日本地理学会発表要旨集
2023年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 332
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別府市における多文化共生型ステューデンティフィケーション
*中澤 高志
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抄録

Ⅰ プロジェクト全体の問題の所在 人口減少と労働力不足に直面している日本では,外国人労働力に対する期待と不安が共存している.その期待と不安は,政府があくまでも移民ではない形で労働力を輸入し続けていることに表れている.そうした社会の期待と不安や,政府の労働力政策の現状とは離れて,自らの意思に基づいて日本で学ぶ留学生は,現に多数存在する.一連のグループ発表は,多様な空間スケールにおける社会環境の下で,モビリティを生きる主体としての留学生がいかなるライフコースを編成しているのかを明らかにすることを目的とする研究プロジェクトの成果の一端である. 本プロジェクトは,2つの領域からなる.第一は,別府市におけるX大学開学後の空間・社会の変容と,留学生の生活空間・生活経験に関する領域である.これは,留学生のライフコースの編成を,別府というローカルを起点としてナショナルからグローバルにまたがる重層的な社会環境に位置付けて理解する問題意識に立脚しており,中澤報告はこの領域の大枠を提示する. 第二の領域は,留学生のライフコースを国籍別に把握し分析するものである.日本への留学および留学後のライフコースに関する意思決定は,それぞれの国における留学および留学先としての日本の意味づけや評価に大きく左右される.松宮報告は,日本への留学のもつ意味がモンゴル社会において変化してきた経緯に力点を置いた分析である.森本報告は,近年増加が著しいネパール人留学生について,留学生送り出し機構や留学生内部の差異(大学と日本語学校教育機関など)に言及しつつ,モビリティを生きる主体としての側面に焦点を当てる. 2つの領域における研究は,教育に関連するモビリティ一般へと研究を展開していくための起点をなす.その展開を先取りした申報告では,ニューヨーク駐在を子弟教育の好機としながらも任期終了後の教育の見通しがつかないという,韓国人駐在員の葛藤状態が分析される. Ⅱ 留学生の増大とステューデンティフィケーション  2000年に開学したX大学は,国内/留学生,日本人/外国籍教員の割合が約半々で,英語による学習で学位が取得できる新しいタイプの大学である.700人程度であった別府市の外国籍人口はX大学の開学を契機に激増し,ピーク時の2010年には4,500人超,留学生数は3,500人超に達した.X大学の学生の半数は留学生であり,国内学生の大半も下宿生である.別府市では,住宅をはじめとする学生の生活需要を満たすために,都市が空間的にも社会的にも変化するステューデンティフィケーションが発生したのである.  X大学の留学生は,1回生時は別府を見晴らすキャンパスに隣接する寮で集団生活をし,2回生になるとここを出て市街地(「下界」)に移り住む.留学生は基本的に公共交通に依存しているため,居住地は大学に向かうバスルートに規定される.バスが高密度で運行し,重要な生活インフラであるととともにアルバイトの機会でもあるロードサイド店舗が数多く立地する国道10号線沿いは,特に人気の居住地である.  X大学開学以降,別府では学生向けワンルーム物件が数多く建設されたが,週28時間という就労時間制限の中で自活を迫られている留学生にとって,約4万円の家賃負担は重い.そこで,物件をシェアすることで,家賃を節約している留学生が多い.「下界」での留学生の流動性は比較的高く,一人暮らしからシェアへの移行やその逆も頻繁に行われている. Ⅲ 多文化共生・国際観光都市としての別府  別府では2010年ごろからのインバウンドの拡大により,低迷していた観光業が復興の兆しを見せ始めた.ここにX大学開学を契機とする社会変容が重なり,別府は伝統的温泉地から多文化共生・国際観光都市としてのアイデンティティを獲得するに至った.留学生は,インバウンドで活性化した観光業を支える重要な労働力でもあり,宿泊施設や飲食店でのアルバイトを通じて日本語経験を積んでいく.日本語が苦手でも,布団の上げ下ろしなど,裏方のアルバイト機会も数多くある. X大学では,90カ国から来日した留学生が学んでいる.それは,建学の理念を実現した成果であるとともに,二国間関係の悪化といったリスクを分散するための戦略の帰結でもある.別府最大の宿泊施設であるSホテルは,こうして獲得された留学生の文化的多様性を積極的に活用し,主要言語に限らない多言語対応を可能としている.Sホテルで働くX大学の留学生は多く,マイクロバスがキャンパスまで学生アルバイトを迎えに来る. 2023年度には,X大学に観光系学部が新設される.ここで育成される文化的多様性に富んだホスピタリティ人材が,多文化共生・国際観光都市である別府にどの程度根付くか注目される.

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