日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 845
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深層学習を用いたキルギス・天山山脈における氷河湖マッピング
*山田 奈穂奈良間 千之飯田 佑輔M. Daiyrov
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抄録

1.はじめに

中央アジアのキルギス・天山山脈では,多数の小規模氷河湖の出水による氷河湖決壊洪水(GLOF)が報告されている(Erokhin et al., 2008, 2017; Daiyrov et al., 2018, 2022).同地域ではわずか数ヶ月で氷河湖の形成・出水を起こす氷河湖の存在が明らかになっており(Narama et al., 2010, 2018),高い時間分解能,かつ広域でのモニタリングが課題である.現在の氷河湖モニタリングでは主に,広域での観測が可能なリモートセンシング技術が活用されている.この技術を利用した氷河湖認識の課題として,正確な水域検出の難しさが挙げられる.一般的に水域の自動抽出には正規化指数などが用いられ,閾値を決定しておこなわれるが,氷河湖は複雑な山岳地形に囲まれており,影などの自然条件の影響を受けることから,これまでのルールベースの画像処理技術を用いた水域同定では閾値決定が難しい.この問題を解決するために近年導入されているのが深層学習である(J.E.Ball et al.,2017) .インド・ヒマラヤ地域やグリーンランドの氷河湖のセグメンテーションに深層学習が用いられ,高い精度で氷河湖領域の分類が報告されている(Qayyum et al.,2020;Lutz et al.,2023).しかしこれらの地域の氷河湖に比べ,対象地域の氷河湖は比較的小規模であり,氷河湖周辺環境も大きく異なるため,これまでの深層学習モデルをそのまま適用することで,対象領域において十分な検出精度を達成することは難しいと考えられる.そこで本研究では,対象地域の小規模な氷河湖に特化し,高頻度でデータ取得が可能な光学衛星画像と,深層学習を用い,氷河湖領域の分類を目的としたモデルを作成した.作成したモデルは,氷河湖領域の実測値を用いて評価し,対象地域における氷河湖のマッピングをおこなった.

2.手法

対象地域は,キルギス共和国の天山山脈に位置するキルギス山脈とテスケイ山脈である.テスケイ山脈のみでも,300以上の氷河湖が確認されており(Daiyrov.,et al 2018),直近では2023年8月にテスケイ山脈東部でGLOFが発生した.

光学画像から約1300のデータセットを作成し,うち80%を学習用データセット,20%を検証データとし,モデルの学習をおこなった.1つのデータセットは,衛星画像データと氷河湖領域を示したground truth(GT)の2つで構成され,画像サイズは256×256である.モデル構造には,画像セグメンテーションの分野で広く使われるU-Net(Ronneberger et al., 2015)を使用した. モデル精度評価のために,画素単位での評価指標の算出と,UAVにより実測された氷河湖面積とモデル予測結果との比較をおこなった.

3.モデル精度の評価と課題

モデルの評価指標は,Accuracy約 97%,Precision約85%,Recall約80%であった.学習したモデルによる氷河湖領域の予測結果を図1に示す.どの氷河湖においても高い数値が得られ,可視化した予測結果も氷河湖領域が正確に検出されていたことから,氷河湖領域の検出精度はおおむね良好であった.Precisionに比べRecallが小さいことから,地表面の水面への誤認識よりも,氷河湖領域の見逃しが起こっていることが分かった.作成したデータセット内の氷河湖領域は画像全体の3%ほどであったため,モデルの学習時に与えた氷河湖領域が少ないことによるデータラベル数の不均衡が,この原因として考えられる.今後の課題として,損失関数の重みづけなどのデータインバランスの解消によって,氷河湖領域の見逃しを減少させることでモデル精度の向上が期待できる.

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