日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P043
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埼玉県熊谷市における「熊谷空襲」の慰霊・継承活動の展開
民間団体と行政の取り組みの差異と協働に注目して
*本多 一貴野村 勇輔小林 哲也張 琦
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キーワード: 空襲, 戦争, 慰霊, 継承, 熊谷市
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抄録

1.研究課題 

 本研究は,1945年8月に埼玉県熊谷市であった熊谷空襲についての慰霊・継承活動の目的と内容を,活動の実施主体別に分析し,空襲の慰霊・継承活動と空襲を受けた地域熊谷市がどのように関連付けられてきたのかを考察し,熊谷市において空襲の歴史がどのように継承されてきたのかを明らかにする.これまでに実施されてきた熊谷空襲の慰霊・継承に関する主な活動の目的や内容,時期の情報については,活動の実施主体への聞取りのほか,熊谷市議会議事録,熊谷空襲の体験談をはじめとした出版物,新聞記事から取得し,それらの活動を民間団体単独によるもの,行政単独によるもの,民間団体と行政が協働したものに分けて分析する.なお,熊谷市外でも熊谷空襲関連の活動は展開しているが,本研究では主に熊谷市内での活動を対象とする.さらに,資料等の制約上,過去に実施された全ての活動を網羅的に扱うことは困難であり,分析の対象は現存する構造物や物品,現在まで継続しているイベントが中心となる.

2.「熊谷空襲」の概要

 埼玉県熊谷市は第二次世界大戦の終戦前日の1945年8月14日午後11時23分から翌15日午前0時39分にかけて,米軍による空襲を受けた.89機の爆撃機により焼夷弾8,084発(593.4t)が投下され,266人が犠牲となった.この「熊谷空襲」により,熊谷市は埼玉県内で唯一の「戦災指定都市」に指定された.

 空襲で面積の74%が消失した熊谷市街地には,2025年現在も空襲にあったケヤキの木や弘法大師像,石灯籠などが現在も遺構として残されているほか,戦後に慰霊を目的とした地蔵や銅像慰霊塔などのモニュメントもつくられた.さらに,市街地中心部を流れる星川においては,戦没者の慰霊を目的として,毎年8月16日に「星川とうろう流し」が実施されている.

3.慰霊・継承活動の展開

 2025年現在も継続する熊谷空襲に関する主な慰霊・継承活動として抽出した活動のうち,遺構の保存を除くと,最古の活動は1950年に開始された星川とうろう流しであった.また「戦後40年」となった1980年代後半以降,慰霊を目的とした活動以上に継承を目的とした活動が活発化した.特に,行政によるイベントの実施が目立ち始め,行政は職員によって業務のなかでイベントを実施できることから,高齢化による担い手不足の影響を受けにくく,民間団体に比べて安定的に活動を継続していた.さらに,近年の世界情勢から,熊谷空襲の慰霊・継承にとどまらず「反戦」を主題とし,熊谷空襲と海外で現在進行中の戦争・紛争を関連付けて活動を展開する団体もある.

 戦争は基本的に国家単位で展開されるが,現在,戦争に関する慰霊・継承活動の実施状況には地域によって異なる.前述の活動についても,被害のあった地域でなければ実施しにくいものは,実際に熊谷空襲で犠牲となった人々の慰霊や,空襲により焼けた構造物等の保存といった空襲を受けた歴史を教材化することが想定される.他方,空襲の体験談を直接または書籍・映像を介して語ることや,軍服や日の丸旗といった空襲を経て残存する軍用品や日用品を展示すること,市として非核平和都市宣言をすることについて,いずれの地域でも展開可能である.さらに,一部の慰霊式典やモニュメントは市内であっても空襲を受けていないところで実施・設置されていた.しかし,「戦災指定都市」である熊谷市内で実施することは,政治的思想の有無や程度に関わらず「反戦活動」を展開に向けて,その主張に説得力を与えていると推察される.熊谷市におけるこれらの活動は,永続的な「平和な日本」のために,空襲を受けた地域に課された「戦災指定都市」としての役割を果たす実践と位置づけられる.

 熊谷市において,民間団体による慰霊・継承活動は,主に空襲体験者本人またはその体験を聞いて育った子世代による「記憶の風化」への懸念から始動していた.しかし,彼ら/彼女らが高齢化するなかで活動の継続は困難になっていた.他方,行政による慰霊・継承活動は,民間団体による活動の困難化が顕在化し始めた1990年前後から開始されたものが多く,民間団体による活動を代替するものと考えられる.しかし,行政という立場上,戦争や死に関わる事象に対する政治的・宗教的側面への配慮が求められ,今後行政が全ての慰霊・継承活動を運営していくのは困難である.また,従来こういった活動は民間団体と行政がそれぞれ単独で実施する傾向にあったが,2010年代以降,行政が整備した遺構の解説板が民間団体の戦跡めぐりに活用されたり,星川とうろう流しの実施にあたって行政から民間団体への補助や,民間団体の働きかけによる市内小学校副読本への記述追加など,民間団体と行政の協働的な実践も始動している.このように慰霊・継承活動を継続するために,新たな形態が模索されつつある.

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