1 目的・方法
本研究は,近代・埼玉県を対象に,都市システムの形成過程の多様性を提示することを目的とする。
近代日本の都市システム研究は,企業合同による都市システム形成を主題とした阿部(2010)が代表的である。それによれば,合同過程で県庁都市に本社機能が置かれ,各県域で県庁都市を首位とした階層型の都市システムが形成された。
一方,分散的な都市システムの形成事例もある。その例に,近代の埼玉県が挙げられる。これは,平野の卓越による均質的な都市化の条件と,江戸期の藩領の錯綜に起因したものと予想される。また近代は,企業活動の成長期であり,都市部への企業や人口の集積が進行した。さらに,支店網の形成によって都市間連結関係が強化され,企業活動が都市システムを規定する力を持ち始めた。
こうした特徴を持つ地域・時期の,都市分布や都市間関係を分析することで,都市システム形成過程の多様性の解明に貢献できる。
以上の問題意識から,本研究では次のように分析した。まず,埼玉県内の都市分布と中心機能の供給範囲を求めるために,中心性指数と直接補完地域を画定した(2節)。続いて,銀行・電力事業者・新聞社を対象に立地とその過程を分析した(3節)。これらの事業は本社―支社関係が明瞭で,近代後期に県域で企業合同が進められたため,本研究の目的に適合する。各業種の立地展開の分析にあたっては,『銀行総覧』,『電気事業要覧』,『新聞総覧』,社史等を用いた。
2 定量的指標による都市分布・補完地域の計測
まず,モランI統計量から人口の分散度を計測した。次に中心性を「財・サービスの供給能力」として,「中心性指数(CI)」を以下の式で定義し,市町村ごとに計算した。
CI=Fa-Fr×Ka/Kr
(Fa:市町村内の商業・サービス業従事者数,Fr:商業・サービス業従事者の県内合計,Ka:市町村人口,Kr:県総人口,1920・1930年国勢調査を利用)
その上で,直接補完地域(中心機能の到達範囲)を, CI>0の自治体のCI値と,近隣の CI<0の自治体のCI値を順々に足して和が0になる範囲とした(河野 1990)。その結果,埼玉県の人口分布は分散的であった(I=7.08×10-2, Z=2.57, p<0.01)。またCI値による直接補完地域は,北足立郡(県南東部)以外では,他都市の直接補完地域との重複がみられず,ある程度の中心機能を保った都市が,県域内に広く分布していることが示された。
3 銀行・電力事業者・新聞社立地から見た都市システム
続いて,上記3業種の立地分析を行なった。その結果,阿部(2010)で示される県域での企業合同に至らない場合がみられた。また最終的に合同する場合でも,その過程に埼玉県の地域性がみられた。まず銀行は,埼玉銀行への合同(1943年)の前に,武州銀行(本店:浦和,1918年設立)と第八十五銀行(本店:川越,1878年設立)が,県の東西でテリトリーをすみ分ける過程を経ていた。また電力事業者は,関東地方単位での企業合同が進められた。新聞社は,埼玉新聞発刊(1940年)まで「県の新聞」が不在のまま,「一県一紙体制」の構築を迫られた。
このような県域での企業合同の遅れが生じた背景には,県庁都市・浦和が人口首位都市ではないこと,分散的な都市分布によって各企業のテリトリーが構築されたこと,東京の影響力が増大したことが考えられる。
4 考察・結論
以上から,近代・埼玉県の都市システムについて以下の3点が示された。すなわち,①県庁所在都市以外の都市の中心機能の高さ,②県域スケールでの企業合同の戦時期までの遅れ,③その過程でのテリトリーの空間的すみ分けである。この3点によって,近代日本の特徴である「県域の実質地域化」(森川 2012)の進行が,埼玉県では抑制されたと考えられる。これにより,分散的な都市分布が維持され,階層型ではない都市システムが形成されたと推定される。
本研究では,近代・埼玉県の企業立地の過程から,分散的な都市システムの形成要因を明らかにできた。この事例をより広範な文脈に位置付けるために,以下の課題が挙げられる。第一に,埼玉県以外の分散的な都市システムの地域との比較,第二に,地方/国家スケールの視点を含めた考察,第三に,現代都市の議論との接続である。これらを通じて,都市システムの形成過程の理論化や,分散的な都市システムへの構造変容のための条件の提示に寄与できる。
文献
阿部和俊 2010. 『近代日本の都市体系研究―経済的中枢管理機能の地域的展開―』古今書院.
河野敬一 1990. 明治期以降の長野盆地における中心地システムの変容. 地理学評論 63A: 1-28.
森川洋 2012. 『地域格差と地域政策―ドイツとの比較において―』古今書院.