主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2025年日本地理学会春季学術大会
開催日: 2025/03/19 - 2025/03/21
1.はじめに
少子高齢化や人口減少によって地域の衰退が進み,地域活性化が喫緊の課題である現在,「名物」は地域に人を呼び込む存在として注目されている.しかし,複数の主体を対象に名物成立の過程と背景を実証的に明らかにした研究は少なく,特に主食でない食べ物については管見の限りない.そこで本研究では,長瀞町の名物であるかき氷を対象にこれを扱う主体や行政などへのヒアリング調査,雑誌やWebサイトなどのメディア分析を基に,長瀞でかき氷が名物として定着した過程やその背景を明らかにすることを目的とする.
本研究の対象地域である長瀞駅の周辺には観光客向けの飲食店や土産物屋が立ち並んでおり,その中にかき氷を扱う店舗が20店立地している.宝登山麓の山あいには氷池があり,蔵元であり現在はかき氷店も営んでいる阿左美冷蔵が,明治時代からここで天然氷を作っている.阿左美冷蔵は養蚕業の衰退や電気冷蔵庫の普及により天然氷が売れなくなったことで,1992年からかき氷店を営み始めた.初めは1日1個程しか売れなかったが,口コミやメディアで紹介されたことで繁忙期は2~3時間待ちの人気店となった.
2.長瀞でかき氷が有名になった背景
かき氷を扱う店舗の経営者に対して,長瀞でかき氷が有名になった理由を尋ねると,「阿左美冷蔵があるから」,「メディアで紹介されたから」という回答が特に多かった.そこで,長瀞のかき氷がメディアに取り上げられた時期とその内容について分析する.雑誌記事索引データベースWeb OYA-bunkoを利用して雑誌メディアでの掲載状況を,また検索エンジンGoogleを利用して Webサイトに掲載された時期と頻度を調査した.その結果2000年から2009年は阿左美冷蔵の認知度や人気が他のかき氷を扱う店舗と比べて突出しており,「長瀞のかき氷」というよりも天然氷を扱う「阿左美冷蔵」が注目されたと考えられる.2010年から2020年は阿左美冷蔵とともに他のかき氷を扱う店舗の認知度も高まっていったと考えられる.そして2021年以降は,阿左美冷蔵と他のかき氷を扱う店舗が認知度を高めたことや,かき氷を扱う店舗自体が増えたことにより,「長瀞のかき氷」自体が有名になったと考えられる.
3.各店舗におけるかき氷の取り扱いの実態とその背景
かき氷を扱う店舗19店について,かき氷を扱い始めた理由を尋ねた結果,阿左美冷蔵がかき氷を扱い始めた1992年以前から扱っていた店舗は,長瀞が昔からの観光地で土産物屋や飲食店を営んでいたことや冷蔵庫を冷やすために天然氷があったことが影響したという.一方,1992年以降にかき氷を扱い始めた店舗は,長瀞でかき氷が有名であることをビジネスチャンスとして捉え,始めた店舗が多い.このようにして長瀞にかき氷を扱う店舗が増えたことで,観光客にとってはかき氷の種類として選択肢が増え,より自分の好みに合ったものを選ぶことができる.加えて,かき氷を食べるための待ち時間も減らすことができるため,長瀞のかき氷に対する観光客の評価を維持していると考えられる.
次に,かき氷を扱う経営者に対して,これを扱う店舗が多いことに対する考えを聞くと,そのことにより「長瀞=かき氷」の認識が広まり,これを食べにくる観光客が増えることが,長瀞におけるかき氷の名物化につながっており,それを利点と感じている人が多い.また,長瀞は様々な資源を有する観光地であり,バスや電車で訪れる観光客が多く,主要なアクティビティに荒川のライン下りがある.これらのために待ち時間が発生することなどから,時間を潰すうえで,店内で座って手軽に食べることができるかき氷は,観光客にとって都合のよい存在であり,このことも長瀞におけるかき氷の名物化に寄与していると考えられる.
4.おわりに
本研究では,地域で名物が定着する過程と背景として,長瀞におけるかき氷の事例を明らかにした.このような地域で名物が成立する過程は,その名物の種類や地域の特性などによっていくつかの種類に分類できると考える。そのほかの地域の名物やそれらの分類のしかたについては今後の課題としたい.