日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 304
会議情報

日本におけるライフスタイル移住で上昇する幸福度に関する考察
――複数の尺度と移住後の行動に注目して――
*桂川 健人住吉 康大鈴木 杏奈高尾 真紀子
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

Ⅰ 研究の背景日本において,都市部から地方圏への移住は,国土計画を中心として政策的に推進されてきた歴史を持つ(伊藤 2023).近年では,コロナ禍に伴って働く場所の自由化が進んだことで,個人の自己実現的な欲求や生活の質向上への希望を要因とする「ライフスタイル移住」への注目が高まっている.石川(2018)は,日本における田園回帰論とライフスタイル移住研究を架橋し,移住者自身の人生における移住の意義について読み解くことと,地域との関わりに関する分析を組み合わせることが重要になると指摘している.しかし,綱川(2023)は,その後の国内における研究では移住動機をインタビュー調査から解明するものが中心で,分析視角に乏しいと指摘する.そこで,本発表では,経済的要因によらないライフスタイル移住の意義を包括的に「幸福度の向上」と捉え,主観的幸福度(SWB)を指標とすることで定量的に確認することを目指す.同時に,その変化に影響する要因を探索的に明らかにする. Ⅱ 調査手法インターネット調査会社のモニター(国内在住・成人男女)を対象にアンケートを実施した.仕事以外の自らの意思で三大都市圏から地方へ移住した経験があると回答した者を400名(有効回答382),ないと回答した者を地域ブロック・年代・性別ごとに割り付けて2,400名(計2,800名)収集し,共通の質問を設けた.性別や年齢,家族構成,学歴などのデモグラフィックデータも取得している.SWBに関しては,幸福度を多面的に理解するため,先行研究と異なり,包括的幸福度,人生満足度,協調的幸福,生活満足度の4種を用いた.また,自然に対する感情反応尺度(芝田 2016),創造的行為・世代継承性(丸島・有光 2007)などを測定して内部要因を探るとともに,移住後の向社会的行動や異世代交流などに関して独自の質問項目を用いて把握を試みた.Ⅲ 結果デモグラフィックデータのうち,学歴(大学/大学院卒業)・主観的健康観では移住者が高い傾向を示し,住宅や自動車の所有では非移住者が高い傾向を示した.SWBに関しては,Welchのt検定を用いて移住者と非移住者の差異を検証したところ,移住者群が包括的幸福度・人生満足度・生活満足度で有意に高い値を示した.一方,協調的幸福に関しては,同様に移住者群が高い値を示したものの有意傾向に留まった.内部要因に関しては,自然に対する感情反応尺度(回復感・一体感・神秘感)・創造的行為・世代継承性で移住者が有意に高い値を示した.しかし,ボランティア活動やセミナー・イベント参加などに代表される向社会的行動や,地域における住民同士での交流に関しては,移住者よりも非移住者の平均値の方が有意に高かった. Ⅳ 考察と課題デモグラフィックデータからは,統計上の限界があるものの,移住者の年齢や家族構成,収入などに極端な特徴は見られなかった.日本でのライフスタイル移住は幅広い属性の人々に受け入れられつつある可能性がある.SWBの違いに着目すると,移住者は過去から現在までの人生を通じて判断される包括的幸福度・人生満足度が高いことと生活満足度が高いことから, 移住先の環境や生活水準に満足しているだけではなく,自らの意志で移住するという判断や行動自体が重要であることが示唆される.一方で,向社会的行動や異世代・異職種交流で非移住者群が高い値を示したことは,移住後に「人とのつながり」や「地域内多様性」を実現するのが容易ではないことを意味していると考えられ,田園回帰論の深化に繋がる発見である.これらの点については,内部要因に関する分析を加えることで,今後さらなる考察を深めていきたい.【参考文献】書誌情報は発表時に示す.

著者関連情報
© 2025 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top