日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P057
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ハワイ島コナにおける葉さび病の蔓延とコーヒー生産への影響
*植村 円香
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抄録

Ⅰ はじめに

気候変動による気温上昇や異常気象は,世界のコーヒー生産に深刻な影響を与えている. 近年はカビが原因の葉さび病が拡大し,生産地での被害が深刻化している.かつてはスリランカやブラジルなど標高の低い地域での被害が中心であったが,温暖化の影響により,中米の高地など良質な生産地にも広がっている.ハワイ諸島でも,長年にわたり葉さび病の被害を免れてきたが,2020年10月にマウイ島で,同年11月にはハワイ島西部のコナで発生が確認された.その後,降雨量の増加により,標高の高い農園でも感染が報告されている.良質なコーヒーの生産地として知られるコナは,この葉さび病の蔓延以降,大きな転換期を迎えている.そこで本研究では,葉さび病蔓延後のコナコーヒー生産への影響と生産者の対応策を分析し,コナコーヒー生産地にどのような変化がもたらされているかを明らかにすることを目的とする.

Ⅱ コナコーヒーの概要 

コナは,火山性土壌で水はけがよく,適度な降水量と温暖な気候に恵まれていることから,コーヒー生産に適した地域とされてきた.このコナで栽培・精製され,ハワイ州農務省が定める基準を満たすコーヒーは,コナコーヒーとして認証される.2024年の調査時点で,コナには約580農園が存在し,経営規模や工程の違いにより,3つのタイプに分類できる.タイプ1は,4ha以上の大規模農園(約40農園)で,生産・精製・焙煎・販売の全工程を担っている.タイプ2は,3ha以下の中小規模農園(約140農園)で,生産および精製・焙煎の一部を行い,焙煎豆を販売している.タイプ3は,チェリー生産のみを行う3~5a程度の小規模農園(約400農園)で,チェリーをタイプ1に販売している.

Ⅲ 葉さび病蔓延後のコナコーヒー生産者の対応策 

2023年と2024年に,タイプ1とタイプ2の19農園に葉さび病の罹患状況と対応策について聞き取り調査を実施した.その結果,1農園を除くすべてで葉さび病の発生が確認された.葉さび病への対応策としては,銅剤などの農薬散布,木を根本から切り倒すスタンピング,病葉・病枝の除去,さらには耐病性品種などへの植え替えが,農園主の判断により実施されていた.

Ⅳ 葉さび病蔓延後のコナコーヒー生産地の変化 

葉さび病の影響により,コナコーヒー生産地では,農園数・生産量・価格の変化と栽培品種の転換という2つの大きな変化がみられた.前者に関しては,タイプ1とタイプ2では農園数に大きな変化はないものの,生産量や品質の低下がみられた.一方,チェリーのみを生産するタイプ3では生産者の高齢化もあり,葉さび病の罹患を機に撤退する例が相次ぎ,農園数の大幅な減少がみられた.その結果,コナでは慢性的なチェリー不足が生じ,タイプ1ではタイプ3からのチェリーの仕入れ価格を引き上げざるを得ず,収益性が圧迫されていた.後者に関しては,葉さび病の拡大後,伝統的に栽培されてきたティピカから,ゲイシャなど多様な品種への転換が進んでいる.これは,ティピカが葉さび病に弱いことに加え,風味がマイルドであるためカッピングコンテストで高評価を得にくいという社会的背景や,コナコーヒーの表示基準に品種の制限がないという制度的背景が要因として挙げられる.

Ⅴ おわりに

葉さび病の蔓延以降,コナコーヒーは,生産量や品質の低下や価格の上昇だけでなく,品種転換により「コナコーヒー」そのものの風味も変化していることが明らかになった.これにより,伝統的な風味の喪失や、ブランドイメージの曖昧化といった課題が生じる可能性がある.今後,コナコーヒー生産地の持続性を考えるうえでは,個々の生産者による対応にとどまらず,風味の維持と病害対策を両立させる生産体制の構築が求められるだろう.

付記 本研究は,JSPS科研費23K18728の助成を受けて実施した.

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