日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 804
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植生帯境界域における森林動態と樹木の空間分布パターン
*吉田 光翔吉田 圭一郎武生 雅明磯谷 達宏
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抄録

I はじめに

近年,気候温暖化に伴う植生帯の移動が空中写真判読や分布予測モデルによって報告されている.その一方で植生帯移動には地域差があり,実際の植生帯移動はモデルによる予測とは移動の方向や速度が異なることが指摘されている.これは種組成や立地条件によって植生帯境界域の森林動態が異なるためだと考えられ,植生帯境界域における森林動態について研究の蓄積が必要である.

植生帯境界域では生育形の異なる樹種が混交林を形成していることから,構成樹種間の競合関係が森林動態に強く影響を与えていることが予想される.樹木は種間・種内競争のような生物的要因と地形や土壌といった非生物的要因の影響を受け,空間的に不均質な分布パターンを取ることが知られている.したがって,樹木個体の分布パターンから構成樹種間の競合関係を推測することが期待される.

そこで本研究では,暖温帯常緑広葉樹林―冷温帯落葉広葉樹林の境界域に位置する函南原生林において17年間の長期森林動態を明らかにした.また常緑広葉樹と落葉広葉樹の競合関係を明らかにするため,樹木個体の空間分布の解析を行った.

II 調査地と手法

調査地は箱根外輪山の鞍掛山の南西斜面に広がる函南原生林(223 ha)である.林内は標高傾度に沿って常緑広葉樹林(アカガシが優占)から落葉広葉樹林(ブナやイヌシデが優占)へと推移する植生帯境界を成している.

函南原生林内の標高700 m付近の北向き斜面に1 haの方形区を設置し,2005~10年と2014~15年,2020年に胸高直径(DBH)が5 cm以上の個体を対象として毎木調査を実施した.2022年にはDBHが2 cm以上の個体について同様の調査を実施し,樹木の空間分布を解析するため,根元位置を記録した.取得したデータを用いて,非定常ポアソン過程に基づくRipleyのL関数を算出して樹木の空間分布の解析を行った.

III 結果と考察

函南原生林の植生帯境界域では17年間で落葉広葉樹の個体数は減少し,胸高断面積合計も減少していた.樹種別では常緑広葉樹のアカガシは継続的に更新してきた一方で,主要な落葉広葉樹(ブナ,ケヤキ,ヒメシャラ,イヌシデ)はほとんど更新が進んでいなかった.これらの結果は,植生帯境界域が常緑広葉樹の優占する森林へと変化しつつあることを示唆している.RipleyのL関数によれば,大きなサイズクラスの常緑広葉樹と相対的に小さな落葉広葉樹とは互いに排他的な分布傾向になっていた.これは,函南原生林の植生帯境界域における常緑広葉樹と落葉広葉樹との競合関係では常緑広葉樹が相対的に優位になっており,落葉広葉樹の空間分布を既定する要因となっていることを示している.また常緑広葉樹と落葉広葉樹との種間競争は,函南原生林の植生帯境界域における長期的な森林動態に影響を及ぼしており,落葉広葉樹林から常緑広葉樹林への植生変化を引き起こしている可能性があると考えられた.

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