主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2024年日本地理学会春季学術大会
開催日: 2024/03/19 - 2024/03/21
I 研究の背景と目的
現代日本の中山間地域における主要な問題の1つに,自家用車の自由な利用ができない者の移動手段や移動機会の確保の問題がある.公的部門は,事業者に対する補助金を交付してサービスレベルや路線の維持を図る,自身を運行主体とする代替の交通サービスを提供するなど様々な対策を行ってきたが,根本的な問題解決には至っていない.こうした問題に関しては,実際に施策が行われている各市町村(あるいは旧市町村)を事例として取り上げ,現状や成果,課題について明らかにする研究が進められてきた.しかし,地域住民の移動手段・移動機会の確保が局所的問題でないことは広く認識されている一方で,課題や対応の現状を単独市町村よりも広い範囲で把握する試みは不足している.本研究では利用可能性(availability)に着目し,長野県における振興山村指定地域における公共交通サービス供給と利用可能性の実態を,GISを用いた分析から明らかにする.
II 分析手法
山村地域の公共交通の主たる担い手であるバスに関するGISデータは長らく更新されておらず,研究の可能性が極めて限られていたが,2023年に国土数値情報バス停留所データの更新が行われ,2022年作成のデータの入手が可能となった.また,人口データに関しても国勢調査基本単位区境界データのオンライン公開が始まり分析が容易となった.本研究においては,国土数値情報バス停留所データと自治体公開の自治体が供給する交通サービスの情報(2023年10月時点)を中心に,長野県内振興山村指定地域で供給される乗合交通について,デマンド交通に関しては供給範囲のデータとして,定時定路線の交通に関しては停留所データとして整備を行った.定時定路線の停留所データから経路距離バッファを発生させ,デマンド交通供給範囲と合わせ,乗合交通の利用可能な地域のデータとした.このデータと2020年国勢調査基本単位区データを重ね合わせ,利用可能性に関する分析を行った.またタクシーに関しても,最新年次のタウンページを基に事業者の拠点に関するデータを整備し,経路距離バッファを発生させることで利用可能性に関する分析を行った.なお,ネットワークデータは数値地図(国土基本情報)に収録されている道路中心線データを用いた.なお,本分析の途上において,国土数値情報におけるバス関連データには,データ整備上の問題点が複数観察され,自治体公開のデータや過去の停留所データを参照し,対応を行った.このデータ整備上の問題および背景に関しては別の機会に報告を行う予定である.
III 分析結果
乗合交通について,歩行可能距離を1000mとした場合の人口カバー率は99.81%となり,ほぼすべての国勢調査基本単位区で乗合交通が利用可能と判断できる.さらに,カバーされない基本単位区は,スキー場や山岳観光地が中心の基本単位区,居住型福祉施設のみ存在すると考えられる基本単位区,がほとんどであり,これらに該当しない基本単位区の人口は10に過ぎない.縁辺部の集落であっても一般の住宅が存在する集落に対しては,現状としては何らかの乗合交通が供給されることがほとんどであると言える.ただしこの分析においては,運行頻度や時間帯を捨象しており,サービスレベルが捨象されている点に注意が必要である.こうした点を踏まえると,移動手段の確保の必要性に関しては実務上の合意があり,移動手段・移動機会の確保に関する問題の焦点は,保障すべき移動機会と現実の供給実態の関係性,民間サービス縮小時の公的部門による供給への移行の問題,公的部門による供給の安定性(特に財源やノウハウ)の問題,にあるように思われる.一方で,タクシーに関しては事業拠点が都市部に集中していることから,利用可能性の低い基本単位区が多く検出された.また,こうした基本単位区は,自治体が供給するデマンド交通の供給範囲に含まれないことも多く,時間帯や経路が比較的自由なタクシー型交通の利用可能性が極めて低い地域があることが明らかとなった.