日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: P013
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公営動物園の「再整備」による空間変容
―アクターネットワーク理論を用いた地理学的分析―
*金吉 航毅
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抄録

1. 目的と方法

2000年代以降,日本の公営動物園では園内全域をつくりかえるような空間変容,「再整備」が相次いだ。「再整備」は,「継続的な運営のために,社会情勢の変化への対応を目的とした空間変容の機会」と定義でき,「種の保存と環境教育の遂行」と「地域住民の幸福の推進」(佐渡友 2020)の異なる課題に同時に応える実践が行われる。動物園の空間にかかる既往研究では,人間の行為主体性が主な分析対象となってきたが,その空間変容には,動物はじめ人間以外の行為も作用を与えている可能性が高い。そこで本研究では,人間以外の存在も行為主体性を持つアクタンとしてとらえるアクターネットワーク理論,特に「翻訳」概念の援用を試み,公営動物園の「再整備」の過程を辿った。具体的には静岡市立日本平動物園の「再整備」を事例に,実践に介在する人間以外のアクタンの行為主体性を,再整備計画や市議会議事録,園内新聞や飼育係による著作等の資料を用いて調査することで,「再整備」が相次いだ時代の公営動物園の空間変容の実態に迫った。

2. 結果

日本平動物園の事例から公営動物園の「再整備」による空間変容は,常に様々なアクタンの行為主体性の連関による暫定的な結果として生じることが明らかとなった。例えば,再整備事業に伴う動物の搬出や新規導入といった人間の選択も,個々の動物の行為主体性に左右された暫定的な結果といえるのである。それぞれのアクタンの行為主体性がうまくかみあえば,運営側にとって望ましい空間変容に繋がるが,諸アクタンの行為主体性がかみ合わなければ,飼育を継続しようとした動物種が不在となる等,予期せぬ空間変容が生じることもある。公営動物園の「再整備」は,元より強力な単一の指針をもたず,公営であるが故に,先述の様に異なる課題に同時に応えようとする不安定さを持ち合わせる。さらに動物等の人間以外の行為も多分に介在するため,空間は容易に予期せぬ方向へと変容し,都度の臨機応変な対応は織込み済みともいえる。このような空間変容は,日本平動物園のローカルな園内空間で完結するものではない。例えば,日本平動物園の再整備事業では,以前より目立つ配置,大規模な施設が用意される等,レッサーパンダの飼育展示が推進された。他方で,レッサーパンダについては,希少種の保全や環境教育に貢献したい現代の動物園,癒しを求める来園者,日本国内で繁殖が順調なレッサーパンダと,それぞれの行為主体性がうまくかみ合い,日本全国で飼育園が増加傾向にある。このように,公営動物園の空間変容は,諸アクタンの連関によって,地域,日本全体と,より大きなスケールと連動して生じている。動物園の空間の実像を理解するためには,多面的な分析視角を積み重ねていくことが不可欠と考えられる。このように動物園の空間の多面性が示されたことはまた,動物園が地理学的に,多分に検討の余地を残すフィールドであることを示す成果でもある。

参考文献

佐渡友陽一 2020.日本の動物園の実像とあるべき姿との差異,そして経営形態に伴う構造的限界.博物館学雑誌 46(1).17-50

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