主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2025年日本地理学会秋季学術大会
開催日: 2025/09/20 - 2025/09/22
1.研究の目的
本報告の目的は、鎮守の森(神社林・社叢)の変遷と人々の樹木に対する認識との関連性を明らかにすることである。事例として、静岡県三島市の三嶋大社、宮城県塩竈市の鹽竈神社の鎮守の森を取り上げ、近代以降の鎮守の森の植生景観の変遷、及び鎮守の森の維持管理の現状から考察をおこなう。なお、本報告は國學院大學文学部に提出した卒業論文の一部を増補加筆したものである。
2.先行研究
鎮守の森に関する研究は1970年代に植物学の分野において行われ、平成14年(2002)に社叢学会の設立によりさらに研究が活性化した。今日に至るまで鎮守の森に関する研究は人文分野、自然分野を含めて学際的に展開している。当初、鎮守の森は自然の植生を保っていると主張されていたが、近年はこれに否定的な見解が多く、近世以前は針葉樹中心の植生であったと論じられている。小椋(2012)は複数の神社を取り上げ、近世・近代は針葉樹であったが以降は照葉樹林へ変化したと述べる。他に、吉川・八木(2024)や、鳴海,小林(2006)、今西ほか(2011)においても、おおむね針葉樹から広葉樹へといった植生変化が述べられる。さらに、小椋(2018)や橋本(2021)では中世まで検討時期を延ばし、おおむね針葉樹が中心の植生だと述べられる。今西ほか(2011)や吉川・八木(2024)などでは、鎮守の森の資源利用との関連について言及されている研究も見られる。また、小椋(2012)や、鳴海,小林(2006)などでは、社叢の景観変遷の背景についての言及がされている。だが、一律に鎮守の森の植生は変化しているのではなく、境内の樹木は意識的に維持あるいは改変させている箇所がある。社叢の景観変化には人為的な側面が影響している事は見過ごせない。境内の樹木を細かな視点で分析し、それらの変化の差異から鎮守の森に携わる人々の認識を考察することが本報告のねらいである。
3.調査方法
上原敬二作成の『神社林の研究』附図に描かれる官国弊社の鎮守の森を再整理し、1915年頃の鎮守の森の様相について論じる。さらに、従来の研究では用いられることがなかった資料として、明治期に発行された銅版画、明治末から昭和前期に発行された絵葉書などを用い、近代における鎮守の森の植生の復元をおこなう。これまで植生景観の変遷の事例として取り上げられてこなかった静岡県三島市の三嶋大社、宮城県塩竈市の鹽竈神社の事例を用い、鎮守の森に対する意識を明らかにする。三嶋大社は、周辺が市街地に囲まれた広葉樹中心の鎮守の森である。また、国指定天然記念物のキンモクセイ、市指定文化財の社叢となっている。鹽竈神社は、一森山に所在し鎮守の森の大半をスギの人工林が占める。また、国指定天然記念物指定の鹽竈ザクラと県指定天然記念物のタラヨウがある。植生の変遷と二社の比較から、鎮守の森の植生変遷と人々の樹木に対する認識の関連性を論じたい。
4.文献
今西亜友美・杉田そらん・今西純一・森本幸裕 2011. 江戸時代の賀茂別雷神社の植生景観と日本林制史に見られる資源利用. ランドスケープ研究74(5):463-468.小椋純一 2012. 『森と草原の歴史─日本の植生景観はどのように移り変わってきたのか─』古今書院小椋純一 2018. 中世以降における神社林の変遷. 歴史評論(816):57-68.鳴海邦匡・小林茂 2006. 近世以降の神社林の景観変化. 歴史地理学48(1):1-17.橋本啓史・多和加織・松浦文香・長谷川泰洋 2021. 近代以前の熱田神宮社叢の林相の変遷. なごやの生物多様性8:23-36.吉川正人・八木正徳 2024.武蔵府中大國魂神社の社叢における樹種構成の歴史的変遷. 日林誌106(9):263-270.