日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: P086
会議情報

耳川・百瀬川における谷中分水界周辺の水系変化
*森野 泰行増田 太郎森 蒼葉里口 保文林 竜馬山川 千代美
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

近畿三角帯北部の諸断層に囲まれ,地塁山地の様相を呈する野坂山地には,日本海にそそぐ河川と琵琶湖にそそぐ河川間に河川争奪を由来とする谷中分水界が複数認められ,日本海側水系の耳川と琵琶湖側水系の百瀬川にも谷中分水界がみられる。耳川と百瀬川の河川争奪については,野坂山地を緩やかな勾配で南流する旧石田川が,その上流部を耳川に争奪され,さらにその石田川が百瀬川によって争奪されるという過程を経たことはすでに論じられているが,その年代などは明らかになっていない。本研究は耳川と百瀬川(旧石田川)の河川争奪の年代と争奪による水系の変化を明らかにすることを目的とする。その手立てとして,両河川の谷中分水界に形成された段丘面の形成過程を明確にし,河川争奪のおこった年代と争奪地点を推測した。さらに,両水系に棲息するイワナ個体群の遺伝情報の考察を加え,河川争奪による水系の変化について,地形学・生物学の両分野からの検証を試みた。

 耳川・百瀬川の谷中分水界の地形面は百瀬川の上流部が耳川によって争奪された痕跡を残し,耳川の侵食が旺盛なため段丘化し,耳川の現河床に沿って連続的に露頭が観察できる。最下部は砂岩・泥岩・チャートからなる円磨のすすんだ中礫層がみられ,耳川の下流方向から百瀬川方向へその高度を緩やかに減じていることから,耳川に争奪される以前の旧石田川の河床礫層と考えられる。その上位には,石英斑岩・花崗斑岩からなる円磨のすすんでいない中~小礫およびこれと指交関係にある泥炭・有機質粘土・シルトに象徴される湿地堆積物の互層がみられる。百瀬川左岸の斜面は石英斑岩・花崗斑岩を基盤とすることとあわせて,旧石田川の河床礫層の上位には,陸域から水域へと変化していく過程を示す地層も確認されることから,旧石田川が耳川に争奪されたことによって流掃力を失い,石英斑岩・花崗斑岩を基盤とする旧石田川支谷からの埋積によって旧石田川が堰き止められ,湿地化し,泥炭および有機質粘土層が堆積したものとみられる。河川争奪を由来とする湿地堆積物中には,姶良Tn火山灰(AT)がみられ,その下位1.9mの泥炭層中のうち上位より80cmと170cmの層位に介在する木材片の放射性炭素年代測定により29,240±130y.B.P.、29,280±110y.B.P.のデータが得られた。これらの暦年較正の結果および姶良Tn火山灰(AT)との関係から,河川争奪を由来とする湿地堆積物は2,000年程度で堆積したことが考えられ,耳川・旧石田川の河川争奪は32kaころに生じたと推察される。

 現在の耳川上流部は砂岩・泥岩・チャートを基盤としており旧石田川の河床礫層もこれらの岩相礫で構成される。耳川中流部には玄武岩層が広範に分布するが,旧石田川の河床礫層からは玄武岩がみられないこと,周辺の地形状況を鑑み,耳川と旧石田川の河川争奪は,狭小な範囲の水系変化であった可能性を示している。

 河川最上流部に棲息するイワナ(Salvelinus)の個体群は,それぞれの河川で陸封され,その遺伝的グループは太平洋型,日本海型,琵琶湖型に大別されることが知られており,異なる遺伝的グループからなる河川間の河川争奪による水系の変化を把握するための指標になると考えられる。今回の調査では,百瀬川に棲息するイワナの遺伝子型は琵琶湖型であった。一方,耳川上流部の一部の支流において百瀬川個体群と近縁な琵琶湖型個体群の存在を確認した。また,河川争奪によって旧石田川の流域から耳川流域に変化したと推測される各支流では琵琶湖型の遺伝的グループで構成されることが明らかとなった。

 これらの結果に基づき,河川争奪による水系変化を複眼的な視点で検証を行った。本研究の結果,耳川・旧石田川の河川争奪の年代が明らかになるとともに,旧河床礫種および周辺の地形状況から示唆される河川争奪地点とイワナ個体群の遺伝情報から推測した水系変化との間に調和的なデータが得られ,争奪地点および水系の変化を特定した。しかし,滝などにより隔離された争奪地点より上流側では琵琶湖型の遺伝的グループのみで構成された一方,下流側では日本海型と琵琶湖型の交雑が進んでおらず,耳川での琵琶湖型の遺伝的グループの広がりが限定的であったことなど,イワナの遺伝情報を用いた水系変化の推測には課題が残ったことは否めない。他の河川争奪の事例を用いたさらなる検証を進めたい。

著者関連情報
© 2025 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top