日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 516
会議情報

「退耕還林」政策後の黄土高原における農村の変容
―陝西省呉起県李溝村の事例―
*李 為霖
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

1. 背景と目的

 黄土高原では,土地劣化を緩和させるため,1998年から,25度以上の急斜面耕作地を放棄して植林する「退耕還林」プロジェクトが開始された。同時に,「改革開放」政策以来の内陸部と沿岸部の経済格差を緩和し,植林地管理の主体となる農家が持続的に植林地を管理できるよう,農村開発が進められた。これまで,植林の進行にともない,作付けされた農産物の変化や農村経済の変容が研究された。しかし,対象地域は,元々農業生産に適した地域が主であり,検討された時期は,退耕還林初期や,2015年までの第一期末期に集中していた。原ほか(2017)は退耕還林以後,河岸地域におけるトウモロコシ栽培とビニールハウス栽培の経済効果を検討し,丘陵奥地が経済的劣位にあることを指摘した。本研究は,丘陵奥地において,2015年に退耕還林第二期の事業が開始以後も含め,農家の所得向上が達成しているか,明らかにすることを目的とした。

2. 対象地域と研究方法

 陝西省呉起県では,退耕還林が最も推進された。対象地域である李溝村は,長官廟鎮という呉起県を構成する九つの郷鎮の一つに位置している。地形的には黄土丘陵の奥地,標高1,300m~1,750mにある。2023年現在高齢化率が42.5%であり,30歳以下の人口は皆無に近い。

 本研究は,退耕還林前後における農家生業構造の変化,2023年現在の土地利用,世帯経済を明らかにするため,李溝村の中にある興庄湾と李溝組という二つの集落にて聞き取り調査した。さらに退耕地における植生の種類やその経済的効果を考察した。

3. 結果と考察

 丘陵奥地に位置する二つの集落では,いずれも退耕還林政策の影響を受け,主な農産物が従来のコムギ,ソバなどの穀物生産からより経済的効果を持つリンゴ栽培に変化した。さらに退耕地に植えられているヤマアンズやヤマモモなどの果実を収穫することにより,農家の所得向上が見られ,人為的な植生回復と生活の質向上が同時に達成されていることも明らかとなった。

 リンゴ生産について,従来経済的劣位にある山頂台地に位置する興庄湾ではリンゴ栽培に適した自然条件を持ち,その産業の発達により農家所得の向上が見られた。一方,従来経済的優位にある河岸地域に位置する李溝組では,リンゴ生産の発展が遅れ,リンゴの耕作放棄地が増加した。その結果,産業発展に適した自然条件を持つ興庄湾の農家平均収入が李溝組を上回った。

 つまり,退耕還林後,経済的優位性を持つ地域は,単に地形や水文など自然的な条件だけでなく,自然条件や社会条件に適した新たな代替産業の開発を行うことで,従来貧困であった集落においても経済的優位性を持つことが可能になったといえる。

                参考文献

原 裕太・浅野悟志・西前 出 2017. 黄土高原・陝西省呉起県農村における河岸地域の経済的優位性:呉倉堡郷の行政統計表を用いて. 地理学評論 90A:363-375.

著者関連情報
© 2024 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top