日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 502
会議情報

岩手県奥州市における農業法人の成立過程
*木戸口 智明
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

1.問題意識と研究目的

 日本の水田農業では,農家の加速的な離農が進行しており,農地の新たな受け皿として農業法人への期待が高まっている.とりわけ,家族農業経営が強固に維持され,農地流動化を通じた構造再編が立ち遅れていた東北地方では,農業従事者のなかで大きなボリューム層をなす団塊世代の引退を見据えて,将来的な農地の受け皿をいかに組織化していくのかが課題となっている.本報告では,岩手県奥州市を事例に農業法人の成立過程を分析することを通じて,水田農業の再編実態を検討することを目的とした.

2.研究対象地域の概要

 奥州市は岩手県南部に位置しており,広大な扇状地を活かした水田農業が展開されている.奥州市では,2000年代以降に農家の高齢化と離農が進行する一方で,農業法人の設立件数は増加傾向にあり,農業法人が水田利用において存在感を高めている.当地域では,旧江刺市を除く奥州市全域を管轄する「JA岩手ふるさと」が,コメの集荷・販売や生産調整対応において主導的な役割を果たしてきた.なかでも旧胆沢町では,2001年に「JA岩手ふるさと」の生産部会の一つとして「機械化銀行(大豆班)」が設立され,農家単位の水稲生産を維持したまま大豆転作を普及していく体制がつくられた.こうした生産調整への対応方法は,地域内の集落営農組織や農業法人にも応用されている.本報告では,旧胆沢町のA法人を対象にヒアリング調査を実施した.

3.農業法人の成立過程

 A法人は,2020年に設立された農事組合法人である.事業内容は,水稲と大豆の農作業受託と水稲苗販売であり,売上高の80%以上を農作業受託料が占める.農作業は,A法人の役員6名と複数の集落営農組織から受託しており,受託面積は約140haに達している. A法人の設立母体は,2000年代前半の圃場整備事業を契機に設立された転作受託組織である.転作受託組織では,4集落から構成される地区の転作作業を受託し,現在のA法人の役員がオペレーターを担当した.他方,転作を実施するための土地利用調整は,各集落の集落営農組織が担当した.地区内では,水稲生産を継続する意思をもった農家が多数残存していたため,これらの農家を温存する形で広域的な組織化が図られた.転作受託組織がA法人として再編された要因は,以下の2点である.一つは,農家単位での規模拡大に限界が生じたことである.A法人の役員6名は,それぞれ15ha前後まで規模拡大を進めていたが,農業機械をはじめとする追加の設備投資には困難が生じた.そこで,A法人を通じて農業機械を共同利用することで設備投資を抑制することが可能となった.二つは,農業後継者の確保である.役員6名はいずれも60歳代となり,世代交代を見据えて後継者を確保する必要性に迫られた.A法人の設立後は,役員の子弟2名を常雇として雇用して,各種資格の取得や農業技術を継承する体制を整備した.このようにA法人は,個別に規模拡大を進めてきた集落の担い手農家が,農業機械の効率的利用や農業後継者の育成を目的に設立された.以上にみたA法人の成立過程から導き出されることは,コメの生産調整に対応するために水田農業地域で形成されてきた組織的枠組みが今日の農業法人として再編されている実態である.すなわち,生産調整への地域的対応いかんが農業法人の形成に象徴されるような水田農業の再編方向を規定する大きな要因となっているといえる.

著者関連情報
© 2024 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top