主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2024年日本地理学会秋季学術大会
開催日: 2024/09/14 - 2024/09/21
Ⅰ.はじめに 2018年施行のいわゆる「地方大学振興法」や2020年度から文部科学省が実施している若者の地元定着と地域活性化を推進する教育プログラム「大学による地方創生人材教育プログラム構築事業」の例のように,若者の地元進学に社会的関心が近年一層高まっている(遠藤 2019;田澤 2023).大学進学における地元選択の傾向には,時系列的変化をともないながら,地域差やジェンダー差があることが指摘されている.地域差については,三大都市圏中心部や地方中核都市を抱える道府県で比較的高く,沖縄県を除く地方圏で比較的低いものの,1990年代以降は地方圏でも地元選択の傾向が高まっている(川田 1992;清水・坂東 2013;山口・松山 2001).ジェンダー差については女子が地元進学を選択することが多く(日下田 2006),中国・四国・九州地方でよりその傾向が強く表れている(村山 2007).先の政策が大学進学の際の地域移動に影響するならば,最近の男女差は縮小するなどの変化がみられると考えられる.そこで本研究では地元進学のジェンダー差の推移とその地域差を統計的裏付けに基づいて明らかにする.
Ⅱ.分析データ 本研究で用いるデータは,文部科学省(文部省)『学校基本調査』における「出身高校の所在地県別入学者数」である.このデータより,地元進学の一指標とみなすことができる残留率を求めた.残留率は文部科学省の定義などに倣い,当該都道府県の高校を卒業して大学に入学した者のうち,当該都道府県に所在する大学へ入学した者の割合である.対象期間は男女別・都道府県別集計が公開されている1974~2023年として,1年単位で分析した.
Ⅲ.男女別残留率の全国推移 50年間の平均残留率は男性37.8%,女性44.3%で,女性のほうが有意に高い.女性の残留率は45%以上であったが,1987~2008年にかけてそれを下回り,40.1%と期間最低であった1997年以降は上昇に転じて,2009年には45%まで回復して,2021年には期間最高の47.4%まで上昇した.残留率の時系列的変化の特徴をとらえるために,行に都道府県を,列に対象期間の年次を配した残留率のデータに対してクラスター分析(ウォード法)を実施した.その結果,女性については,1974~1987年,1988~2008年,2009~2023年の三期に分けて解釈することが可能である.この結果は,日下田(2020)による大学進学率の変動に基づいた時期区分と重複するところが多く,女性は大学進学する際に,地元を選択する傾向があることが示唆される.また先述の地元進学を促す施策が,時期を分かつほど明確な結果を生んでいないようにみえる.男性の残留率の推移は女性と似ているものの,女性と同様のクラスター分析の結果によれば,1974~1996年と1997~2023年の二期で解釈することが妥当であって,女性の結果と一致しない.
Ⅳ.男女別残留率の地域差 50年間の平均の男女の空間的パターンはよく似ている.各年の残留率の分布パターンをローカルモランI統計量に基づいて判読すると,男女ともに1970年代末から2000年代にかけて愛知県が周辺よりも例外的に高く,男性については広島県も1980~2000年代を中心に同様の特徴が認められる.一方で,女性は1975~2004年に新潟県を中心とした低値のクラスターが形成されており,最近の分布パターンは男女ともに不明瞭となってきている.
また東京圏のほか,北海道や新潟県,静岡県,愛知県,岡山県,広島県といった政令指定都市を抱える道都県では,男女の残留率に高い正の相関が認められる.一方で兵庫県や奈良県など6県は負の有意な相関が認められており,男女の地元進学の傾向には大きな地域差が存在する.
Ⅴ.残留率の男女差の空間的パターン 50年間全ての年で女性の残留率のほうが高いのは中国・四国地方をはじめとする地方圏を中心に22都府県に留まる.一方で25年以上男性のほうが高い府県が6つあり,このうち有意に高いのは大都市圏に位置する千葉県と神奈川県,大阪府である.各年の残留率の男女差の分布パターンをローカルモランI統計量に基づいて判読すると,高値のクラスターは1990年代にかけては中国・四国地方にみられるが,2000年代になると九州地方へシフトする.1990年代中頃から2000年代後半にかけては,新潟県と富山県,長野県を中心とした中部地方に低値のクラスターも現れることによって,「西高東低」パターンとなる.しかし2010年代以降はこのパターンが崩れるなかで,2020年からは東京都が近隣と比べて女性のほうが例外的に高くなっていくといった,それまでにない特徴が現れており,先述の施策の効果は地域によって異なる可能性をうかがえる.