1.背景と目的
日本の都市圏では,バブル経済崩壊後の1990年代後半頃を境に郊外の人口増加が停滞し,一方で,それまで減少傾向にあった都心地区の人口が増加に転じた.この現象は人口の都心回帰と呼ばれ,コンパクトシティ推進や立地適正化計画といった政策課題が前景化する中で,社会的にも学術的にも注目を集めてきた.都心地区における分譲マンション供給の増加は人口の都心回帰の要因とされる.東京都心部の人口・世帯増加率を町丁ごとに分析した宮澤・阿部(2005)は,人口増加率の高い地区において最も世帯増加率の高い世帯は分譲マンション居住世帯であることを明らかにしている.また,仙台市中心部の世帯増加数を町丁ごとに分析した榊原ほか(2003)によれば,分譲マンションが新たに供給された地区ほど世帯増加数に対する分譲マンション居住世帯の寄与率が高い.人口の都心回帰が「都心部における人口回復」という量的な問題(小泉ほか 2011)である以上,分譲マンション居住者の世帯増加数に加えて,その人口増加数も明らかにする必要があろう.
都市内部構造変化の要因は,住宅の分布だけでなく,人々の居住選好からも考察される.その方法として有効なのは,居住者の移動パターンを居住選好から説明し,居住選好を人口学的特性で裏付けることである.人口の都心回帰についての研究では,東京都心の民間賃貸住宅や分譲マンションへの内向移動が職住近接や住まいの環境を重視する未婚者のライフスタイルから説明された(石川 2021, 2023).地方都市都心部の分譲マンション居住者については,長岡市(阿部・樋口 2003),豊橋市(大塚 2005; 畑山・小野 2024),水戸市(久保 2008),宇都宮市(山島 2011)などで実態把握が進められてきた.ただし,その移動パターン,居住選好,人口学的特性は3点セットで明らかにすることが重要であると考えられる.そこで,本研究は,これら3点を明らかにし,地方都市における人口の都心回帰の背景について考察することを目的にする.
2.対象
本研究の対象地域は松山都市圏である.松山都市圏の地域区分について,本研究は松山市を中心都市,松山市に隣接する伊予市・東温市・松前町・砥部町をあわせた範囲を郊外とみなして分析する.中心都市内部の区分について,本研究は松山市の中心市街地を都心地区とみなし,市内のそのほかの地域とは分けて扱う.中心市街地の範囲は松山市(2020)の「松山市中心市街地活性化基本計画(第3期)」に基づき町丁単位で設定した.中心市街地は市内5地区にまたがって広がり,松山城の南側の番町,東側の東雲・八坂,西側の新玉,東雲の東に位置する道後からなる.
中心市街地内の分譲マンションの立地状況をみると,中心市街地では2000年代以降に分譲マンションが増加したことが分かる.特に商業・業務機能の集積する番町・東雲地区では2010~2019年と2020~2024年に建設された分譲マンションが多く立地している。2026年2月には,大街道商店街のアーケード沿いに「クレアホームズ松山大街道ザ・プレミアム」が建設される予定であり,2020年代後半も中心市街地での分譲マンション供給は一定水準で継続することが予想される.
3.データ
使用するデータについて,人口増加数と分譲マンション居住者の属性の分析には,国勢調査の調査票情報(いわゆる個票)を使用する.また,分譲マンション居住者の属性,現住居選択理由,移動経歴の分析には,独自に実施したアンケート調査の結果を使用する.
アンケート調査の手順は以下のとおりである.まず,「SelFin全国マンションデータベース」の掲載物件のうち,松山市中心市街地で2000年以降に竣工した分譲マンション51棟2,759戸を抽出し,配布対象とした.次に,配布対象51棟のポストに2,653票の回答票を投函した.住戸数と配布数が一致しないのは,「ポスティングお断り」の貼り紙や投函拒否により,回答票を投函できなかった住戸があるためである.同様に,中心市街地に含まれない番町・東雲・八坂・新玉・道後地区で2000年以降に竣工した分譲マンション21棟をランダムで抽出し,そのポストに1,207票の回答票を投函した.中心市街地とそれに近接する地区とで分譲マンション居住者の特徴に違いがあるとは考えられないため,追加配布を行った.配布数は合計3,860票である.回答票の返送には返信用封筒を用いた.配布期間は2024年10月31日~11月3日,返送期限は2024年12月31日とした.回収数は491票,回収率は12.7%である.