日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 407
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ギリシャ・メソロンギ=エトリコラグーンの漁場利用をめぐる漁業者組合の社会関係
*崎田 誠志郎
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抄録

ギリシャはEU諸国の中で最も登録漁船数が多く,沿岸域や島嶼域の社会経済を支える産業として地域漁業が重要な役割を果たしている.ただし,漁場利用は概して個人的・競争的であるとされ,ローカルな共同体の協調・規範にもとづく漁場ガバナンスは通常想定されない(Tzanatos et al. 2020).1983年に制度化された漁業者の地域生産組合もほとんどが解散に至っており,「不信と低調な集合行為はギリシャの漁業者に共通する態度である」(Tzanatos et al. 2020: 143)と評されるほどに漁業者間の協調性は低いとみなされている.一方で,発表者によるエーゲ海北東部のレスヴォス島を事例地域とした現地調査では,自主的な漁業者組織が漁村・漁港単位で形成され,操業の取り締まりや行政との連携・交渉といったガバナンスの一部を担っていたことも判明した(Sakita 2021).ギリシャにおける漁業者組織・コミュニティの多様な実態を明らかにすることは、ギリシャの漁業者コミュニティの社会性を再評価することにつながるとともに,共通漁業政策をはじめとするEUの画一的な管理制度の陰で見過ごされてきたローカルな漁場ガバナンスを再検討するうえでも重要な意義を有すると考える.

本報告では,ギリシャ西部のメソロンギ=エトリコラグーンにおける権利に基づく漁業 rights-based fisheryのための漁業者組合に着目し,地域の漁業者がいかなる社会関係のもとで組合を形成・協働しているかを検討する.現地調査は2018年から2019年にかけて断続的におこない,各組合の代表に対する聞取り調査のほか,組合メンバーを対象とした対面式のアンケート調査を実施した.その後,コロナ禍による中断を経て,2023年10月に調査再開のための予察調査を実施した.イヴァリivariとは,メソロンギ=エトリコラグーンで盛んに営まれる罠漁の一種であり,イヴァリの形態や手法は日本の琵琶湖などでみられる魞漁とほぼ同様である.イヴァリの漁場は行政が管理しており,漁業者は組合を組織して,漁場の利用権を入札によって獲得しなければならない.この点で,これらの組合は完全に自主的なものではなく,制度的な要請のもとで権利を得るために組織された集団である.2019年時点では9か所のイヴァリに対し10組合が活動しており,それぞれが権利を得たイヴァリを利用して事業を営んでいた.イヴァリの漁業者組合には,親族関係にもとづく家族経営型のものと,知人の伝手や求人によって労働力を確保する企業経営型のものがある.イヴァリ漁の操業形態は組合によってさまざまであるが,いずれの場合も,メンバーの漁業者は協力して漁撈や販売,イヴァリのメンテナンスなどに従事し,漁獲物の利益は共同で精算・配分されていた.一方で,組合の経営状況や行政・他組合との関係性には差異がみられ,結果的にイヴァリ単位で漁場ガバナンスの優劣を生じさせる要因となっていた.

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