主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2025年日本地理学会春季学術大会
開催日: 2025/03/19 - 2025/03/21
1.はじめに
生計維持や経済資源の獲得以外の目的での野生資源の利用慣行はこれまで,在来知識の評価や社会的・文化的側面からその意義が指摘されてきた.これらを扱ってきた研究で問題とされることの一つが,生活様式の変容に伴う利用慣行の消失や性質の変化である.しかし,地域における具体的な社会・自然環境の変化が,生活の合間におこなわれる利用行動とどのように関連づけられるのか,そして継続の背景については不明瞭である.
そこで本研究の目的は,日常生活における野生資源獲得活動の時代的な変化と継続の要因を明らかにすることとする.本研究では野生資源のうち,発生の有無が人間活動による作用に影響されるキノコを対象とする.キノコの採集活動の継続は,安定した獲得効率と獲得時間の確保によって成立するが,山林環境の荒廃によって発生量が減少している.対象地域は,そのような中でも生計維持を目的としないキノコの採集と利用慣行が現在でもみられる岐阜県中津川市付知町とする.本研究では,聞き取り調査によって対象地域における社会変容とキノコの採集活動の関わりを明らかにし,そのうえで現行の採集者による継続の背景を明らかにする.なお,採集者の日常生活においては特に労働時間が大きな割合を占める.その割合や内容は労働形態ごとに異なるため,採集者たちの属性も考慮し,採集行動の時刻および時間,採集戦略に関する内容等について詳細な聞き取り調査をおこなった.さらに実際の採集活動に同行し,行動範囲や採集空間の特徴を調査した.調査は2024年の9月から12月にかけて実施した.
2.採集活動の実態と社会変容による影響
対象地域におけるキノコは,集落周辺に広がるかつての薪炭林で発生する.人びとは「生え場」と呼ばれるキノコの採集空間を,発生状況に応じて巡回し採集する.また,種類や個体ごとに異なる発生時期に関しては,生え場を巡回する順番と日程の調整により対応している.利用目的は自家消費や贈与が主である.生え場の位置や利用種類に関する知識は,幼少期に主に親や祖父世代から継承される.
採集活動の継続の有無に関しては,1960年代までに知識を体得した採集経験者の多くは身体能力的に可能である限り活動を継続していた.一方で,1970年代以降の集 経験者は中学生を卒業すると採集を休止していた.
対象地域におけるキノコの採集と利用の背景において,内容の時代的な変化に注目すると,1960年代以降の植林政策に続くエネルギー転換,モータリゼーションや企業の進出,子供の遊び内容の変化,近年の地域コミュニティの衰退という6つの社会変容が関係していた.これらはキノコの①発生量②採集時間③共食の機会④知識獲得の機会に関して抑制的な影響を及ぼした一方で,(1)採集効率(2)生え場へのアクセシビリティに促進的な影響を及ぼしている.
3.労働と採集活動の両立化の構造
対象地域における社会変容が,採集に対して抑制的・促進的な影響を及ぼす中で,採集者はそれぞれの生活時間において採集効率の向上および採集時間の確保により活動を継続している.
労働形態によって具体的な対応策は異なるが,採集に対する抑制的な影響に対し,採集者は年単位,週単位,日単位と続く重層的な解決戦略によって,安定した獲得効率と,労働と採集活動の両立が実現している.年単位では,採集者自身による観察とその年の気温や降水量,山林の状況や他採集者との情報交換から総合的に判断し,発生する時期を見定めることで獲得効率を上げている.週単位では,採集者は労働形態に合わせた時間確保の工夫と,巡回順序の調整が獲得の効率向上に寄与する.日単位では,採集時間と行動範囲を調整することで対応される.現在地から近場の生え場を巡回することで発生状況を把握し,それに応じて巡回範囲を調節し獲得効率を上げている.これにより労働時間やその他の所用に必要な時間に余裕が生まれ,獲得効率の安定および労働と採集活動の両立が可能となる.
4.おわりに
以上のような戦略にもとづいた採集時間の捻出には,採集者の労働形態の特性による生活時間や把握する生え場の分布とアクセシビリティなどの諸条件によって可能となる.今後は,人びとの生活と野生資源利用変化のプロセスの全体像をとらえるため,ライフヒストリーを視野に入れた分析をおこなっていきたい.