日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: S707
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里山の社会-生態系の変化に対する植生地理学からのアプローチ
*鈴木 重雄
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抄録

はじめに

 里山は日本の農山村において,自然と人との相互関係(社会-生態系)の中で育まれてきた景観である.2010年の生物多様性条約第10回締約国会議では,社会-生態系の中で維持されてきた生物多様性を持続させる取り組みとしてSATOYAMAイニシアティブが提唱された.しかし,生物多様性は,開発,人による働きかけの縮小,外来種・化学汚染,気候変動により衰退が進んでいるとされている.特に,社会-生態系の中で育まれてきた里山においては,特に人による働きかけの縮小が顕著になる中で生じた,植生(生態系)の均質化が進行している.本発表では,関東地方における里山の植生の空間分布の変遷から里山の社会-生態系の変化がもたらす生態系への影響を示す.加えて,人間社会への影響も大きい植生環境の変化に対して,地理学的にアプローチできるかを示したい.

里山の利用衰退が植生にもたらした影響

 里山では,1960年代以降薪炭材の利用の衰退が景観の画一化をもたらした(鎌田・中越 1990など)一方で,1970年代後半から進行したマツノザイセンチュウによるマツ枯れが,アカマツを中心とする二次林でも猛威を振るった(藤原ほか 1992など).埼玉県比企丘陵においても,1980年以前はアカマツ林が広く広がっていたものの,マツ枯れの進行によって,広葉樹林へと優占種の変化が見られた.マツ枯れは,先駆樹種として面的に広がっていたマツが枯死することからその変化が分布としても捉えやすく,時系列的な空間分布としても現れやすい変化であったと言える.

 また,里山林を代表する樹種の一つであるブナ科の樹木に対しても,2010年をピークにカシノナガキクイムシとその共生菌によって引き起こされるナラ枯れの被害が生じている(小林・上田 2005など).この被害は,いったん落ち着いたように見えたが,2020年前後より東日本を中心として,被害の拡大が見られた.

 マツ枯れ,ナラ枯れともに大径木で被害が多い傾向があり,人為攪乱としての人による薪炭等への利用が衰退した結果,樹齢の高齢化が進んだことがこれらの枯損被害の急激な進行に影響していると考えられる.

里山の利用低下がもたらす中山間地域の衰退

 1980年代後半から西南日本を中心に,モウソウチクを中心とする竹林の拡大が著しい(鳥居・井鷺 1997など).種子繁殖がほとんど生じないタケは,人による植栽で拡散したものであるが,竹林そのものと竹林周辺の土地利用が低下をする中で,地下茎の伸長で面的拡大に成功した植物である.埼玉県比企丘陵においても,1980年代以降竹林の拡大が顕著に見られており,かつては,たけのこ生産地であった千葉県大多喜町でも生産竹林の放棄とともに,面積を急激に広げた.これにより,周囲の利用の続いている耕作地や宅地への竹稈の侵入によってさらなる営農意欲・居住継続意志の低下要因となることや,竹林がイノシシなどの越冬空間として機能することにより,獣害が深刻になるなどの影響も大きい.

 近年では,ニホンジカ,イノシシ,ツキノワグマ,ニホンザルなどの大型哺乳類による農業・林業被害や植生被害も深刻になってきた.人による狩猟圧の低下や戦後の拡大造林政策によって針葉樹植林地が増加した事による奥山での餌資源の減少などの要因が指摘されているが,里地・里山の利用低下が餌資源の増加を引き起こし,大型哺乳類を誘引していることも大きな要因であると考えられる.これらは,直接的な被害だけでなく,ヤマビルの増加などが間接的に里山の利用の低下に寄与することとなり,結果として農村のさらなる衰退につながってしまう.

植生地理学からの里山研究に求められること

 農村の社会と里山の植生は深く結びついているものである.里山の植生を研究する上では,農村を深く理解することが不可欠である.また,人の営み・行動と植生の因果関係を定性的にとらえると同時に,空間情報を駆使して定量的に捉える試みがあっても良いのではないかと考える.

文献

鎌田磨人・中越信和 1990.農村周辺の1960年代以降における二次植生の分布構造とその変遷.日生会誌 40:137-150.

小林正秀・上田明良 2005.カシノナガキクイムシとその共生菌が関与するブナ科樹木の萎凋枯死.日林会誌 87:435-450.

鳥居厚志・井鷺裕司 1997.京都府南部地域における竹林の分布拡大. 日生会誌 47:31-41.

藤原道郎ほか 1992.広島市におけるアカマツ二次林の遷移段階とマツ枯れ被害度.日生会誌 42:71-79.

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