日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 432
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東海地方における小売チェーンの多店舗展開
重層的な業態戦略に着目して
*伊藤 遼
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抄録

小売環境が変化するなかで,小売業者が変えてきた経営戦略の一つが業態戦略である.業態とは,一般に小売業を小売業者の形態によって区分したものである.小売環境が変化する状況において,今後の業態戦略について検討することは重要な作業といえる.

小売企業の中には,系列内に規模の異なる複数の業態を組み合わせ,重層的に多店舗展開するものもある.企業は規模と業態の異なる店舗を開発,組み合わせることで商圏を重層的に掌握し,多店舗展開のなかで系列毎の重層的ドミナント戦略を重視するようになった(山川 2001, 山川 2010).こうした重層的な業態戦略に関して,従来の研究では,対象とする地域や系列,業態が限られ,業態戦略全体が捉えられているとはいえない.

以上を踏まえ,本研究は1990年代以降の小売チェーンの多店舗展開の動向を,重層的な業態戦略に着目して明らかにすることを目的とする.ここでの重層性とは,小売企業が特定の地域において商圏の異なる複数の業態を組み合わせて展開することを指す.対象地域は,都市部(名古屋大都市圏)と農村部から成り,両者の比較が可能な東海地方(愛知県,岐阜県,三重県)とする.対象業態は,品揃えや規模などから商圏の重層性がみられるSM(食品スーパー)・GMS(総合スーパー)・SC(ショッピングセンター)とする.重層的な業態展開により,大手スーパーと地域スーパーとの競争が激化し,地域スーパーの系列化や店舗のスクラップ・アンド・ビルド(S&B)が一層進むとされる(山川 2001).地域スーパーには単一業態(SM業態)のみを展開するものも存在する.そこで,ナショナル/リージョナル,複数業態/単一業態という比較から,対象地域内の3県を基盤とする小売企業3社を対象とし,1990年代以降の拡大過程をみる.

複数業態を展開するナショナルチェーンであるイオン系列は,競争力の低下したGMSや中心市街地に立地する店舗をS&Bし,利益率が高いSM・SCへの業態転換を図った.また,系列企業による重層的な多店舗展開と農村部を含む出店拡大の結果,系列内での競合を避けるため,地域別・業態別に事業再編を行った.さらに,都市シフトに伴う都市型業態の開発・出店により,SM・SC業態内で重層性が新たに生み出された.

複数業態を展開するリージョナルチェーンであるユニー系列は,GMSを中心に都市部へドミナント展開し,複数の店舗ブランドを設けることで,業態内での重層性を生み出した.また,競争力の低下したGMSや中心市街地に立地する店舗のS&Bや高度化,事業再編や個店強化を通じた営業利益の向上を図った.

SM業態を中心に展開するリージョナルチェーンであるバロー系列は,近隣商圏型のSM中心のため法規制の影響が小さく,農村部を含めて出店を拡大した.標準店舗による量的拡大を図ってきたが,食品を扱う他社・他業態との競争からモール化を進め,近年は店舗密度や商品力の向上を図った.

3系列にはGMSの競争力の低下や都市部への志向という共通点がみられた一方で,本研究におけるSCの店舗数や展開時期,業態戦略に差異がみられた.小売環境が変化するなかで,利益率が高いSM・SCの出店や業態転換といった従来の業態戦略に加えて,①事業整理による系列内での競合回避・経営の効率化,②業態の細分化による業態内に重層性をもたせた多店舗展開や地域特性への対応,③個店強化による地域特性への対応や商品力の向上,④これらを通じた都市部での店舗密度の向上,⑤農村部での法規制の影響を受けない商圏に適した小規模店舗の展開,が今後の大型小売店の出店戦略における有効な手段であると考える.

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