空間をゲームエンジンのUnityで作成した。続いて,体験者が屏風ヶ浦の地形を学習できるように,地形の解説文をまとめたパネルや,現地で撮影した写真,動画,地層の3Dモデルといったオブジェクトなどを配置する空間を作成した。体験者が両空間をボタンで移動できるように設定し,メタバースのプラットフォームのVRChatにアップロードした。

 本教育実践は,VRを用いた学術交流イベント(バーチャル学会2021,2022,第25回VRC理系集会)で3回と,国際協力のための人材育成を目的とする大学の講座で1回の,計4回行った。本教材の評価のために各回の状況に応じて,体験の感想などを回答してもらうアンケート調査や,YAIBA(https://github.com/ScienceAssembly/YAIBA-VRC)を用いたVR空間での体験者の行動ログの分析を行った。アンケートでは,教材が多くの体験者に充実した学習を提供できたと推察できる結果が得られた。行動ログからは,海岸侵食の地形を観察する人が多かったが,消波堤内の堆積地形の崖錐を観察する人も一定数いたことがわかった。

 メタバースを活用したバーチャルなフィールドワークは,距離的制約を超えて複数人で地形景観をよく再現したVR空間に入ることができ,専門家とも直接交流できる点に有用性があると考えられる。一方で,各ユーザーのインターネット環境の状況によって,機器などの問題で体験中に突然ログアウトしてしまうユーザーが発生するといった問題もあった。本教育実践のようなバーチャルなフィールドワークについての知見は少数であるため,問題点を整理,共有して授業実践のためのノウハウを蓄積することが重要である。

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