日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 633
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大学寮から考える地方圏出身者の教育機会
東京への離家,学生生活,そしてキャリア
*栗林 梓
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抄録

Ⅰ はじめに

 大学寮の存続意義は,その廃寮とともに語られることが多い.実際に,過去から現在に至るまで,駒場寮,泉学寮,吉田寮など,大学寮の廃寮めぐる議論は後を絶たない.

 大学寮の廃寮については,すでに多様な論点が提示されており,とりわけ空間的,社会的に重要な論点のひとつに教育機会の均等が挙げられる(例えば,萩尾2000).学術的にも,教育機会の地域間格差が存在する現状において(川田1992),低廉な大学寮が教育機会の均等化に必要であるとの主張がなされている(例えば,小林2005; 日下田2006).しかし,大学寮は,廃寮,高級化という課題を抱えている.社会的,学術的に⼤学寮に注⽬が集まる中で,教育機会の均等の実現に向けて⼤学寮が果たす役割について議論するためには,どのような社会経済的な背景を有している者が⼊寮しているのか,そして彼ら/彼⼥らからみて⼤学寮にはいかなる可能性と課題があるのかを明らかにしなければならない.一方で,そのようなデータに基づく議論は管見の限り乏しく,高田(2008:15)の言葉を借りれば,「『〇〇』寮史という編年史が編まれることはあっても,学生寮自体が研究対象になったことは意外に少なかった.」という状況にある.本研究の社会的,学術的価値とはこの不⾜を補い,先⾏研究が指摘する教育機会の均等という⽂脈における⼤学寮の存続意義を具体化する点にある.

Ⅱ 研究目的・方法

 以上を踏まえ本研究の⽬的を⼤学寮の展開と運営・利⽤実態を明らかにし,教育機会の均等という⽂脈において⼤学寮が有する可能性と課題を探求することとする.

 対象としては東京大学の宿舎Xを選定した.当該大学は地方圏出身者が,自身の学力や関心,キャリアを考慮して進学する大学の1つと考えられる.また,重要なことに,宿舎Xの寄宿料は全国の大学寮の中でも最も安価な部類であり,低廉な大学寮が教育機会の均等化に有する空間的,社会的な含意を議論する際に着目すべき事例である.なお,「旧寮」「新寮」「新規格寮」に分類される大学寮のうち,宿舎Xは「新規格寮」に該当する.

 調査方法としてはアンケート調査を用いた.アンケートの作成にあたっては,東京大学が実施する『学生生活実態調査』(2021年度)の質問項目に倣った.具体的には,調査対象者の基本情報,社会経済的条件,大学進学,学生生活,希望するキャリアなどについて尋ねた.当該調査に倣うことで,宿舎Xの学生の特徴を東大生全体や全国の学生の中で相対化することを目指した.なお,対象者を日本人学生に限定した.回収数は112(回収率53%)であった.

Ⅲ 結果および当日の議論

(1)宿舎Xは,東京⼤学の学⽣と⽐較しても,世帯収⼊や学⽣⽣活費の負担といった点において,社会経済的には恵まれない者の受け⽫となっていることが明らかとなった.しかしながら,宿舎⽣の⼊学動機や希望するキャリアは東京⼤学全体の学⽣と⽐較しても変わらなかった.これらの点を踏まえると,宿舎Xは,社会経済的には恵まれないが,希望するキャリアを切り拓こうとする者,とりわけ地⽅圏出⾝者の学⽣⽣活の拠点となっている.

(2)宿舎Xは経済的側⾯において宿舎⽣から高い評価を得ていた.しかしながら,それ以外の側⾯については,相対的に低い評価であることが明らかとなった.その背景として新規格に準拠した⼤学寮の建て替えが進み,寮を管轄する制度や建物構造が変化したことがあり,結果として寮⽣間の「交流・親睦」「宿舎内の充実度」といった,とりわけ⼼理的側⾯に関する項⽬の評価は低くなっていた.

 教育機会の地域間格差が解消されるべき問題であることは論を俟たない.このような文脈において,社会経済的に恵まれない地方圏出身者が,その能力を活かすべく宿舎Xで学生生活を送り希望するキャリアに向けて歩んでいることは,教育機会の均等化における低廉な大学寮の存続意義として,強調してもしすぎることはない.

 しかしながら,大学進学における離家の負担は経済的負担に限定されない.人間関係の再編や親からの物質的・精神的サポートの欠如,住み慣れた環境からの離脱などは離家の心理的負担として考えられる(石黒ほか2012).大学寮の新規格化に伴い,食堂をはじめとする宿舎生が集う共同空間を縮小・排除したことの顛末は,宿舎生に「弱み」として指摘される項目の多さと無関係ではないだろう.

 発表当日は,先行研究で指摘されている教育機会の均等化を阻む要因と,大学寮の歴史及び本研究の結果を引きつける形で,低廉な大学寮の存続意義について議論を展開する.また,本研究で対象とした,大都市圏に進学して学生生活を送りつつも,多様な不利性を抱える地方圏出身者が,社会的,学術的に不可視化されることの問題について検討する.

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