日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P045
会議情報

日本における「忘れられた過疎地」の特定に関する探索的研究
*渡邉 敬逸
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

1.背景と目的

 日本の過疎法は一貫して昭和の大合併以後の新市町村を地域要件としており,これ以前の旧市町村で急激な人口減少が発生していても,新市町村が非過疎地域である限りは抜本的対策が講じられず,結果として旧市町村の過疎化が潜在的に進行する懸念を立法当時から指摘されていた.こうした中にあって篠原(1997)は愛媛県の山村調査から非過疎地域でありながら過疎地域以上の人口減少を示す旧市町村を「忘れられた過疎地」として見出し,同地域が地域条件の異なる旧市町村同士の合併により生じたことと,新市町村で適切な過疎対策が行われなかったことにより苛烈な人口減少が発生したこと,そして,こうした地域が日本全国に散在していることを示唆した.

 その後の平成の大合併と同時期に立法された2001年の過疎地域自立促進特別措置法以降では,過疎市町村を含んだ合併市町村に対する一部過疎等の特例措置が講じられており,新たな「忘れられた過疎地」が生じる懸念は回避されたものの,篠原が指摘した旧市町村をめぐる課題は社会的にも学術的にも等閑視されたまま現在に至っている.そこで,本研究では非過疎地域にありながら過疎地域相当の人口減少を示している旧市町村を「忘れられた過疎地」と位置づけ,日本全国を対象としてその存在を旧市町村別の人口分析から探索的に特定すること目的とする.

2.方法

 本研究ではGIS上での地理空間データの操作により現行過疎法(2021年4月時点)における人口要件の指標及び基準値を参考として,各指標を旧市町村別に算出し,これが過疎地域の基準値を満たしながら非過疎地域にある旧市町村を「忘れられた過疎地」として特定した.本研究で用いた地理空間データおよび方法は下記のとおりである.

 まず,地理空間データは境域データとして「国土数値情報昭和25年行政区域」,人口データとして1975年,1990年および2015年の「国勢調査地域メッシュ統計(基準地域メッシュ)」をそれぞれ用いた.そして,秘匿数値を合算処理した各年人口データと境域データとのインターセクト処理により各年の旧市町村別人口を面積按分法により算出し,これに基づき現行過疎法の指標である40年間人口減少率,25年間人口減少率,2015年の高齢者人口率および若年者人口率を旧市町村別に算出した.

 次いで,上記4指標について人口要件の基準値である人口減少団体平均等を算出するとともに,基準値を算出した旧市町村レイヤと現行過疎法における過疎地域レイヤとをオーバーレイし,非過疎地域にありながら各指標において過疎地域の基準値を満たす旧市町村を「忘れられた過疎地」として特定した.

3.結果

 まず,本研究において算出された各指標の基準値は,40年間人口減少率が29%以上,25年間人口減少率が24%以上,2015年の高齢者人口率が29%以上,そして同若年者人口率が13%以下であり、この値は概ね現行過疎法の基準値と同等であった.そして,旧市町村10,495のうち「忘れられた過疎地」に該当する旧市町村は全体の1割強にあたる1,253であった.このうち4指標の基準値を全て満たすものは412であり,これらの旧市町村では過疎地域を上回る苛烈な人口減少と少子高齢化が進行していることが窺える.

 そして,「忘れられた過疎地」はその多寡は別にしても,都市中心部から縁辺部に至るまで全都道府県に散在していることから,決して特殊な存在ではないことは明らかである.加えて,これらの分布は既存の過疎地域周辺に塊状または線状に連坦する傾向にあることから,この分布を規定する地域的要因が背景にあることが窺える.なお,都道府県別の「忘れられた過疎地」の数および割合の上位3都道府県を記すと,前者では福島県90,長野県76,新潟県75,後者では富山県38%,福井県34%,佐賀県32%であった.

 いずれにしても篠原(1997)が指摘した「忘れられた過疎地」は日本全国に普遍的に存在することが明らかになった.「忘れられた過疎地」は既存の過疎地域の縁辺部に連なって分布する傾向にあることから,その多くは既存の過疎地域と近しい地域条件下にあると考えられるものの,その現状と発生に関する地域的要因については今後の課題としたい.

著者関連情報
© 2025 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top