日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 811
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白馬連山,杓子岳における近年の岩壁の削剥過程
*杉山 博崇奈良間 千之
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抄録

1.はじめに

 高山帯における落石や岩盤崩落などの急速なマスムーブメントは,高山景観を変化させる重要な地形形成プロセスであるとともに,災害を引き起こす要因となる(Varnes,1978;Rosser et al., 2007).飛驒山脈の後立山連峰に位置する杓子岳では,2005年に2名の死傷者を出した崩落が生じた(苅谷ほか,2006).このような登山事故を減らすには,中部山岳の岩壁の削剥過程の理解を深める必要がある.

 苅谷ほか(2006)は,杓子岳北東面に節理の粗密があることから,節理密度に依存した差別的な削剥(岩船,1996)の可能性を示唆した.しかしながら,現地踏査の困難さから,中部山岳では崩落前後の節理密度や引張亀裂を含む削剥過程の観察は限定されており,長期のモニタリングもほとんど実施されていない.

 そこで本研究では,杓子岳北東面の岩盤斜面を対象に3D点群データを用いた地形解析をおこない,1976年~2023年の47年間の削剥過程を明らかにすることを試みた.

2.地域概要

 杓子岳北東斜面の天狗菱北側の岩峰は,新第三紀中新世に白馬岳層に貫入した珪長岩で構成される(中野ほか,2002).また,珪長岩は変質の程度によって強度に違いがあるものの,節理が発達し崩れやすく,2005年に2名の死傷者を出す崩落が生じた(目代,2005;小森,2006).本研究室が白馬岳頂上宿舎(2730 m)に設置した気温計は,2021年9月1日~2022年8月31日に年平均気温-1.6℃を記録した.

3.研究手法

 2005年に生じた杓子岳北東面の天狗菱北側の岩峰を対象に,SfM-MVSソフトのContext Capture(Bentley Systems社製)を用いて,空撮画像から3D点群データを作成した.使用した画像は,1976年(国土地理院)と2004年(林野庁)の空中写真,2015年~2023年にかけて研究室がUAVやセスナ機で撮影した空撮画像である. 節理密度による削剥速度の違いを明らかにするため,対象域において,傾斜と方位がほぼ同じだが節理密度に違いがある岩壁①と②(②は2005年崩落箇所)を対象に節理密度と削剥過程を調べた.ArcGIS(Esri社製)で2019年の岩壁のオルソ画像を用いて,1mメッシュにかかる節理数から節理密度を算出した.岩盤の地形変化については,Mierre(中日本航空)を使用し,多時期の3D点群データの比較から変化量を算出した.

4.結果

 岩壁①では,1976年~2023年にかけて継続的に削剥が生じ,岩壁は約20m後退した.2015年~2016年には岩壁下部が削剥され,2017年~2018年にオーバーハングした上部が崩落するという連続的な削剥過程を確認した.岩壁①では節理が岩壁全体で発達するが(2.0本/m2),2019年~2023年に生じた削剥は,岩壁①の節理密度が特に大きい箇所(2.4~2.6本/m2)でのみ確認された.

 岩壁②では,1976年~2023年の岩壁の後退量は岩壁①と同様に約20mであった.しかし,2004年~2015年の後退量が期間全体の後退量のほとんどを占めており,連続的な削剥で現在の位置に達した岩壁①とは違っていた.岩壁②は,節理密度の小さい上部の岩盤ブロック(0.4本/m2)と節理密度の大きい下部(3.9本/m2)で構成されており,下部では毎年のように継続的な削剥が生じていた.また,上部の岩盤ブロックの上方では開口した後背亀裂があり,2023年に拡大していた.この亀裂と同じ走向をもつ後背亀裂が,2005年崩落前の2004年の岩壁②でも確認された.

5.考察

 岩壁全体に節理が発達する岩壁①では,節理密度の大きい箇所で削剥が進むが,オーバーハング地形が形成されても高い頻度で崩れていた可能性がある.一方,節理の密度差が大きい岩壁②では,節理密度が小さい箇所が一度に崩落するため,大きな崩落が生じる可能性がある.この場合,岩壁上方の後背亀裂の拡大が確認され,重力変形をともなう不安定化も崩落の前兆現象として判断できる.このように岩壁②は大きな崩落で岩壁①と同等の削剥速度を保っていた可能性がある.後背亀裂を境に切り離される岩塊(比高38m)の体積は3×103m3以上であることが推定された.

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