主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2025年日本地理学会春季学術大会
開催日: 2025/03/19 - 2025/03/21
1.はじめに
中央アジアのキルギス共和国に位置するテスケイ山脈では小規模な氷河湖が多数分布する(Daiyrov et al., 2020,2022).2000年以降,これら小規模な氷河湖からの大規模出水が多発しており,下流域では大きな被害が生じている.大規模出水を起こす湖は,「短命氷河湖」と呼ばれ,わずか数ヶ月~数年間で氷河湖が出現して,出水するタイプの湖である.(Narama et al., 2018; Daiyrov and Narama, 2021).この地域では氷河湖前面に埋没氷を含む岩屑地形(氷河・モレーンコンプレックス)が形成されており(Shatravin,2007),氷河湖はこの地形内部に発達したアイストンネルを通って排水される. しかしながら,すべての短命氷河湖が大規模な出水を引き起こすわけではない.これまでの我々の調査により,短命氷河湖の形成には,「トンネル閉鎖型(まれに出現)」と「融氷水増加型(7~8月の融解期に高頻度で出現)」があり,大規模出水する湖はトンネルサイズが大きい「トンネル閉鎖型」であることがわかっている.しかしながら,現地観測によりこれらタイプの氷河湖形成のメカニズムは十分検討されていない.そこで本研究では,「融氷水増加型」の短命氷河湖に着目し,テスケイ山脈に位置するコルムドゥ氷河湖の観測データから氷河湖形成のメカニズムについて検討した.これら短命氷河湖の形成要因を明らかにできれば大規模出水する湖を分類できる.
2.方法
2.1 ディグリー・デー法による氷河融解量の算出
テスケイ山脈のコルムドゥ氷河において,氷河上の標高の異なる4地点でステークを設置し,2023年7月18日~9月19日(64日間)までの融解深を調べた.コルムドゥ氷河において,2015年~2023年に1時間間隔で観測した気温データを用いて,ディグリー・デー・ファクターを決定し,各高度の氷河面積から日融解量を算出した.
2.2 氷河湖体積の算出UAV空撮画像から作成した湖盆のDSMと衛星画像のPlanetScope(解像度3m)から求めた氷河湖の面積変化を用いて,日々の氷河湖の体積変化を求めた.
3.結果
コルムドゥ氷河湖(融氷水増加型)の2017年~2023年の積算氷河融解量と氷河湖体積の変動結果を図-1,2に示す. 6月上旬から融解量は増加するが,氷河湖が連続して拡大したのは7月上旬からであり,8月上旬から氷河湖体積は減少しはじめ,8月中に氷河湖は完全に消滅した.氷河湖の体積減少の過程では,氷河融解量が増加しても,氷河湖体積は増加せずに減少を続けた.2016年と2020年に湖は出現しなかった.湖の最大体積は年によって異なり,2017年と2023年には,10日以上にも及ぶ連続した増加期間があり,湖の体積は12万m3ほどに達した.
図-3 は排水量を一定と仮定した場合の氷河湖体積変動の結果である.この結果から,排水量が一定の場合の氷河湖体積と実際の氷河湖体積がほぼ一致した年と大きく異なる年が存在した.
4.考察
氷河の融解量(湖への流入量),氷河湖体積変動(流入量と流出量の収支),氷河湖からの排水量の変動を調べた結果,融氷水増加型では,流入量が排水量を上回る際に氷河湖が形成されはじめることを確認した.2017年と2023年は,排出量が一定の場合の氷河湖体積と実際の氷河湖体積が大きく異なる結果であり,特に2017年は氷河湖体積が大幅に増加した.これは氷河湖の形成が氷河融解量の増加だけでなく,トンネルの閉鎖による排水量の減少も関与している可能性を示唆する.夏期にトンネルが閉鎖する要因として,氷の融解がトンネル内部や入口付近で土砂堆積を引き起こし,トンネルの閉塞が生じていると考えられる.2017年にはトンネルがほぼ閉塞したため,オーバーフローが生じていた.また,融氷水増加型はトンネル閉鎖型と比較して,アイストンネルが小さいため毎年出現し,年々変動が大きいと考えられる.コルムドゥ氷河湖のほかに西ゴルトール氷河湖(毎年出現しない)でも同様の調査をおこなったが,排出量が一定の場合,西ゴルトール氷河湖のほうがコルムドゥ氷河湖(毎年出現する)より排出量が大きく,トンネルサイズがコルムドゥ氷河湖よりも大きいことが考えられる.