市町村合併後のコミュニティ・ガバナンスの仕組みの空間構造

抄録

Ⅰはじめに　2000年代以降，地域自治組織や地域運営組織と呼ばれる，小学校区など，基礎自治体内の部分地域において，議論や意思決定を行ったり，当該地域に関わる取り組みを行ったりするための，一定の代表性を備えた公的な仕組みを導入する動きが目立つようになっている．このような動きは，広義の自治体内分権の展開と捉えることができよう．以下，本報告ではこのような仕組みを，コミュニティ・ガバナンスの仕組みと呼ぶ．

コミュニティ・ガバナンスは全国各地において，多様な展開をみせている．たとえば機能面に目を向けると，協議機能と実施機能とに大別することができるが，片方の機能を有する仕組みも双方を有する仕組みも存在する（金川2021）．また，設置根拠に着目すると，法律を根拠とするものや，条例や要綱などに基づく自治体独自の仕組みによるものがある（森2018）．

近年みられるようなコミュニティ・ガバナンスの仕組みの中には，従前より存在するものもある．他方で2000年代以降，コミュニティ・ガバナンスの仕組みの急速な普及がみられる．その主な背景として，第1に「平成の大合併」を挙げることができる．合併により住民と行政との地理的・心理的距離の拡大が懸念される中，周辺地域の意思を反映したり，住民の生活領域と広域化した基礎自治体の自治領域・行政領域との乖離を埋めたりする手段として検討されるようになった（石崎2006, 岡田2006）．そして第2には，形骸化が進む地域住民組織が担ってきた機能や，高齢化や人口減少に伴い脆弱化が指摘される集落機能を維持や拡充する手立てとして，仕組みの導入が進むようになったことが指摘できる．地域住民組織や集落機能の維持や拡充をめぐっては，2000年代中ごろから，国による推進政策もみられる（金川2021）．

本報告では，コミュニティ・ガバナンスの仕組みの特に空間的側面に着目する．たとえばコミュニティ・ガバナンスの地理的単位をみると，小学校区を単位に設置されるケースが39.9 %と比較的多いという傾向があるものの（Maeda 2020），様々なケースが存在する．また，小学校区をはじめ，行政区域等の広さや意味は地域によって異なる．

本報告では，市町村合併を経験した自治体に焦点をあて，コミュニティ・ガバナンスの空間構造とそれを支える組織や社会関係の特徴について検討していく．具体的には，新潟県長岡市と岩手県陸前高田市の事例を取り上げながら考察していく．

Ⅱ事例　現在の新潟県長岡市は，2005～2010年にかけて1市7町1村を編入合併して成立した．市町村合併前の旧市町村の声を市政に反映するために，2005年に条例により，協議機能に特化した地域委員会制度が導入された．同委員会は，支所と同様に旧長岡市を除いた旧市町村単位に設置され，支所と地域委員会によって編入地域の地域自治を担う体制がとられた．他方の旧長岡市エリアでは，合併に先立って，2004年に小学校区を単位に市内31地区に，コミュニティセンターとともに，より実施機能に力点が置かれたコミュニティ活動推進組織が設置されていた．上述の地域委員会制度は，概ね合併後10年間を想定して導入されたものであり，2022年度で廃止された．この間，編入地域においては，旧市町村単位でコミュニティセンターやコミュニティ活動推進組織の設置が進められており，地域委員会廃止後のコミュニティ・ガバナンスは，同組織に移行した．現在の長岡市では，全域で同一の仕組みとなっているが，旧長岡市と編入地域とでは，地理的単位とともに役割や機能等にも差異があると考えられる．

一方の岩手県陸前高田市は，1955年に3町5村が合併して発足した．その後1980年に，コミュニティ・ガバナンスの仕組みである，コミュニティ推進協議会が設置された．同協議会は，コミュニティセンターを活動拠点とした，協議機能と実施機能を有した制度であり，旧町村をベースに市内11地区に設置されている．同市では沿岸部を中心に，東北地方太平洋沖地震により甚大な被害が生じた．大規模な復興事業の一方で，コミュニティ・レベルの問題にも対応するべく，2019年に，各地区年間500万円を限度額とした，一括型地域交付金制度が導入された．同交付金は，各地区のコミュニティ推進協議会において使途が議論・決定されている．その際，各地区内の町内会や集落が公平に恩恵を受けられることが重視されるなど，同市のコミュニティ・ガバンナスにおいては，地区内のよりミクロな部分地域の意味が大きい．

Ⅲおわりに　報告では，上記の事例を取り上げながら，コミュニティ・ガバナンスに関して，①自治体内において，必ずしも一様なかたちで展開されているわけではないこと，②より意味のある地理的単位の住民組織の役割が大きくなる点をはじめとする諸特徴について確認していく．