日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 417
会議情報

旅行案内書からみた20世紀初頭のニュージーランドの旅
*大石 太郎
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

ニュージーランドは,オーストラリアと並んで北半球の主要国から隔絶した立地を特徴とする国家である.一方で,早くから観光に力を入れており,1901年には旅行者・健康リゾート省(Department of Tourist and Health Resorts)を発足させている.20世紀初頭にはイギリスとニュージーランドとを結ぶ航路の片道の所要時間が28日にまで短縮されており,1888年に旅行代理店の草分けであるトーマス・クック社の支店がニュージーランド最大の都市オークランドに開設されるなど,20世紀初頭のニュージーランドでは観光を促進するインフラが整備されつつあった.本報告では,1912年にニュージーランドで刊行された旅行案内書に着目し,当時の旅行者の経験と彼らに提示されたニュージーランドの姿を明らかにすることを目的とする.

 本報告で分析するのは, 1912年に刊行された,Guide to New Zealand: The most wonderful scenic country in the World. The home of the Maori. The angler’s and deerstalker’s paradise(以下,Guide to New Zealand)である.Guide to New Zealandは1902年にニュージーランド南島のダニーデンで初版が刊行され,版を重ねたのち,首都ウェリントンで日刊紙を発行していたNew Zealand Times社から改めて発行されたようである.著者のCharles Nalder Baeyertzは1866年にオーストラリアのヴィクトリア植民地で生まれ,1892年にダニーデンに移住した.Baeyertzは17言語を理解したとされ,発声法や音楽などを教える傍ら,ジャーナリズムの分野でも活躍し,1893年には芸術誌The Triadを創刊して長く編集に携わった.Baeyertzは1909年にウェリントン,1913年にはオーストラリアのシドニーに拠点を移したのち,1943年に同国ニューサウスウェールズ州で没している.

Guide to New Zealandは本文が148ページで構成され,それとは別に巻頭と巻末に広告が43ページある.掲載されている地図は3葉のみであり,それぞれ1ページを使って北島,南島,世界地図(部分)が示されている.一方,ほぼすべてのページに写真が掲載されており,山岳や川,滝といった自然を中心とする風景写真のほか,主要都市については代表的な建物や市街地などを鳥瞰する構図の写真がみられるが,先住民マオリの人物写真が目立つ点が特筆される.

Guide to New Zealandにはヨーロッパからの渡航方法や渡航費用などの記述はなく,おもにニュージーランドとオーストラリアで流通していたとみられる.広告には入植希望者向けと思われるものがあり,Guide to New Zealandを手にした渡航者には入植を希望する者も含まれていたかもしれない.なお,管見の限りでは,ヨーロッパの主要な旅行案内書のシリーズでオセアニア版は当時発行されていなかった.

 Guide to New Zealandが刊行された時期のニュージーランドでは,政府によって主要都市に観光案内所が設置され,そこで旅行者は必要な情報を収集し,手数料なしで各種の予約ができるようになっていた.また,移動の際に手荷物を運送するサービスを提供する業者が存在し,鉄道や船,馬車を乗り継いで旅行する際の便宜が図られていた.

著者関連情報
© 2025 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top