主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2025年日本地理学会春季学術大会
開催日: 2025/03/19 - 2025/03/21
1. はじめに
大量の観光客が訪れることで地元住民に不利益が生じるオーバーツーリズム、近年世界各地で発生しているこの問題は、日本においても例外ではない。オーバーツーリズムの中でも混雑は交通全体に与える影響が大きく、国内においても京都をはじめとした一部の観光地で発生しており、その解決が望まれている。特に近年多数の外国人観光客が訪れるようになった日本においては、新型コロナウイルス流行前からオーバーツーリズムが問題となっている。本研究では、神奈川県藤沢市江の島における観光に起因する混雑を、マルチエージェントシミュレーションを用いてコンピュータで再現するとともに、シミュレーション内における条件を変化させることで混雑問題の対策を講じた場合の変化を考察した。
2 . 対象地とシミュレーションの設定
対象地域は、神奈川県藤沢市にある江の島とした。江島神社をはじめとした宗教施設や、その風光明媚な景観から、信仰の対象として、そして景勝地として発展を遂げてきた。近年はアクセス性の良さに加え、寺社仏閣や富士山といった日本らしい景色を求めて外国人観光客が多く訪れている。実際、江の島への訪問者数は2021年の大型連休中に1日当たり2.2万人を記録しており、新型コロナウイルス感染症の流行の余波により2019年よりも減少しているが、それでも4割程度に回復している。シミュレーションは休日の15:00から5分間を想定して実行した。シミュレーションの開始時点で島内にいる観光客数、およびその後島内に入ってくる観光客数は、藤沢市の統計書等から設定した。シミュレーション上の観光客は、入島後複数の観光地を経由しながら移動する。また移動の途中にランダムなタイミングで飲食店や土産物屋に引き寄せられ、立ち寄り行動を再現した。移動には島内の道路を利用し、その速度は傾斜によって減速する設定とした。一部の観光客は江ノ島電鉄株式会社の運営する有料エスカレーター群「江の島エスカー」を利用する。これを利用している間は傾斜の影響を無視する設定とした。また麓から頂上へ向けての一方通行であるため、逆流が起こらない設定とした。シミュレーションは、現状を再現したものと、混雑を解消すると考えられる複数の施策を組み合わせた5つのシナリオの計6シナリオで実施した。混雑解消の施策は、江の島島内にある一部の道路を一方通行化と、江の島の東にある湘南港から本土までの航路の新設の2つであり、その適用範囲と組み合わせを変化させて実行した。
3. 結果・考察
現状を再現したシミュレーションの結果と、実際に現地で撮影した動画を比較したところ、おおむね一致する行動をとっていた。混雑解消シナリオのうち、島の中央部で行った一方通行は、混雑の緩和や移動速度の増加に寄与した。一方で島の北東部を一方通行化した場合は、一部の場所で混雑の緩和が見られたものの、既存の混雑発生個所のほとんどで混雑を悪化させていた。中央部と北東部の両方で一方通行かを行った場合は、両者の結果を折衷したような結果となった。このことから、混雑を解決すると考えられる施策であっても、適用する場所によってその効果に大きな差がうまれることが分かった。また湘南港から本土までの航路を設定した場合、島東部での移動速度が上昇し、集中の緩和に寄与していた。一方で一方通行と併用した場合は、一方通行のみで実施した場合と同様に交差点における渋滞悪化を招いた。これより、航路新設には効果があるものの、一方通行化と比べるとその影響は限定的であることが分かった。