1 避難に関わる様々な課題
避難とは,「危険のある場所からより安全な場所に退避することおよび安全な場所に留まること」を指す。内閣府・消防庁は,2021年に避難情報に関するガイドラインの改定を行い,警戒レベルの見直し等を発表するポスター・チラシで,避難には次の4つの行動があるとした。行政が指定した避難場所への立ち退き避難/安全な親戚・知人宅への立ち退き避難/安全なホテル・旅館への立ち退き避難/屋内安全確保である。このうち後三者についてはハザードマップで安全かどうか確認が必要であると付記している。
避難するかどうか,どこに避難するか,最終的な判断をするのは住民自身や学校現場の教職員などであり,その判断のために様々な情報が公的機関から提供されている。ハザードマップなどの場所に関わる情報に加えて,時間軸のある避難情報や気象情報などが,適切な避難を導くと期待されている。しかし,一般市民や学校現場での防災教育に関わってきた発表者らの経験によれば,これら数多くの情報が,避難のために適切に利用されてはいないと考えられる。
安全な緊急避難場所および避難経路の選択にはハザードマップの読図が有効であるが,ハザードマップの想定外(想定以上,想定未満,想定対象外)への考慮も必要である。そのためには,ハザードマップごとの想定条件と当該地域の地形を踏まえた読図が有効であるが,このことは一般市民や学校現場には共有されていない。
避難の時間軸について考えると,地震とくに津波からの避難については,ふつうは地震発生という明瞭な号砲によって避難が開始される。風水害の場合は,市町村長から発令される避難情報,気象台から発表される気象情報,国土交通省などと共同で発表される指定河川洪水予報などのリアルタイムの防災情報は,ふつうはリードタイムがある。これをうまく使うことで,早めの安全な避難ができるはずだが,逆に避難のタイミングをどう判断すべきかとても難しいのが現状である。(それ以前に,多種多様な情報の入手方法およびそれぞれの基本的な読み方が,広く共有されていない。)
実際には,津波でも風水害でも,避難しない/避難が遅れるというケースは多く,このことが避難に関する最大の問題と言えよう。これについては,数多くの実証研究があり,様々な要因が検討されている。一般市民などに,公的機関からの多様な情報が(結果として)適切に伝わっていないことも一因であろう。
洪水ハザードマップが示す想定最大規模の浸水想定結果は,(比較的)大規模な河川の氾濫が想定されたものであり,大雨が継続した場合の(ほぼ)最終形態を示すものと言える。ふつうはそれより前に,内水氾濫,小規模な河川の氾濫,土砂災害が発生している可能性が高い。適切な避難のためには,このような大雨時のハザードの時空間をイメージできることも重要である。東日本大震災の津波被災で注目された「想定以上」に加えて,「想定未満」や「想定対象外」を含む想定外を踏まえた読図が必要である。国交省は内水氾濫と洪水(外水氾濫)を一体化した水害リスクマップの作成,公開に乗り出す(2025年1月12日読売新聞)。これらが一般市民が理解できる地図であることを期待する。
以上,主として緊急避難について主な課題を挙げたが,大規模災害時の長期の避難については,これら以外にも様々な課題が現出する。
2 本シンポジウムの趣旨
空間と時間軸に関わる避難は,災害地理学における重要な課題である。本シンポジウムでは,避難という防災の実践的課題をテーマとし,これに取り組む研究者や専門家による知見を共有する。桜井愛子氏:国際的視点からみた避難を含む学校防災の課題(招待講演),牛山素行氏:災害リスク情報,防災気象情報と人的被害,西村智博氏:ハザードマップの作成現場からみた課題,続いて,近年の被災地における避難に関わる課題について,田中耕市氏:2019年東日本台風,岩船昌起氏:2011年東日本大震災,青木賢人氏:2024年能登半島地震と奥能登豪雨災害,それぞれの被災地支援にも関わるアクションリサーチを踏まえて,上記1で整理した避難に関わる諸課題に関わりつつ各発表者の専門とするテーマについて,それぞれ発表していただく。
以上の発表を踏まえ,「災害時の避難」における地理学のこれまでの貢献や,今後の課題について議論したい。