日本地理学会発表要旨集
2023年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 644
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編集される世界旅行
写真家田沼武能の旅行記作品の分析
*成瀬 厚
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抄録

旅行記はプトレマイオスの時代から地理学にとって欠かせないものである。日本の地理学でも金坂清則のイザベラ・バード研究をはじめとして,旅行記を扱った研究は少なくない。文学研究・批評分野でも旅行記は関心を集め,トラベル・ライティング研究が進展している(舛谷 2019)。この動向はポストコロニアル批評に多くを負っているが,そこに寄らない現代旅行記を対象とする研究もおこなわれている。 本報告では,報告者が継続的に研究してきた写真家,田沼武能による写真付きエッセイ集を旅行記として解釈することを目的とする。田沼は日本の海外渡航が自由化された1964年に開催された東京オリンピックでの仕事をきっかけに,1966年に米国タイム・ライフ社の契約カメラマンとなり,世界中で取材・撮影を行うようになった。 本報告で分析対象とした作品を表1に示したが,田沼は1980年代から1990年代にかけて大手出版社のシリーズを利用して,写真付きエッセイ集を出版している。本報告では,記載される訪問国・地域,訪問年と出版年,掲載写真などについて,日本における海外渡航の時代的な状況からそれらを分析した。 船と鉄道による1957年のモスクワ訪問から始まる田沼の旅は,当時の日本人にとって珍しい海外旅行として語られた。日本での海外渡航自由化以降もタイム・ライフ社に依頼された取材旅行は一般の観光旅行とは異なるものだった。1972年にタイム・ライフ社との契約は解消され,田沼の眼は徐々に彼のライフワークである子どもたち(成瀬 1997)に向けられるようになる。日常生活の姿から祭りや教育現場など,世界中で力強く生きる子どもの姿を蒐集するように,旅は続き,撮影・記録され,エッセイ集として,読者が世界旅行を追体験するように編集された。最新の中学校地理教科書では,世界を六つの州に区分し,アジア-ヨーロッパ-アフリカ-北アメリカ-南アメリカ-オセアニアという順序で構成されている。しかし,過去の教科書や本報告で対象とするエッセイ集の順序は異なっている。一筆書きで世界地図を辿るという基本は共通するが,その差異についても考察した。

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