日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P042
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在留外国人の多層化・多世代化と宗教施設
―多文化共生推進地域,岐阜県可茂地域におけるキリスト教会を事例に―
*川添 航
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抄録

Ⅰ はじめに

欧米諸国の郊外地域において,宗教施設が在留外国人のアイデンティティ形成や異なる信仰・エスニシティを背景にもつ人々との交流の起点となる事例が報告されており(Dwyer et.al. 2013),在留外国人は宗教を日常生活上の資本として活用している.日本国内においても,両者の相互関係を考察することが郊外地域の変容をとらえていく際に重要である.大都市圏郊外においても,在留外国人を対象とした宗教施設の数は着実に増加している.一方で,日本国内の地方自治体が推進する一連の多文化共生推進事業ではさまざまなアクターが想定されているが,それらの具体的な施策のなかに宗教という要素は含まれていない.以上の背景を踏まえ,本研究では日本の郊外地域における宗教施設の設立と維持に着目し,そのプロセスが郊外地域における在留外国人社会の社会階層の多様化(多層化)や多世代化の進展とどのように関連しているのか,多文化共生に関わる取り組みと比較してどのような特徴があるのかについて明らかにする.調査においては,日本国内で在留外国人人口が増加・集中する地域として,岐阜県可茂地域の中心である可児市,美濃加茂市を選定した.現地調査は2024年7月から2025年6月までの間に実施し,在留外国人の多層化・多世代化が地域に与えた影響や在留外国人のコミュニティ活動・宗教活動の実態について,地方自治体および在留外国人支援団体,宗教施設の運営者(宗教指導者)と信者への聞き取り調査,宗教施設で実施される活動の参与観察からデータを取得した.

Ⅱ 岐阜県可茂地域における在留外国人社会の変化

岐阜県南東部に所在する可児市,美濃加茂市では,1990年の出入国管理法改正以降,主に工業労働者として日系ブラジル人移住者の流入が進んだ.また,2010年代以降はフィリピン人移住者が増加している.以上の経緯で流入した在留外国人は,現在では戸建住宅の取得や家族の呼び寄せを進めるなど,長期定住・永住を指向する傾向にある.在留外国人の多層化・多世代化は,地域の労働市場や教育環境にも大きな影響を及ぼしている.こうした変化に対応するため,両市では多文化共生社会の構築を目的とした施策が積極的に実施されてきた.具体的な取り組みとして,多言語行政サービスや医療通訳,子ども向けの教育支援プログラムなどが行われている.いずれの多文化共生推進事業の取り組みにおいても,在留外国人を既存の地域社会へと統合していくことが念頭のひとつに置かれていた.

Ⅲ 在留外国人向けキリスト教会の活動

可児市,美濃加茂市には,ポルトガル語および英語で活動を行うキリスト教会が20軒程度所在している.本研究では,うち16件の教会(ポルトガル語11軒,英語5軒)に聞き取り調査を実施した.多くの教会は,かつて「出稼ぎ」を目的に移住した在留外国人自身によって設立されており,移住後の信仰の深化や,居場所づくりの必要性を感じたことが動機となっている.教会の設立・維持は,在留外国人が置かれた経済的・社会的状況と密接に関係している.具体的には,不動産取得時の困難や運営資金の問題,会員数の急な増減に伴う頻繁な移転の負担などがあった.しかしながら,信者は積極的な寄付やボランティアを行い,コミュニティの活動拠点として宗教施設を整備してきた.可茂地域における在留外国人社会が抱える社会的課題は,分節化や核家族化の進展に伴ってより細分化している.特に,離婚や非行といった家族離散に関する問題や青少年世代の将来不安,中高年世代も含めた言語・文化の壁による喪失感・孤立感の増大への対応といった課題が顕在化している.以上の課題に対応して,キリスト教的な価値観を宗教施設内外での活動に反映させ家族の一体感や青少年世代のネットワークの強化を促すなど,個別のキリスト教会は信仰の場を超えた信者の精神的・倫理的な支柱となることで在留外国人社会の安定に寄与しようと指向している.

Ⅳ 小括

欧米諸国の郊外地域では宗教施設を媒介としコミュニティ間での対話が進展しているが,日本国内ではそのような状況は少数である.本研究の事例から,在留外国人の日常生活上の課題に対しては「多文化共生」に関連する一連の取り組みがカバーする領域と,宗教活動がカバーする領域の間には明確な分立が確認された.なかでも,宗教施設では,教義に基づいた活動を起点として世帯やコミュニティの一体性を強化する点が重視されているなど,独自の役割が企図されている点を読み取ることができた.

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