日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 747
会議情報

岩手県大槌町における災害弱者の行動分析
-東南アジア系外国人労働者を事例に-
*児玉 尚汰
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

Ⅰ. はじめに 

 東日本大震災によって被災した東北地方では,主に水産加工工場をはじめとする第二次産業の労働者として,技能実習制度の拡大とともに東南アジア圏出身者人口が増加している。彼らは地域の貴重な労働力として重要な役割を担う一方,言語や社会的繋がりなどの様々な障壁と向き合いながら生活しており,災害時にはその影響がより深刻に作用するような「災害弱者」となると考えられる。しかし,東南アジア圏を出身とする外国人技能実習生(以下,技能実習生)の日常的な視点に基づく,生活意識や実際の行動,災害意識を行動地理的に検討した研究は乏しい。 

 本研究では,Cutter(1996)を基に,「生物物理学的脆弱性」と彼らの社会的特徴を「内的要因」と「外的要因」に分類した「社会的脆弱性」から災害弱者を定義する。その上で,(1)彼らの現在の日常生活や行動,災害の知識に関する地理学的アプローチ,(2)雇用する企業や行政への定量・定性的なアプローチを用いて技能実習生の災害脆弱性要因を解明し,外国人住民を交えた地域防災の機能向上に寄与する提案を目的とする。

Ⅱ.研究方法 

 被災3県の中でも,技能実習・特定技能の労働者が集中する岩手県沿岸部のうち,大槌町と釜石市を対象地域とした。当該地域の外国人人口の変遷を捉えた上で,大槌町と釜石市鵜住居町に立地する2つの水産加工工場A社・B社の技能実習生を対象に,質問紙および口述に基づく生活活動調査と認知地図の作成を行った。さらに,外国人労働者の受入れと災害時の対応に関する背景を探るため,企業・行政・自主防災組織を対象とする半構造化インタビュー調査を実施した。以上の調査から,対象地域における技能実習生の日常的な生活行動の実態に加えて,災害に関する意識や経験,空間認知の特徴について明らにした。

Ⅲ.結果

 技能実習生の災害弱者としての脆弱性のうち,彼らの行動や意識が生じる内的要因と外的要因の両方が複雑に関係していることが明らかとなった。例えば質問紙調査から,彼らが日常的に地域住民と助け合う意識を持つ一方,地域への帰属意識は乏しく,地域コミュニティとの繋がりの希薄さに起因する災害時の支援ネットワークの脆弱性が内的要因として指摘された。認知地図調査の結果から,技能実習生の空間認知の手掛かりとして,迂曲が発生する場所や買い物をする場所が重要とされた。避難経路の認知については,企業で実施する避難訓練の経路に強く依存しており,有事の避難行動の柔軟性の低さが明らかになった。生活活動調査からは,彼らの行動範囲とパターンは共に限定的かつ固定的で,私生活においても技能実習生同士で行動を共にすることが明らかになった。彼らのプライベートにおける行動とその空間が限られていることは,災害時に選択することができる避難経路や避難先の空間単位が狭小化することが示唆される。また,半構造化インタビュー調査では,災害時における彼ら自身が認識する課題として,日常生活時から抱えている言語面におけるコミュニケーションへの不安や,具体的な災害経験,イメージを持ちえないために生じる戸惑いや懸念が,様々な時間軸で障壁として存在することが明らかになった。他方,技能実習生に対して生活環境を提供する雇用企業には,技能実習生に対する情報提供の環境に格差が生じていることが明らかになった。また,企業以外の社会的繋がりが希薄であることで,相対的に企業への過度な従属意識が生じ,技能実習生の自主的な避難行動や災害対応力に影響を与えている。一方,行政側については,外国人向けの支援体制や相談窓口が不十分であり,理由として,技能実習生が工場労働者としての位置づけに留まっている。その結果,避難計画の具体性や情報提供の透明性の欠如に繋がり,災害時に外国人労働者が孤立する外的要因となりうることが明らかになった。

Ⅳ. 結論

 技能実習生の災害脆弱性として,意識や経験,行動に基づく内的要因に加えて,彼らの生活や行動に密接に関係する企業や行政のような主体による関与の程度や環境整備の具体性の欠如などに基づく外的要因が彼らに作用する関係性が存在する。

著者関連情報
© 2025 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top