日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 414
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ネパール,サガルマータ国立公園・クムジュン村における牧畜の現状
*佐々木 美紀子渡辺 悌二
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抄録

はじめに 牧畜業は人間と山岳環境のかかわりを強めるもののひとつである。世界の多くの山岳地域で実施されている牧畜業であるが、ネパールのサガルマータ国立公園も、それが実施されている代表地域である。サガルマータ国立公園では、近年登山・トレッキングの中心地として観光開発が急速に進んでおり、シェルパが長年行ってきた牧畜業がその影響を大きく受けた(Stevens 1993)。観光客の荷物を運ぶ荷役獣としての役割を担うオスヤクが集落周辺に長期的に配置され、ナク(メスヤク)を中心としたかつての放牧パターンが縮小したと言われている (Brower 1991)。しかし、これまではナクを中心とした伝統的な放牧パターンのみが注目され、近年になって誕生したとされる「新しい放牧形態」(Brower 1991)はじゅうぶんには明らかにされていない。本研究では、観光開発の外圧によるシェルパを中心とした牧畜業の変容をみるべく、現在の放牧パターンを明らかにすることを目的として社会調査を行った。古くから牧畜業が盛んであった村の一つであるクムジュン村を対象とし、2022年11月にこの村の家畜飼育者28人に対してインタビュー調査を実施した。家畜の頭数 村に登録された家畜数データによると、2019〜2020年のクムジュン村の家畜頭数は、ヤク156頭、ナク115頭、ゾプキョ53頭、ゾム27頭、メスウシ82頭、オスウシ23頭、合計456頭(ウマとミュールは除く)であった。家畜の移牧の現状 クムジュン村で現在実施されている放牧に関し、家畜がクムジュン村に滞在する期間の長さを長期(5か月以上)と短期(5か月以内)の2つに分けて考えてみることとした。クムジュン村に長期的に(5か月以上)滞在する家畜数は110頭・6世帯(以降長期滞在組と呼ぶこととする)、短期的に(5か月以内)滞在する家畜数は少なくとも124頭・18世帯(以降短期滞在組と呼ぶこととする)であった。ただし、1世帯(合計53頭所有)は例外的に、家畜の種類に応じてクムジュン村に長期的にも短期的にも滞在していた。家畜の村滞在期間 長期滞在組において、クムジュン村での滞在期間は最短8か月、最長10か月、平均9.1 か月であった。一方短期滞在組は、最短0か月、最長4か月、平均1.6か月と大きく異なった。家畜のクムジュン村での平均滞在期間は、短期滞在組と長期滞在組で7.5か月と半年以上も差があることが明らかになった。家畜の年間の動き クムジュン村での放牧に関し、家畜の年間の動きにおいては、長期滞在組と短期滞在組でナワ制度実施中はすべての家畜がクムジュン村に滞在しないという事は共通していたが、この期間以外では特徴が分かれた。なお、ナワ制度とは、村の畑を食害から守るために家畜が村に滞在できる期間を規制する制度を指している。まず、短期滞在組に関しては世帯によって、滞在している標高も、期間も、時期も異なっており、多様な動き方が見られた。ただ興味深いことに6世帯の内5世帯は、1~4か月ほど家畜をクムジュン村に下ろしていることが共通して見られた。一方で長期滞在組は、5月中旬から7月中旬の間にすべての家畜がクムジュン村から出ており、平均2か月ほど放牧地に滞在した後、8月から10月中旬の間にクムジュン村に戻ってきていることがわかった。家畜の構成 頭数は異なるが、オスの家畜とメスの家畜両方を数頭ずつ所有する世帯が短期滞在組、長期滞在組のどちらにも含まれていた一方で、長期滞在組にはさらにオスの家畜のみ(荷役獣)を所有する世帯、ウシのみを所有する世帯が含まれていた。終わりに これまでは、クムジュン村の牧畜業において、メスヤクを使った伝統的な放牧形態が注目をされてきたが、今回は観光開発が急速に展開されてから懸念されるようになった、「村に長期的に滞在する放牧形態」に関する実態を把握することができた。そこでは、ナワ期間を避ける動きを把握することができた。ただ、この「村に長期間滞在する放牧形態」に関わる家畜の頭数と、これまでの「伝統的な放牧に関わる放牧」の頭数はおおよそ同じであり、果たして先行研究で懸念されるほどの影響が村周辺で起こっているかどうかは現段階では不明である。また、村に長期滞在する家畜種としては、観光に利用される荷役獣のほかに、ウシの存在も大きく、「村に長期的滞在する放牧形態」が存在する背景には、「観光」以外の要因も考えられる。

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