2000年代以降,東京圏周縁部では空き家・空き地(以下,総称して「低未利用地」)の管理不全が顕著となっており,近隣住民の居住環境に防災,防犯,衛生面でさまざまな問題をもたらすリスクを抱えている.低未利用地への関わり方は,利用,対処,放置が挙げられる.しかし,近隣住民による無断での利用/対処は「違法行為」になりうる.隣地使用について示した旧民法第209条では,隣地地権者の所在が不明な場合に対応が困難なことや,障壁および建物の築造・修繕以外の目的による隣地の使用の可否について不明瞭なことが問題とされていた.そこで,2023年の改正時に,隣地の使用権の内容に関する規律の整備,隣地の使用が認められる目的の拡充および明確化が図られた.特に前者については,地権者は必要な範囲内で隣地を使用可能なことが明文化されたほか,隣地使用の日時・場所・方法は隣地の地権者に与える損害が最小となるものを選択しなければならないことも示された.さらに,隣地を使用する前に,地権者に通知する必要があることも示された.他方,事前の通知が困難な場合は,隣地の使用を開始後,遅延なく通知すればよいとされている.しかし,隣地の地権者から使用を拒まれた場合には,裁判による判決を仰ぐ必要がある. 住宅地内に散在する地権者不在(不明)の低未利用地を良好な環境に保つには,どのような法的制約の下で関わっているのかを検討することも必要である.そこで本研究では,近隣住民による関与の内容・方法に,その行為の法的見解を組み合わせて検討する.特に各主体による低未利用地への対応を,地権者の認知状況に着目して分析し,低未利用地の状態と近隣住民などによる関わり方の法的見解との関係性を考察することから,大都市圏周縁部の住宅地における居住環境がどのように維持されているのかを明らかにする.事例とした千葉県X市は,東京都心から50~60km帯に位置しており,明治時代以降は近郊農業の卓越する農村地域であった.しかし,高度経済成長期の住宅需要の高まりにより,農地の宅地転用が進行し,ベッドタウンとしての特性も有するようになった.人口は1995年以降停滞傾向にあるが,1990年代の不動産投機ブームのなかで,投機目的による宅地開発および売買が活発化した.しかし,現在まで一度も家屋が建築されることなく空き地になっている区画も多数みられる.また,1990年代前半に1㎡あたり10万円前後にまで高騰した地価は,バブル崩壊により現在は1/3程度にまで下落している.対象とした2つの住宅地は,都市計画区域外に所在し,開発時期は異なるものの隣接している.住宅地内には,低未利用地103筆(15106.63㎡)がモザイク状に分布しており,地権者の認知状況または利用/対処者について不明の29筆(3274.52㎡)を除くと,2024年7月時点で,57筆(9803.83㎡)の地権者は住宅地内に居住していなかった.低未利用地への対応を地権者の認知状況に着目して分類すると,①地権者と利用/対処者が同一または利用/対処にあたって地権者の合意を得ている「地権者認知関与型」が31筆(4457.33㎡),②地権者以外の第三者が地権者に通知することなく利用/対処している「地権者赴任地関与型」が29筆(5199.46㎡),③完全に放置されている「不関与型」が14筆(2175.32㎡)であった.低未利用地全体のうち,面積比にして約95%は利用または対処により良好な環境が保たれており,完全に放置され環境が良好ではないのは約5%にとどまっていた.原則として,法の下では地権者以外の第三者が関与するのは不可能とされている.しかし,低未利用地全体の約34%について,市が地権者からの訴訟リスクなどにより空き地条例に基づく措置命令を出さない(出せない)ことや,地権者が不在であることを理由に,不在地権者に通知しないまま現場の「被害者」である隣地住民が低未利用地を利用・対処していた.これらの利用・対処に対して法的な制約は黙認されていた.そして,違法であるが取り締まられてはいない,法的に「グレー」な関わり方が,地権者不在の低未利用地の多くみられる大都市圏周縁部の住宅地において,居住環境の維持に寄与していた.また,「グレー」な関わり方が黙認されるのは,大都市圏周縁部の住宅地では高齢化や資産価値の低下にともない,そのような行為を取り締まることによる受益者が不在となっているためと考えられる.従来,法を扱った地理学の研究は,取り締まる側と取り締まられる側の二項対立的な構図を前提としてきた.しかし,本研究では,少なくとも大都市圏周縁部の住宅地というローカルなスケールにおいて,紛争を予防・解決するために制定されたはずの法が必ずしも有益に機能していないことが明らかとなった.