日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: P054
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追跡データと手描き地図収集による地理的社会調査の拡張
*埴淵 知哉
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抄録

地理情報を伴う統計的社会調査は,都市や地域を俯瞰的に記述・分析する方法として利用される。しかし,協力率の低下やインターネットの普及に伴い,社会調査のあり方は大きく変化してきた。近年におけるインターネット社会調査(オンラインサーベイ)の学術利用の拡大は,特筆すべき出来事といえる。これにより,大規模な非集計(個票)データの入手が比較的容易になり,各種の地理情報を紐づけることで個人と地域の関連性を詳細に分析することも可能となった。同様の研究デザインは,地域環境の影響(とくに近隣効果)を重視する隣接諸分野にも広がっており,データや分析手法の共有にもつながっている。オンラインサーベイには迅速性と廉価性,調査票設計の柔軟さなどに加え,多段抽出に依拠しないため標本が地理的に分散しやすい,また回答者(モニター)が移動しても追跡が容易であるなど,従来型の標本調査ではなしえなかった利点がある。

 こうした背景のもと,大規模なオンラインサーベイによる詳細住所付き個票データの収集とその公開を目指したのが「都市的ライフスタイルの選好に関する地理的社会調査」(GULP)である(埴淵 2022)。同データは近隣関係や歩行,還流移動など様々なトピックの実証分析に利用されるとともに,SSJデータアーカイブに寄託・公開され,研究・教育に利用されている。ただし,上述のようなオンラインサーベイの利点に鑑みると,GULPにはさらなる拡張の余地がある。その一つは,追跡による縦断データ化である。意識や行動の変化の把握や,精度の高い因果推論のためには,追跡調査による縦断データの構築が必要になる。もう一つは,通常の調査回答以外の追加的なデータ収集である。オンラインサーベイを別の調査のリクルート方法として利用し,その追加調査データを元の回答データに結合することで,データの付加価値を高めることができる。

 以上の諸点を踏まえ,2023年10-11月にかけてGULP大都市調査の既回答者(n=30,000)に対する追跡調査を実施した。その結果,11,268名から有効回答が得られ(追跡率=37.6%),うち約400名は3年の間に大都市(東京特別区と政令指定都市)からそれ以外の地域に居住地を変更していた。縦断データとして移動者を含む1万名以上の回答が得られた点で,この追跡調査はGULPの付加価値を高めるものと位置付けられる。ただし,脱落率の高さはオンラインサーベイの課題であり,主要な個人属性および都市別に追跡率を比較すると,年齢による差が際立って大きいことが示された。若年層はモニターとしての登録継続率自体がやや低く,さらに今回の調査に対する協力率も低かったため,高齢層に比して大幅に低い追跡率を示す結果となった。ただし,その他の社会経済的特性や都市による違いは比較的小さいことも示された。

 さらに,上記の追跡調査時に「手描き地図」調査への追加協力の可否を尋ね,その応諾者5,334名のうち1,400名に対して郵送による配布・回収を行った(回収数は956,回収率は68.3%)。調査票は二枚あり,一枚には世界地図,もう一枚には居住地の都市の案内図を,資料等を参照せず手描きしてもらうよう依頼した。これらは,世界や都市のイメージを把握する手法としてよく利用されるが,本調査はこれをGULPに組み込むことで,視覚的な回答データと社会調査データの結合を試みた。手描き地図の調査は学生を対象に実施されることが多かったものの,本研究では幅広い年齢層からなる一般人口集団のデータを収集している点,また,事前のサーベイに含まれる多様な回答データ(たとえば科目「地理」履修の有無など)と合わせて分析できる点で,メンタルマップ研究にも寄与することが期待される。

 本発表では,以上の追跡調査および手描き地図調査によって得られたデータの詳細を紹介し,地理的社会調査を拡張したデータ収集と分析の可能性について議論する。

埴淵知哉 2022. 『社会調査で描く日本の大都市』古今書院.

(謝辞)「GULP-2023大都市追跡調査」は,京都大学教育研究振興財団令和5年度研究活動推進助成および私立大学等経常費補助金特別補助(立命館大学)の助成を受けたものである.また,「手描き地図調査」は公益財団法人三菱財団の助成を受けたものである.

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