日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: P038
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テコテンドンと屋久島岳参りにみる集落と山の関係性および行事の変容
*永迫 俊郎堀 信行
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抄録

はじめに  テコテンドンは大隅半島の肝付町岸良で毎年1月2日に行われる山の神を集落にお迎えする神事で,柴祭りの一種とされる.国見山系の北岳(標高747m)山頂すぐ手前の露岩(テコテン岩)の陰に祀られる神を榊の束を依り代に平田神社にお招きする.一方,屋久島の岳参りは,一二例を除いて途絶えたものの,世界自然遺産登録を機に復興が進み,島内24集落のうち19集落(屋久島記録の会,2022)で,春と秋ないし年一回行われている.洋上アルプスと評される島の奥岳は海岸沿いの集落からは殆ど望めず,集落背後に海から聳える前岳とて標高1000m超えは珍しくない.前岳あるいは奥岳の山頂に登り,そこに祀られる石祠を参拝し集落の平穏・五穀豊穣・豊漁祈願などを祈願する集落行事である.

 いずれも体力を要する登山を伴い,花崗岩からなる山塊の景観,修験道の霊場だったという背景は共通する.正月祭祀であるテコテンドンが山と里の関係の古層をとどめていそうなのに対し,岳参りには願掛け・願解きが不可欠で,目的地の山や通る歩道に集落名が付される事例が多く集落の縄張り確認の意味合いもあると考えられ,島で森林利用が進んだ近世以後の行事という色彩が強い.本発表では,参与観察や聞き取りの現地調査にもとづき,現在進行形の行事を丹念に記載(詳細はポスターにて)し,比較・対比を通じて集落と山の関係性の奥行きについて議論し,併せて行事の変容について考えてみたい.

記載  (1) テコテンドン:2019,20,22,25年1月2日の4回永迫が行事に同行させていただき,携わる方への聞き取りを別日に堀を交えて複数回行った.現状では岸良集落の行事というより平田神社が執り行い,女性宮司の代理でお兄さまが北岳への往復(登り:8時過ぎ~11時頃,下り:13時頃~15時半)を引率する.テコテン岩および下山途中の中岳と呼ばれる土石流堆積物の巨岩群の岩陰での神事を司り,御霊移しされた榊のひもろぎを捧げて下山を先導する.神社の鳥居前でひもろぎを受け取った宮司を先頭に一列に並んで,神社社殿を左回りに3回,右回りに3回まわる.その後すぐ社殿内での神事に移り,その一つクゲワタシの次に,北側の雨戸が開け放たれ,神さまには飛んで北岳にお帰りいただく.ひもろぎを構成していた榊(7本括りを3束合わせ,横木を添えて人形に;計21本)は一本ずつ参加者に配付される.引き続き直会となり,17時前にお開きとなる.

(2) 屋久島岳参り:2022年10月から5回現地調査を重ね,永田・吉田・宮之浦・楠川・安房・尾之間・栗生の岳参りについて堀も一緒に聞き取りを行った.断絶なく続けられているという楠川の楠川前岳(標高1125m)への岳参り(2024年8月25日;8月最終日曜日に年一回)に永迫が同行させていただいた.5時半に楠川八幡宮に集合し,目の前の浜にて手を清める(お供え物の砂は乾かすため事前に区長が採取済).楠川歩道の車が通れる範囲は車両にて往復.集落と山の境界で,かつて女性はこれより先に入れなかった①ノノヨケ,白谷雲水峡手前の②三本杉,③楠川前岳山頂の三ヶ所の祠に参詣する.代表が塩・米・焼酎と浜砂をお供えしてローソクを灯し,各自線香をあげる(二礼二拍一礼).登り:6時15分~11時前,雨により山頂滞在を短縮し,下り:11時半~15時半頃(同行カメラマンが足を負傷し時間超過).楠川では山から里への土産は採取しない.17時から正木の森(薩摩半島指宿でみるモイドンと酷似)で僧侶による読経を中心としたサカムカエ.山から憑いてきた魔を払う.その後公民館でのマチムケエ,21時にお開きとなった.

議論  テコテンドンでは下山中に馬酔木を採取し,振り回して悪霊を憑けないようにする話を伺ったが,同行した4回とも見られなかった.僧侶に依頼しお祓いをし,集落ごとに決められた料理を振る舞い厄払いしている屋久島の方が,山の怖ろしさという感覚(自然のもつ両面性)をとどめている.近世から石祠・石塔を神聖な場所まで運び上げ,歩道を整備するに至った屋久島では,平木での年貢払いや屋久杉といった森林資源への意識が強い.そもそも前岳と奥岳の呼称が如実に現しているように,奥岳を聖域とみなし立ち入らなかったのは確実である.筆者らは前岳への岳参りこそ原初的形態で,そこから奥岳を遙拝していたと考えている.状況証拠にすぎないが,海成段丘の平坦な種子島に祟り山が幾つも残っているのに,はるかに山深い屋久島でそれを聞かない.森林利用の結果上書きされ,消去されたのだろう.書かれた文字や一側面に依拠し過ぎず,行事のもつ重層性に迫りうる地理学の姿勢はもっと主張されていいはずだ.

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