はじめに/研究目的・方法
開花や落葉,鳥の渡りのように,植物や動物の状態が季節によって変化する現象を生物季節現象という。気象庁は1953年に全国102地点で生物季節観測を開始した。現在,地球温暖化等の気候の長期変化,および一年を通じた季節変化やその遅速を全国的に把握することに適している6種目9現象の観測が行われている。
これまでにウメ開花日には開花前3か月の気温が,サクラ開花日には開花前1か月の気温が影響することが明らかになっている(増田ほか 1999)。また,清水・大政(2010),松本(2017)は,九州地方や銚子などの温暖な地点では冬季気温の上昇によりウメ,サクラの開花日が遅れることがあると明らかにした。本研究の目的は,全国を対象に,冬春季の気温が影響するウメとサクラの開花日分布を分類し,気温偏差分布との対応関係を解明することである。
方法は以下の通りである。1953~2023年の71年間,各観測地点においてウメ開花日とサクラ開花日が記録されている。このうち,観測年数が64年以上(90%以上)の地点を抽出する。ウメ開花日は44地点,サクラ開花日は47地点が相当する。そして,全抽出地点においていずれも欠測がない年を抽出する。ウメ開花日は38年間,サクラ開花日は67年間が相当する。地点別ウメ開花日およびサクラ開花日を年毎のデータリストとして扱い,それらの年を対象として①主成分分析,②クラスター分析する。
①主成分分析では分析対象年の平均開花日を基準値として求めた開花日偏差を使用する。主成分分析により,開花日偏差の空間分布パターンを明らかにする。また, 対象期間において卓越する開花日偏差パターンと,気温偏差分布との関連を検討し,寒暖が開花日の分布に与える影響について考察する。②クラスター分析には Ward 法を使用する。また,クラスター間の距離には平方ユークリッド距離を使用する。これにより,全国の開花日分布が類似する年毎に分類することができる。クラスター毎に,開花日分布と気温偏差分布との関係について考察する。本要旨ではウメを取り上げる。
2.1 主成分分析による全国ウメ開花日の分布パターン
ウメ開花日偏差データの PC1(第一主成分)の寄与率は20.8%だった。ウメPC1の 固有ベクトルの符号は中国地方,近畿地方,中部地方,関東地方北部,東北地方南部にわたる本州中部と日本の北部・南部で逆転した。ウメPC1スコアが平均値+1σ以上の年では,本州中部で例年よりもウメ開花日が遅く(図1),平均気温が低い傾向にある。ウメ PC1 スコアが平均値-1σ以下の年では,本州中部で例年よりもウメ開花日が早く,平均気温が高い傾向にある。
2.2 クラスター分析による全国ウメ開花日分布の分類
ウメ開花日データは,A~Cの3つのクラスターに分けられた。クラスターA はウメ開花日が例年よりも早い。特に本州中部でウメ開花日が早い。クラスターAの年では,全国的に高温偏差の傾向が見られる。また,クラスターBはウメ開花日が例年よりも遅い。特に近畿地方以西でウメ開花日が遅い。クラスターBの年では,全国的に低温偏差の傾向が見られる。クラスターCはウメ開花日が例年並みだが,関東地方から中部地方にかけて開花が遅い地点がある。クラスターCの年の気温偏差には,弱いながら低温偏差の傾向が見られる。以上のことから,主成分分析・クラスター分析によりウメ開花日分布の観測年を分類し,全国的な気温偏差分布との対応関係を明らかにすることができた。ウメ,サクラ開花日と気温の特異年との関係,ならびにサクラ開花日とウメ開花日の比較については当日報告する。